真の聖女である私はトレジャーハンターになりました5
「さて……こやつらを、どう料理してやろうか……」
戦いを終えて。
縄で拘束されているドクラッシュ団の船員たちを睨み、ドグラスが拳をポキポキと鳴らします。
その威圧感に、ドクラッシュ団の船員たちは恐怖でおののきます。
「まあまあ、ドグラス」
嗜虐的な笑みを浮かべているドグラスを、私はそう宥めます。
「まずは話を聞きましょう。彼らにも事情があるようですから」
「いきなり、大砲をぶっ放してくる相手の事情など考慮するのか?」
「はい」
私は船長らしき男性の前で膝を曲げ、こう問いかけます。
「まず、あなたのお名前を聞かせていただけますか? 私はエリアーヌといいます」
「エリアーヌ? どこかで聞いたことがあるような……」
「詮索は無用です。さあ、あなたのお名前を」
「……バロックだ」
渋々といった感じで彼──バロックさんが答えます。
「バロックさんは、水と食料が欲しかったんですよね? だから、私たちを狙ったと」
「そ、そうだ。大海に繰り出してはみたものの、嵐に見舞われて大半の水と食料をなくしちまた。オレたちが住んでいる島まで戻るのに時間もかかるし、だからやむを得ず……」
バロックさんは苦渋の表情を作ります。
「自分たちがなくしてしまったからといって、わたしたちを襲っていいというどおりはあるのかしら? 自分勝手だわ」
「そうだ、そうだ! レティシアが危なかったんだぞ!」
レティシアとクロードの二人もバロックさんに、あまり良い印象を持っていないよう。
「エリアーヌ、一応言っておくけど、こいつを絶対に許しちゃいけないわよ。海賊なんて、ろくでもない連中だわ。ここに来るまでも、どうせもっと悪いことをしているんでしょ」
「そのことなんだけど──」
レティシアがバロックさんに敵意を向けていると、船の中に引っ込んでいたナイジェルとセシリーちゃんが、甲板に現れます。
ナイジェルは手元の紙をペラペラと捲りながら、こう続けます。
「ドクラッシュ団……って、言ったよね? 髑髏の旗印を見てから薄々分かっていたんだけど……この近海では今までいなかった海賊団だ」
「……? どういうことでしょうか?」
「今まで、誰にも存在を知られることがなかった──というのは現実的ではないし、これが初めての航海なんだろうね。大砲を放ったのも、さっきのが初めてだったんじゃ?」
バロックさんに視線を移すナイジェル。
「そ、その通りだが……どうして、そんなことがすぐに分かったんだ?」
「まあ、色々と事情があってね」
ナイジェルは誤魔化していますが、彼は第一王子。海賊といった悪党の情報は、いつも頭に入っているんでしょう。
とはいえ、それがすぐに記憶から引き出せるというのは、異常な気もしますが……そこは完璧超人のナイジェル。
今更、彼のすごさに驚いたりはしません。
「最初は威嚇射撃のため、砲弾をわざと外した──と思っていたが、これも初めてで手慣れていなかったと言われれば納得がいくな。船員の装備もあまりに貧弱だったし、辻褄は合う」
フィリップは納得がいったように、うんうんと何度か首を縦に振ります。
「だったら、あなたたちの目的はなんですか? 装備もろくに整えず、嵐に見舞われて水と食料もすぐになくしてしまう。お世辞にも、海賊には向いているとは思えませんが」
「…………」
問いかけても、バロックさんは突如無言になって、その場で俯きます。
なにか、隠し事があるみたい。
うーん……どうやって聞き出そうか──そう思っていた時でした。
「まどろっこしいな」
ドグラスがバロックさんの胸ぐらを掴み上げ、ドスの効いた声を発します。
「さっさと話せ。遠回りなのは嫌いだ。ただでさえ枚数も嵩みそうだし、こんなところで話のテンポを悪くしたくない」
「枚数? 話のテンポ?」
いまいち訳が分からないことを言うドグラスですが、その効果は絶大だったみたい。
諦めたように、バロックさんは肩を落とします。
「……お宝だ」
ぽつりと呟く。
「この近くの島に、伝説のお宝ってのがあるんだ。そのお宝があれば、どんな願い事も一つだけ叶うらしい。そのためにオレは、わざわざ海賊になって──」
「ま、待ってください。バロックさんも伝説のお宝を探し求めていたんですか?」
「そうだと言っているが……まさか、てめえらも?」
「はい」
頷きます。
「ナイジェル、どうしてバロックさんたちが伝説のお宝のことをご存知だったんでしょうか?」
「王家に代々伝わっていた……と聞かされていたけど、案外そうでもなかったかもしれないね。まあ、僕も宝の地図が出てくるまで忘れてたくらいだし、他の人が知っても不思議じゃないよ」
そう肩をすくめるナイジェル。
