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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
二章

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256・魔王が去ったのち

 夢を見ました。

 街の中で魔族が暴れ、人々が傷ついていく光景──。

 私は走り回りますが、力及ばず、救うことが出来ません。


 膝を突いて、嘆き──。




「──エリアーヌ様」




 そこで声が聞こえ、私は目を覚ましました。


「アビーさん……」


 彼女はこのお城に仕えるメイドの一人。

 リンチギハムに移り住んでから、彼女の温かい支えに何度も救われてきました。

 今では使用人としてだけではなく、楽しみを分かち合い、時には日々の悩みを相談する親友です。


「エリアーヌ様、ようやくお目覚めになりましたか。先ほどから、ずっとうなされていたので……心配しましたよ」


 優しい声音でアビーさんは言う。

 そこで私の右手を彼女が握ってくれていることに、気が付きました。


「もしかして……ずっとこうして?」

「はい。少しでも楽になっていただけるかと思いまして」


 とアビーさんはなんでもないかのように口にしました。


 彼女に心配をかけてしまいました。


「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですよ。私、これでも柔ではないので」


 顔の前で力強く拳を握ります。

 自分でも空元気なことは分かっていたけれども。


「昨晩は遅くまで会議をしていましたね。差し支えなければでいいんですが……どのようなことを?」


 魔王が扉の先に消えたことは気にかかったものの、街中に残っている魔族をそのままには出来ません。

 私達はすぐに魔族の残党狩りに行動を移しましたが、ほとんど戦いは終わりかけだったので、さほど時間は要しませんでした。


 そして休む間もなく、私達は王城で今後について話し合うことになりました。


「えーっと、昨日は──」


 会議の内容を思い出しながら、私はアビーさんに語り始めます──。




「どうして、魔王は神剣から解き放たれたのでしょう?」


 みんなを前にして、私は疑問を口にします。


「これは推測になるけど──魔王は言ってたんだ。『貴様の思念は妾が目覚めるための、よき栄養となった』……って。僕は神剣を手にし、何度か魔王に人格を乗っ取られそうになった。それが原因だったんじゃないかな?」


 それに対して、ナイジェルが答えます。


 なるほど……。

 時の聖女シルヴィさんを救うため、魔王に助けを求めましたが、あの時はやけにおとなしいと違和感がありました。

 おそらく、あれから──いえ、ずっと前から、魔王は復活の準備を整えていたのかもしれません。だからこそ、私達の油断を誘うために演じていたのです。


「とはいえ、魔王が解き放たれてしまった以上、そのことをいつまでも論じているわけにはいかない。今は──これからのことだ」


 そう発言するのはフィリップ。


「魔王は去った。しかし──今は準備を整えているだけだ。君達の話を聞くに、まだ完全に力を取り戻したわけでもなさそうだからな」


 魔王も、自身の力が不完全であることは分かっているようでした。

 現れた上級魔族達の目的も、一番は魔王が扉の先まで逃げるまでの時間を確保することだったのでしょう。


「魔王が逃げていった、あの扉の先──あそこはなにがあるのかな?」


 とナイジェルから質問が飛び出し、


「おそらく、あの先は魔族が蔓延る世界──魔族界だ。力だけが支配する世界……と聞いたことはあるが、俺も詳しくは知らない」


 フィリップがそう答えます。


「そこで力を取り戻そうとしているってわけね」

「だが……エリアーヌから話を聞くに、まだ不完全の魔王相手でも勝てなかったんだろう? それなのに魔王が完全になってしまえば、どうなるのか……」


 会議に参加しているレティシアとクロードが、交互にそう発言します。


「はい。間違いなく、戦いはさらに厳しくなるでしょう。魔王に力を取り戻させるわけにはいきません」


 私もそう返事をします。


 現状──もう一度戦ったとして、簡単に勝つことは不可能。


 だからこそ、魔王が完全に力を取り戻す前に叩く。

 これが唯一の勝機だと思いました。


「ならば、やることは決まったな」


 ドグラスは腕を組み、こう続けます。


「魔族界に行き、魔王の力が目覚める前に叩く──わざわざ我らが待つ必要はない」

「その通りだね。だけど、どうやって魔族界に行けば……」


 とナイジェルは表情を暗くします。


 誰からも発言が出てこない中、みんなの視線がフィリップに集まりました。


「…………」


 フィリップはなにを考えているのでしょうか──大きく息を一つ吐き、固く目を閉じました。


 ベルカイムの地で魔王が封印されていることも、フィリップは知っていました。

 聖女である私が知らなかったのに……です。

 だから今回も彼がなにか知っているんじゃないかと、みんなが期待するのも無理はありません。


 ですが、フィリップは首を横に振り。


「ないんだ──そんな手段なんて。魔族界に行く方法なんて、聞いたことがない」




「魔王に勝つ唯一の勝機──それが魔王が力を取り戻す前に討つことでした。しかし魔王がいるであろう魔族界への行き方は分からないまま。こうしている間にも、魔王は着実に力を取り戻しているでしょう」


