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264・王族の義務

 日は完全に落ちて夜。

 エリアーヌ達が扉の先に行って、しばらくしてから──街中に魔族が召喚された。



「皆の者! 民を守れ! 一人たりとも死なせるではない!」



 玉座の間。

 大人数の前で、国王陛下が告げる。


 その中には騎士や兵士に混じって、クロードとレティシア、カーティス──そしてセシリーとラルフの姿もあった。


 街中には既に戦力を配備している。その中にはドグラスやヴィンセント、フィリップ──第二王子のゲルトもいた。

 彼らも今頃、突如現れた魔族との戦いに臨んでいるはずだ。


「よっしゃ、いくぜ! 魔族どもに人間の力強さを見せるんだ!」

「「「うおおおおおお!」」」


 隣に立つ騎士団長アドルフの号令に、鬨の声が上がる。


 士気は高い。


 騎士というのは国王に忠誠を誓う生き物である。

 目の前で国王に発破をかけられることは、どんなものにも勝る活力の源なのだ。


「民が戦っているというのに、儂だけが安全な場所で引きこもっているわけにはいかぬ。儂も出陣──」


 そして剣を手に取り、国王が一歩前に踏み出すが──体がぐらつき、アドルフに支えられる。


「無茶を言わないでください! お言葉ですが、陛下は若くありません。戦う体力などないでしょうに!」

「な、なにを言う。儂だって……」

「陛下が最前線に出て、どうするんですか」


 まだ戦う姿勢を取る国王の前に、一人の女性が現れた。

 レティシアである。


「不敬を覚悟で言わせてください」


 とレティシアは前置きをいれてから。


「王ってのは、後ろでどーんと構えておくのが一番なのよ! わたし達に任せなさい!」

「す、すまない……特にレティシア嬢にクロード、そなたらは他国の者だというのに……」

「そんなこと言わないでください。あなた達には返しきれない恩があります。たまにはボクもカッコいいことをさせてくださいよ」


 クロードもたくましく国王に言ってのける。

 国王に背を向けるクロード。その背中は大きく見えた。


「レティシア、カーティス、ボク達も行こうか」

「はい。お二人は私がお守りいたします」


 歩き出そうとするカーティスの一方、レティシアは暗い顔で俯いていた。


「…………」

「レティシア?」

「ん? ああ、そうね。行きましょう」


 クロードとレティシアも出陣する。

 二人の去る姿を見つめ、国王はただただ勝利を願った。


 さらにそんな彼の前に、セシリーも現れる。


「お父さ──いや、陛下。セシリーも行ってくるの」

「セ、セシリーもか!? ダメだ。さっきから何度も言っているだろう? セシリーはまだ小さい。儂を安心させてくれ……」


 セシリーを引き止めようとする国王ではあるが、その前にずんっとラルフが立ち塞がる。



『心配するな。セシリーはラルフが守る』



 ラルフの深い瞳がそう語っているかのように見えたのは、気のせいだろうか。


「陛下、そんなこと言ってる場合じゃないの。どこも人が足りてないはず。みんなで戦わないと、魔族には勝てないから」

「し、しかし……」

「陛下」


 セシリーはもう一度国王を呼び、こう続けた。


「セシリー、もう子どもじゃないよ。セシリーだって王女なの。みんなを守る義務がある」

「──っ」


 彼女の言葉に、国王はすぐに言葉を返せない。


 王族には民を導き、国を守る義務がある。

 ゆえに不安ではあったが、ナイジェルやゲルトにも全力で戦うことを命じた。


 しかしセシリーは別だと、心のどこかで考えていた。


 セシリーも王女である。ナイジェルやゲルトと同じく、国を守る義務はあるが──その可愛らしい姿のせいで、彼女のことをまだどこか子ども扱いしていたかもしれない。


(大人になったな、セシリー。子どもなのは儂の方だったかもしれぬ)


 国王は膝を曲げ、セシリーと視線を合わせる。

 彼女の両肩を掴み、真っ直ぐ見つめた。


「セシリー……頑張ってくれるか? セシリーも皆を守ってくれるか?」

「もちろんなの!」


 とセシリーは力強く答える。


「セシリー達も行くよ! ラルフ!」

「ばうっ!」


 鳴き声を上げて、ラルフはセシリーを背に乗せる。

 風のように出ていってしまった。


「陛下、私も行きます。ゲルトの野郎に任せっきりでは、騎士団長の示しがつきません。陛下の護衛は残しておきますので」

「頼んだぞ、アドルフ」

「必ずや我らに勝利をもたらしましょう」


 そしてアドルフもいなくなり、玉座の間には数人の騎士と国王だけが残った。

 国王は玉座に腰かけ、大きく息を吐く。


(まさか最後にこんな大仕事が待ち受けているとはな。街で戦う者──そしてナイジェル、エリアーヌ。そなたらに世界の未来を任せたぞ)