──奇しくも、伝説のお宝を探し求める二つの船が相まみえていたというわけです。
もっとも、私たちは正義のトレジャーハンター。
バロックさんは悪の海賊団という違いはあるのですが。
「もちろん、どんな願い事を叶えるなんてことは信じちゃいねえ。だが、それだけのお宝なら、大層な値段がつきそうだろ? オレの島は貧乏だ。だから漁師をやめて、オレたちは海賊団に……」
バロックさんの背後にも視線を移すと、他の船員さんたちも悲痛な面持ちをしていました。
よく見れば、肋は浮いており、あまり栄養が行き届いていないのがはっきりと分かるよう。
装備も貧弱でしたし、嘘は吐いてなさそうです。
もしかしたら、バロックさんは追い詰められて、このような悪事に仕方なく手を染めてしまったかもしれませんね。
ですが、それとこれとは話が別。
悪を正当化するわけでありませんが──。
「でしたら、私たちと伝説のお宝を見つけて、山分けしませんか?」
気付けば、私はそう口を動かしていました
「や、山分けだと……? オレたちにとっては願ったり叶ったりの話だが、本当にいいのか?」
「はい」
私たちを襲ったのは、いけないこと。
ですが、やむを得ない理由で水と食料をなくしてしまったのは本当だったみたいですし、どうしても彼らが悪い人だとは思えなかったのです。
これでも、他に悪事──たとえば盗みを働いていたり、誰かを傷つけていたら別ですが、ナイジェルの話によればそれもないみたい。
悪にもそれを為す理由がある。
彼らの心情を察すると……どうしても、彼らを罰することは出来ませんでした。
「エ、エリアーヌ!? あんた、正気?」
ですが、レティシアは血相を変えて、私にそう詰め寄ります。
「なに考えてんのよ!? どうせこいつらの言ってることなんて、嘘よ? 海賊のことを信じるなんて、いくらあんたがお人よしでも看過出来ないわ!」
「それもそうですが……このまま伝説のお宝を私たちが手にしても、もやもやが残りますし……他のみなさんはどうですか?」
そう言って、私たちはナイジェルたちにも意見を求めます。
「エリアーヌが言うなら、別にいいよ。僕だって、彼らを罪に問いたくないし(ナイジェル)」
「セシリーも、お姉ちゃんの意見に賛成なのー!(セシリー)」
「まあ……エリアーヌがこんなことを言い出すのは、今に始まったことではないからな。なんとなく、こうなるんじゃないかと思っておった(ドグラス)」
「ボクもだ。レティシアには悪いけど、こうなったエリアーヌの意見を変えさせることは至難の業なんじゃないかな(クロード)」
「俺も船長の言うことに従う(フィリップ)」
──みなさん、私の意見に賛同してくれているみたいで、口々にそう言ってくれました。
「〜〜〜〜〜〜っ」
四面楚歌になったレティシアは地団駄を踏み、一頻り考えたあと、私にピシャリと指を突きつけます。
「……っ! 分かったわよ! 船長命令なら仕方がないしね。でも、一緒にお宝を探す──連れて行くのは、そのバロックっていう男一人だけ! 他の船員まで面倒見きれないわ!」
「ボ、ボクもレティシアの言う通りだと思う。水と食料は十分積んでいるが、他の船長を賄えるほどの量はない。だからといって、今から港町に戻るのも手間だし、連れて行くのはそいつ一人にするべきだ」
クロードもレティシアの意見に追従します。
ここが落とし所でしょうか。
「分かりました。レティシア、私の我儘に付き合っていただいて、ありがとうございます」
「どーいたしまして」
ぷいっと顔を背けて、レティシアが投げやりに答えます。
「決まったね」
話がまとまったところで、ナイジェルがパンと手を叩き、てきぱきと指示を出してしきます。
「他の船員は、このまま島に帰ってもらおう。もちろん、水と食料は帰る分だけの量を用意する。ドグラスとセシリーは手伝ってくれるかな?」
「うむ」
「分かったのー」
文句の一つも言わずに、ドグラスとセシリーちゃんは水と食料を取りに、船の中に入っていきます。
「では……あらためまして、よろしくお願いしますね。バロックさん」
「あ、ああ」
未だに状況の変化に付いていけないのか、戸惑った様子のバロックさんと握手を交わします。
まさか、海賊と手を組むことになるとは思っていませんでした。
ですが、冒険には仲間はつきもの。
大きな目標を達成するため、徐々に仲間を増やしていくのが定番でしょうし……これもトレジャーハンターらしくないでしょうか?
「…………」
そんな私とバロックさんに──レティシアだけは、怪しむように顔を向けていました。
海賊も仲間にしたエリアーヌたちの冒険はどうなるのか……?
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