289・シキという女性
数分後……。
ようやく赤影を全て討伐し終えました。
私はすぐに傷ついた人々の治癒を始めます。
「やはり……治癒魔法が効きづらいですね」
傷を負った兵に手を当て、私はそう声を零します。
「エリアーヌの治癒魔法が、かい?」
「はい」
心配そうに声をかけてくるナイジェルに、私はそう頷きます。
落ち着いて時間をかければ治すことが出来ますが、そのためには多量の魔力を消費します。
それに今回の戦いによって、みんなが負った傷は軽いものがほとんどでした。
もっと重傷の……それこそ、命にかかわる傷を負ってしまえば、私の治癒魔法が効くかは未知数です。
「そのせいで、ワイドヒールをかけられないわけか」
少し離れたところで見守ってきたドグラスが、そう口にします。
「だが、気になるのはそれだけではないな。結界も浄化も、赤影には通用しなかったのだろう? 魔王にも通用した、汝の力が……がだ。赤影はただの魔力の塊ではなさそうだな」
「ドグラスの言う通りです」
ですが、そのような例は今までになかったことでした。
赤影の正体が分かれば、一気に浄化してしまえばいいのではないか──そういう策も考えていましたが、この様子では一筋縄ではいかなそう。
「赤影の対処について、これからより深く調べていく必要がありそうですね。ですが、まずはその前に──」
アマツに常駐している治癒士の力も借りながら、みんなの治癒を終え、私は途中から参戦してくれた女性に歩み寄ります。
「助かりました。あなたがいなければ、戦いがもっと長引いていたかもしれません」
そう握手しようとしますが、彼女はそれを一瞥するだけで、手を握り返してくれることはありませんでした。
──あらためて見ると、キレイな女性です。
歳は私と同じくらいでしょうか?
理知的な雰囲気を纏うメガネをかけた女性で、どこか気怠げな印象も抱きました。
「礼など必要ありません。私は自分の身を守るためにやっただけですから」
淡々と女性は口にします。
「服装から分からなかったけど……君もアマツの兵だったのかな?」
ナイジェルが一歩前に出て、女性に優しく声をかけます。
「名乗り遅れたけど、僕はナイジェル。そして、こちらの女性がエリアーヌ。男がドグラスっていうんだ」
「ナイジェル、エリアーヌ──ああ、そういうことですか。今日、リンチギハムから来る聖女様というのは、あなたたちのことだったんですね」
「知っていたのかい?」
「はい。アマツに住む人なら、全員知っていることですから。あなたたちは自分の知名度を、もっと自覚するべきですよ」
人差し指でメガネをくいっと上げ、彼女は声の調子変えずに言います。
「では、私も名乗らなければ失礼ですね。私は──シキと申します。最初のご質問の件ですが、私は兵ではありません」
「兵ではない? ならば、あの強さは説明が付かないぞ」
話の途中でドグラスがぐいっと前に出て、彼女──シキさんに警戒心を含ませて問います。
「それとも、アマツ人はそこらへんを歩いている人間でも、汝ほど強いと?」
「いえ、私が特殊なだけです。訓練を受けた兵ならともかく、他の一般人は赤影に抗う手段を持たないかと」
「なら、どうしてそんなに強い。汝は一体、何者だ?」
「まあまあ、ドグラス。質問攻めはいけないよ。彼女が困っている」
苛立つドグラスを、ナイジェルが嗜めました。
「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、私が何者かについて、特段隠しているわけでもありませんよ。私は──」
そこまで言って、シキさんはふと思い出したのか、戦いの前に近くのベンチに置いた紙包を拾い上げます。
「それは?」
「たい焼きです」
紙包を軽く持ち上げ、シキさんが端的に答えます。
「私は、お城で侍女をやらせてもらっています。姫はたい焼きが好物なのですよ。その買い物に出掛け、城に戻ろうとしていたというわけです」
「じ、侍女?」
これにはさすがの私も驚きます。
侍女……リンチギハムで言うメイドの別称ですが、それにしては先ほどの強さは異常でした。
なんで、あんなに強かったのでしょう? そう疑問に思っていると、
「まあ、こんなところで立ち話もあれだね」
ナイジェルが話に割って入り、こう口にします。
「取りあえず、城に戻ろうか。ミツハ姫にもこのことを報告しないといけないし」
「そうですね」
と頷きます。
一方のシキさんはやっぱり返事をすることもなく、紙包を持って城の方に歩き出しました。





