254・魔王の目的
「ほお、ようやく来たか。聖女──いや、“真の聖女”よ」
荘厳な態度で告げる一人の女性。
妖しく光る瞳は、身震いするほど艶かしいものでしたが、その奥底に宿る魔力はまるで邪悪を凝縮しているかのよう。
相対するだけで、無意識に体が震える恐怖に駆られます。
「ナイジェル、ヴィンセント様……こんなに傷ついて……」
傷だらけの状態で床に膝を突いている二人に、私は心を痛めます。
「すぐに癒しますね──」
「させぬ」
私がすぐに治癒魔法を発動しようとすると、彼女が魔法を放ち、それを妨げようとします。
しかし同時に結界魔法を張り、攻撃魔法から身を守ります。
「ちっ……」
舌打ちの音。
こうしている間に、治癒魔法によってナイジェルとヴィンセント様を回復します。
「ありがとう、エリアーヌ」
「助かった」
ナイジェルとヴィンセント様は活力を取り戻し、立ち上がりました。
「ここに来たのは、君一人だけか?」
ヴィンセント様が、私にそう訊ねる。
「いえ──道中、レティシアやドグラスの助力も得られました」
王城内に入った瞬間、すぐに玉座の間に禍々しい魔力が鎮座しているのに気が付きました。
きっとナイジェルもそこにいて、戦っているはず。
すぐにドグラスと共に向かおうとしましたが、王城内はまだ魔族が多くいて、なかなか前に進めませんでした。
歯痒い気持ちになっていましたが、途中でドグラスが──。
『汝だけでも先に行け。ここは我が食い止める』
と言ってくださり、後ろ髪を引かれる気持ちながらも、彼と別れました。
おかげで、想定よりも早くここに到着出来た──というわけです。
「そのことはあとで詳しく説明するとして、今は目の前の脅威です。やはりあの女性は……」
「うん、魔王だ」
彼女──魔王から視線を外さないまま、ナイジェルがそう断言します。
一目見ただけで察しはついていましたが、どうやら予想は当たったようです。
「まあよい」
と一度、魔王が剣を素振りします。
「仕切り直しといったところか。たとえ“真の聖女”が来たとしても、状況は変わらぬ」
彼女が持つ剣は、なんの変哲もないもの。
それなのに──私は彼女の持つ剣から目を離せなくなっていました。
「ヴィンスは休んでおいて」
「なにを言う。俺も──」
「武器もなしに、どうやって戦うつもりなのさ?」
ナイジェルがヴィンセント様の手元に視線を移すと、その手には根本から折れた剣が。
ヴィンセント様は反論出来ないのか、悔しそうに顔を歪めます。
「大丈夫。僕らは一度、魔王に勝っている。エリアーヌがいれば、負けないから」
力強いナイジェルの言葉。
ヴィンセント様は、まだなにか言いたそうにしていましたが、足手まといになると判断したのか──黙って、一歩後退します。
「ナイジェル、いきますよ」
「ああ!」
ナイジェルに女神の加護を付与します。
私は聖女──女神の代行者。
女神の力を他者に付与し、力を引き出すことが出来ます。ですが、女神の加護に完全適合する人間は今まで現れませんでした。
しかし唯一、女神の加護に適応した人間。
それがナイジェル。
女神の力を一身に受けたナイジェルは、全ての能力が底上げされ、その姿はまさしく女神の使徒のよう。
「はあっ!」
ナイジェルが魔王に斬りかかります。
魔王もそれに応え、剣で迎え撃ちました。
「ほお──先ほどまでとは見間違えるほどだ。やるではないか」
と魔王は余裕げな笑みを口元に浮かべます。
「何度もこの世界に君臨して、君はなにがしたいんだ。王様になって、世界征服でもする気?」
「はっ! 妾が世界征服だと?」
魔王が剛力で、強引にナイジェルを剣で押し返します。
「笑止。妾は世界平和を実現したいのだ」
「世界……平和……?」
魔王からそんな言葉が出てくるとは思わず、私とナイジェルは言葉に詰まってしまう。
ナイジェルは魔王と距離を取る。少しでも下手な動きを見せれば、一気につけ込まれると考えたためでしょう。
「妾のいる魔族界は『力』こそが全てであった。力がなければ、なにも手に入れることなど出来ぬ。ゆえに──妾は魔族界を統一するために力を使った。力を使わぬ世界平和など、ただの夢物語だ」
言いながら魔王が手をかざすと、闇魔法が連続で放たれ、ナイジェルに襲いかかります。
結界魔法でそれらは防がれますが、魔王の攻撃を前に、ナイジェルは即座に反撃を放てません。
「争いは争いしか生まないよ。それじゃあ、世界平和は達成出来ない」
「争いは争いしか生まない? 妾があの忌々しい剣に閉じ込められてから、なにがあった? 《白の蛇》──長命竜。それにベルカイムの方角から、邪悪で強大な呪いも感じたな。争いしか起こっておらぬではないか。それは貴様らの力が足りぬせいだ」
「確かに君の言う通り、争いはなくなっていない。だけど一歩ずつ、着実に前進している。一つずつ積み重ねていけば、いつか世界は平和になるはずだよ」
「いつか……?」
それは注視していなければ分からないほどの変化。
ピクッと魔王の眉間が動きました。
「それはいつだ? 百年後か? 千年後か? その間に大切な者を失うかもしれぬぞ? 貴様は経験したことがないのだろう? 弱者に寄り添った結果、もっと大切な者を失ってしまうことを──」
「君は……」
今までとは打って変わった魔王の雰囲気に、ナイジェルもすぐに言葉を紡げないでいるよう。
しかし魔王は首を横に振ってから、
「つまらぬことを語ってしまったな。このような感情は戦いの不純物だ」
と一気にナイジェルと距離を詰めます。
それは邪念を振り払うかのような強烈な一打。
だけど寸前でナイジェルは体を捻り、魔王の攻撃を躱わします。
「気付いてはおらぬか? 貴様のその力は、聖女あってのことだ。聖女がいなければ、貴様はただのボンクラ。貴様だけが弱いのだ」
「たとえそうだとしても、僕は一人で戦う必要はない。僕とエリアーヌがいる限り、弱点は補完し合えるんだ」
「そうかもしれぬな。ならば──」
魔王が剣を上段に構えます。
その構えを見て、全身が凍るような寒気を感じました。
「ナイジェル! 避けてください!」
「無駄だ」
目で追い切れない速度で、魔王はナイジェルに接近し、剣を振り下ろしました。
「妾が貴様らの希望を断ち切る!」





