27・料理を作りましょう
「セシリーは食べ物の好き嫌いが激しいんだ」
ナイジェルは私にそう説明した。
「好き嫌い……? 困ったことでしょうけど、自然なことでは? 子どものうちは、好き嫌いが激しいのも仕方のないことだと思いますわ」
「それはそうなんだけど……」
そうは言っているが、ナイジェルは腑に落ちない顔である。
「セシリーちゃん、なにが嫌いなの?」
「苦い葉っぱみたいなもの!」
ひどく抽象的であった。
「セシリーはね、野菜が嫌いなんだよ」
「野菜ですか。だから苦い葉っぱですか……というとキャベツとかでしょうか?」
「うん。でもキャベツだけじゃないよ」
「セシリーは、赤くて固いヤツも苦手なの!」
赤くて固い……人参だろうか?
ナイジェルはそんな彼女を見て、重い溜息を吐いた。
「セシリーは一つや二つのものが嫌いなんじゃない。野菜全般が食べられないんだ……」
それはいくらなんでもいけない!
野菜全般だなんて……栄養が偏ってしまうではないか! しかもセシリーちゃんはまだ子ども。子どものうちから、そんなことをしていたら大人になってからが心配だ。
「セシリーちゃん。野菜も食べないと、背が伸びませんわよ?」
「別にいいの! セシリー、ちっちゃいままでいいの!」
とセシリーちゃんはナイジェルの服にしがみついた。
これはダメだ……口で説得するだけではセシリーちゃんの心を動かすことは難しそうである。
仕方がない。
「ナイジェル。よかったら今日の昼食、私もお手伝いをさせていただけませんか?」
「エリアーヌが料理を作るということ?」
頷く。
「それは別にいいけど……エリアーヌ、料理なんて出来るのかい?」
「あら。これでも王国にいた頃は、よく作っていたんですよ? 私に良い考えがあるので、任せてください」
自分の胸を叩く。
ナイジェルは「どうして聖女が料理なんて作っているんだ?」と言わんばかりの表情をしていた。
——というわけで。
ナイジェル達の昼食を作るお手伝いをさせてもらえることになったのである。
「わあ……! とっても広いキッチン!」
キッチンに入り、思わず私は叫んでしまった。
清潔な床や壁!
器具も揃っていて、全部使ってみたくなる!
野菜や肉といった素材も豊富で、これは腕が鳴りますわね!
「お嬢ちゃんのことは殿下から聞いているが、一体なにをするつもりなんだい?」
何人かいるコックのうちの一人が、私にそう問いかける。
なんとなく偉そうだし、彼がこの厨房の料理長なのだろうか?
「セシリーちゃんに野菜を食べさせたくって」
「王女殿下に? 止めとけ止めとけ」
コックは手をひらひらと左右に動かす。
「今までセシリー様の野菜嫌いを克服させようと、何人ものコックが挑んできたさ。でも……ダメだった」
「そんなに大変なんですか?」
「大変もなにも、どれだけ美味しく調理してあげても、セシリー様は口に入れようともしない。昔怒った国王陛下が無理矢理食べさせようとしたが、泣いて手が付けられなかったほどだ。あの事件以来、セシリー様に野菜を出そうとしたコックすらいないよ」
肩をすくめるコック。
むう……なかなか頑固なお嬢さんのようだ。
しかし。
「もしかして野菜をそのまま出していませんか?」
「……? 当たり前だろ?」
コックは「こいつ、なに言ってんだ?」というような顔をする。
やっぱり。
野菜嫌いの子にいかにも「野菜です!」と言わんばかりの料理を出すことは悪手だ。
野菜を野菜とも思わせないような工夫が必要になる。
「すみません。人参に玉ねぎ、ピーマン……あとは挽き肉などはありますか?」
「もちろんだ。ここに……」
私はコックから材料を受け取り、まな板の上に広げた。
よ-し、早速始めますわよ!
エプロンを着けた私。
腕まくりをして早速料理を開始します。
「まずは野菜をみじん切りにして……っと」
人参や玉ねぎをみじん切りにしていく。
こうしていると、王国にいた頃を思い出す。
なかなか辛い時期だったけど、こうして料理をしている時間だけは嫌なことを忘れることが出来たものだ。
「これと挽き肉を混ぜて……」
銀色のボールの中に、先ほどみじん切りにした野菜、そして挽き肉とパン粉。卵などを入れていく。
あとは塩こしょうをぱらぱらと振りかけて……。
「こねる! こねる! こねる!」
全部一緒くたにするように、素手でそれをかき混ぜていった。
うーん、ストレス発散!
コツはむかつくヤツの顔を思い浮かべることだ。私だったらクロード王子や、偽聖女の腹黒レティシアのことですわね。
やがてキレイに混ぜ終わった挽き肉達を、小さな楕円へと形を整える。
「あとは焼くだけ!」
ジューッ。
油を敷いたフライパンの上に先ほど混ぜたものを入れると、美味しそうな音が聞こえた。
こうしているだけでも良い匂いが漂ってくる。思わずつまみ食いしてしまいたくなった。
「あとは別に作っておいたソースをかけてっと……」
本当は彩りも考えてお皿に野菜も盛り合わせたいところだけど……それをしたらセシリーちゃんを警戒させてしまうかもしれないので、我慢我慢。
他のコックの方に作ってもらった、フライドポテトでいいかしら。
「よし、これで完成!」
人数分をお皿に載せたところで、私はそう声を発した。
それに気付き、先ほどの料理長らしきコックが興味深げに覗き込んできた。
「お嬢ちゃん、これは……」
「ええ、ハンバーグですわ」
コックにそう説明する。
「ハンバーグ? やっぱりセシリー様に野菜を食べさせることは、諦めたのかい?」
「ちっちっちっ。甘いですわね。これはただのハンバーグではありません。『野菜ハンバーグ』です!」
「なんだと?」
そう。
見た目はただの美味しそうなハンバーグに見える。
しかし実際は、挽き肉に人参や玉ねぎといった野菜をふんだんに混ぜ込んだハンバーグなのだ。
「全くそうは見えないな。それに随分作るのが早かった。本当に大丈夫なのか?」
「ふふふ、ハンバーグは昔からよく作っていましたからね。要領も分かっているのです」
「そ、そうか。しかしこれで本当にセシリー様を騙……じゃなくて、野菜を食べさせることが出来るのか? 途中で気付かれそうだが……」
「きっと大丈夫だと思います。心配ご無用ですわ」
私は確固たる自信があった。
「まあいい。他の料理の準備も済んだ。早速食堂ホールに持って行くとするか。気になるから、私も付いていくよ」
「お願いします」
給仕の方々が次々とお皿を配膳用のカートに載せていく。
それを私もお手伝いして、とうとうナイジェル達に料理のお披露目だ。
私は食堂ホールに入って、開口一番にこう言った。
「おまちどおさま!」
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