 ◆ ◆



「街中で魔族を討伐しながら、人々を守ろう。戦う力を持たず、隠れてる人もいるんだし……」


 クロードが先頭に立ち、城の中を進んでいく。


「私としてはお二人──特にクロード様には、このお城で待機してほしいんですけどね。でも私には止められませんし、世界の存続がかかっていることです。そういうことを言っている場合でもありません」


 とカーティスは苦笑する。


「…………」

「レティシア、さっきからどうしたんだい? なにか考えている様子だけど……」


 心配そうな声音で、クロードはレティシアに問いかける。


「やっぱり──」

「ん?」

「この先、どんな戦いになるかは分からないわ。危険すぎる。あんたは城の中で待機して、自分の身を守りなさい」


 なにを言われたのか頭に入ってこないのか、クロードはきょとん顔。

 だが、すぐに前のめりになって、


「な、なにを言うんだ! ボク達も戦うって決めたはずだろ!? エリアーヌとナイジェルには、今まで何度も助けてもらったじゃないか。その恩を返す時だ……って」

「その考えは変わらないわ。だけど、あんたになにが出来るっていうの? 正直、足手まといだわ」


 わざと突き放すような言い方をするレティシア。


 一瞬クロードはたじろいだが、首を横に振って、さらに彼女に食ってかかる。


「なら、盾になることくらいは出来るさ! ボクは君の盾になる。身を挺してでも、君のことを絶対に守る」


 真剣なクロードの言葉を計るように、レティシアは言葉を返さず、黙って彼の瞳を見つめる。

 一方、カーティスはどう言葉をかければいいのか分からないのか、口を挟まなかった。


 レティシアとクロードは睨みあい、しばしの沈黙。

 やがて彼女は諦め、深い溜め息を吐いて。


「はあ……やっぱ、あんたを説き伏せるのは無理か。ごめん、変なことを言った。でも……そんな偉そうなこと言ったんだから、足を引っ張らないでよね!」

「もちろんだ」


 とクロードが頷く。


 一悶着(?)も終わり、クロードがレティシアに背を向け、駆け出そうとする。カーティスもその後に続いた。


(ほんとごめん。でもわたしは──)


 クロードとカーティスの気がレティシアから逸れたのを見計らって。

 レティシアはクロードに呪いをぶつけた。


「が……はっ……」


 クロードが苦悶の声を上げて倒れる。


「レ、レティシア様、一体なにを!?」


 カーティスは倒れていくクロードの体を慌てて支え、レティシアを非難するような目で見た。


「大丈夫よ。ちょっと眠ってもらうくらいに、呪いを調整したから。わたしの呪いに適合してるクロードなら、目覚めた時はピンピンしてるはずよ」

「で、ですが、どうしてこんなことを……」


 混乱しているカーティスから視線を逸らし、レティシアはなにか遠くの方を見つめる。


「魔族が召喚されて、ずっとあいつの声が聞こえるの。わたしのところに来なさい。舞台から降りるのは、あんたの方……って」


 前回、戦った時から気付いていた。

 上級魔族シアドを間一髪のところで助けた魔族の正体。

 一度殺したと思っていたが、彼女は再びレティシアの前に姿を現した。


「他の雑魚魔族相手なら、クロードを守り切れると思った。だけど……いくらわたしでも、あいつ相手ではどうなるか分からない」


 レティシアはぐっと拳を握り、瞳に力強い光を宿す。


「あの子、まだ自分のことを弁えていないみたい。だから、わたしが脇役なりの流儀を教えてやるわ」

「ま、待ってください! レティシア様! どこに!」

「クロードをよろしくね。追ってこないで」


 そう言い残し、レティシアは走り出す。


 カーティスはレティシアを止めようとしていたが、気を失っているクロードをこのまま放置するわけにもいかないだろう。彼が追ってくる気配はなかった。


(クロードはわたしの盾になるって言ってくれたわよね。でも……反対。わたしがあんたを守る。わたしが死んでも、あんたが笑顔で暮らせるように……ね)


 悲壮な覚悟を胸に秘め。

 レティシアは自らを呼ぶ声に身を任せ、走るのをやめなかった。

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