 アビーさんに語りながら、私は気分がさらに沈んでいくのを感じました。


 王都を覆う結界が壊れた理由もはっきりとはしませんが、魔王の力が漏れた結果だと考えられます。

 張り直そうともしましたが、魔族の襲来を防ぐほどの結界は不可能でした。


 魔王が解き放たれてから、念話や王都を覆うほどの巨大な結界を阻害する魔力を感じます。

 そのせいで街の安全を確保することも困難。


 色々な障害があるのに、みんなは昨日の戦いで疲弊しています。

 この状態で、私達は彼らに立ち向かうことが──。



「エリアーヌ様──朝ごはんにしましょう」



 俯いていた私に、アビーさんがそう声をかけました。


「え?」

「こういう時こそ、たくさん食べるべきです。少し待ってくださいね」


 一体いきなり、どうして──と思うのも束の間、アビーさんはそのまま部屋を出ていきます。

 この間に私は寝衣から着替えておきます。


 程なくして彼女は料理が載ったお盆を持って、部屋に戻ってきました。


「お待たせしました」


 手際よく、アビーさんはテーブルに料理のお皿を並べていきます。


 並べられたのは、こんがり焼けたジャムトーストと、湯気が立っているホットチョコドリンク。

 朝ごはんの香りが鼻梁をくすぐるだけで、食欲がひょっこりと顔を出します。


 それに……朝ごはんは私の分だけではありません。


「私の分も用意しちゃいました。私も朝ごはんをご一緒したかったので。いけませんか?」


 とアビーさんは小さく舌を出します。

 彼女の珍しい仕草に、つい笑いが零れてしまいます。


「ダメなわけ、ありませんよ。一緒に食べましょう」


 と私はアビーさんと向かい合って、テーブルの前に座ります。

 対面にちょこんと座っている可愛いアビーさんを見ながら、私はまずホットチョコを口に流します。


 ──美味しい。


 体の芯から温かくなる感じです。


 コップから口を離すと、思わず「ふう」と息を吐いてしまいました。


 お次はジャムトースト。


 トーストのサクサクした食感と、ジャムの柔らかさが絶妙に合わさっています。

 甘さと酸味がバランスを保ちながら、舌の上で踊っている。

 噛み締めるたびに今日を生きる活力と、小さな幸福感が芽生えました。


「どうですか?」

「どちらも最高です──アビーさんは?」

「そんなこと、言わずもがなじゃないですか」

「ふふっ、そうですよね」


 他愛もないことで、私達はお互いに笑います。

 先ほどまで暗雲がかかっていた心の中が、嘘のように晴れていきます。


 それは朝ごはんの美味しさもあると思いますが……一番はアビーさんが近くにいてくれているから。


 ベルカイムを出るまでは、同年代の友達はほとんどいませんでした。神託を受け、聖女に任命されてからは皆無と言って過言ではないでしょう。

 だからこうして同じものを食べて、感想を言い合う経験をしたのはリンチギハムに来てからです。


「いつものエリアーヌ様に戻られましたね。よかったです」


 ふんわりと柔らかな笑みを浮かべるアビーさん。


 きっと──私が落ち込んでいるのを察して、こうして気を遣ってくれたのでしょう。

 多くは語らず、優しく寄り添ってくれるアビーさんに感謝しました。


「ありがとうございます。おかげで気付けました。現状に落ち込んでも、事態は好転しませんよね。ならば、もっと現実と向き合いましょう」


 それが細い糸を手繰り寄せるような行為でも。

 諦めていい理由にはならないのですから。


「私はみなさんと話をしてきます。それに街には傷ついた人も多いでしょうし。休んでいる場合ではありません」

「その意気です。ですが、気負いすぎないでくださいね? 頑張りすぎて、あなたが倒れては意味がありません。時には休むことも大事です」

「ええ、分かっています。それに──私の休める場所はここにあります。疲れたら、またアビーさんとここでお話しさせてもらっていいですか?」

「はい、もちろんです」


 とアビーさんは頷きました。

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