286・アマツの姫のミツハちゃん
それから、私たちは馬車に乗り、アマツの街並みを眺めながら、城の前に到着しました。
「リンチギハムのお城とは違いますね」
アマツの城を見上げ、私はそう声を漏らします。
城の壁は白塗りで、屋根は平べったい黒色の石が、数段重ねられたような外観。
至る所に侵入者を防ぐための仕掛けが施されていましたが、決して無骨な印象はなく、逆に一種の芸術品のような建物でした。
「アマツの文化は、他の国と比べて独自の進化を遂げているからね。ここまで来る街並みも、そうだっただろ?」
確かに……。
ナイジェルが言う通り、街の建物もほとんどが木造でした。
とはいえ、リンチギハムの辺境の村々も同じですが、それと比べて洗練されているよう。
街は不思議なほど均整が取れており、道や家並みも正確に配置された、整然とした造りでした。
「聖女様、こちらへ」
「はい」
執政官のサネモリさんに促され、城の中に足を踏み入れます。
城の内部も、リンチギハムやベルカイムとは、また違った装い。
見たことのない画風で描かれた絵画や、珍しい植物が飾られています。
ドグラスは興味津々に辺りを見渡し、「これはなんだ?」と頻りに説明を求めていました。
やがて、城の中心──最も高い階層に辿り着くと、大きい扉があり、私たちはそこに足を踏み入れます。
「──お待ちしていましたのじゃ」
広い部屋の一番奥。
そこには、豪奢な服に身を包んだ女の子が座っていました。
幼い顔立ちをしていますが、その姿は威厳に満ちています。
髪はショートカットの黒で、まるでお人形さんのような姿です。
その女の子を前に、サネモリさんを含め他のみんなは、恭しく頭を下げます。
「あなたは……」
私がそう問いかけようとするよりも早く、サネモリさんがこう口を動かします。
「こちらが、アマツの王──ミツハ姫でございます。ミツハ姫、あなた様からも聖女様とナイジェル陛下にご挨拶を」
「う、うむ」
サネモリさんがそう促すと、女の子──ミツハ姫は緊張した面持ちで、こう話し始めます。
「余……いや、私がミツハ……で、ございますのじゃ? 今日はわざわざ遠いところからお越しいただき、礼を言うのじゃ……です。お主……違う。あなたたちの優しさに、アマツの民も感服しております……じゃ」
ふふふっ。
失礼なこととは分かっておきながらも、ついくすりと笑ってしまいます。
ナイジェルの話いわく、ミツハ姫は十歳の女の子です。
アマツの王とはいえ、このような場で話し慣れていないのでしょうか。
こうして話しているミツハ姫の言葉は、非常に辿々しいものでした。
「僕はナイジェル。知ってると思うけど、一年前にリンチギハムの国王の座を継いだ」
「我はドグラスだ」
一方、ナイジェルとドグラスは堂々としたもの。
国王であるナイジェルはともかく、ドグラスは一国の王に対する態度としては不遜でしたが……彼のこういうところは今更です。
ドラゴンの彼にとって、人間の地位など全て等しく見えるのでしょうから。
「ミツハ姫、私はエリアーヌです。聖女としてリンチギハムを守り、一年前に王妃になりました」
礼儀正しく、ミツハ姫の前でカーテシーを披露します。
それを受けても、ミツハ姫は「う、うむ」と頷き、ますます表情に緊張感を滲ませます。
……これでは、スムーズに話し合いも出来ませんね。
「ミツハ姫」
私は胸に手を当て、ミツハ姫を真っ直ぐ見つめます。
「な、なんじゃ……? いや──違ったか。なんですか?」
「どうか、もっとやりやすいように話してください。私は敬われるために、アマツに来たわけではありません。アマツに協力しにきたのです。私たちは対等な立場。なので、ミツハ姫だけ一方的に固くなるのもおかしいでしょう?」
そう首を傾げます。
私がそんなことを言い出すとは思っていなかったのでしょう。周りはざわつき始めました。
「じゃ、じゃが……」
「僕からもお願いするよ」
戸惑いの表情を浮かべるミツハちゃんに、ナイジェルも声をかけます。
「僕はこれをきっかけに、アマツと親交を結びたいんだ。このまま今の様子が続いても、話しにくいだけで仲良くなれそうにないからね」
「そ、そうか……サ、サネモリ。お主はどう思う?」
「あちらが言うようなら、姫のしたいようにやるべきかと。あなたはアマツの姫とはいえ、まだ子ども。なにか不都合がありましても、私たちがサポートしますので」
答えを求め、ミツハ姫がサネモリさんに視線を彷徨わせると、彼は毅然とした態度でそう答えます。
ミツハ姫は少し悩んでいる様子でしたが、やがて。
「う、うむ。分かった。聖女様、ナイジェル陛下、二人の心遣いに感謝するのじゃ」
「いえいえ。もしよろしければ、私のこともエリアーヌと呼び捨てにしてください。そちらの方が、やりやすいなら……ですけど」
「僕もナイジェルって呼んでくれていいから」
「分かった。エリアーヌ、ナイジェル。ならば、二人も余のことは好きに呼ぶといいのじゃ。余だけ敬われるというのも、変な話じゃからな」
「では、私は『ミツハちゃん』とお呼びしていいですか?」
「もちろんじゃ」
そう、ミツハ姫──ミツハちゃんは嬉しそうに笑います。
ふふふ、やっぱりまだ十歳の女の子。ミツハちゃんは王らしくしているよりも、こうやって子どもっぽくしているのが魅力的です。
たったこれだけのやり取りですが、私は早くもミツハちゃんと仲良くなれそうな気がしました。
「挨拶も済んだところで……今日は、どうして僕たちを呼んだのかな? 困り事があるって話だけど」
空気も和んだところで、ナイジェルが本題に入ります。
ミツハちゃんは一度咳払いをしてから、一転、真剣な顔つきになります。
「実は……国を代表して、聖女様……いや、エリアーヌにお願いがある」
私に?
そう疑問に思っていると、ミツハちゃんは切実な声でこう言いました。
「エリアーヌ、どうかこの国をお助けくださいなのじゃ」





