241・あなたのための花冠
そこは深い暗闇だった。
「夢と同じか……」
アルターのコアに魔力を注ぎ、次の瞬間、闇が俺を包んでいた。
ここが時の牢獄だろう。微かに残っている牢獄の中での記憶が甦ってくる。
「シルヴィを探さなければ……」
歩き出す。
意外と簡単に見つかるんじゃないか──そんな俺の安易な想像を打ち砕くかのごとく、夢と同じだった。
どれだけ足を進めても、景色は変わらない。
やがて、灼熱が俺を襲う。
息をするだけで肺が焼ける。どうして俺は生きているのか──そんな当たり前のことが分からなくなるくらい、苦痛を感じた。
次に襲ったのは、身が凍えるような寒さだ。
寒さで手足が動かなくなる。だが、それでも無理やりに動かす。骨や血が凍るような感触。
熱さと寒さを乗り越えた先にあったのは、身の毛がよだつ不快感。
胃の中のものを全てぶちまけたら、どれほど気持ちいいだろうか。しかしそれは許されない。
頭の中を冷たい棒でかき乱されているような感覚。
全てを諦め、ここでくたばれば楽になるだろう。
しかし俺は必死に意識を繋ぎ止めた。
「シルヴィ……っ! 俺はただ、君にもう一度会いたい」
頭に浮かぶのは愛おしい彼女の顔だ。
もう少しで彼女に会える。
会って、彼女と話がしたい。
とうとう地面もない暗闇の中で、俺は転んでしまう。
もう手足の感覚がない。俺は這うように移動する。全てはシルヴィに会うために──。
どれだけの時間が経っただろう。
一瞬だったのかもしれない。百年経ったかもしれない。
『──ファーヴ。頑張ってください』
自分が誰なのかも分からなくなった時──光が、天から降り注いだ。
「ああ──」
体が再生していく。
『君なら大丈夫』
『帰ってこないと、探し出して叩き潰すからな!』
続けて、大切な友たちの声が聞こえた。
「もしや……エリアーヌ達が?」
どういう仕組みで、ここまで力と声を届かせたのか分からない。
俺の勘違いかもしれない。
だが、確信する。
彼女達が俺を見守ってくれているのだ。
「行こう」
立ち上がり、再び歩き出す。
突如──闇が散開する。そこは楽園のような場所だった。
辺り一面、美しい花が咲き誇っている。
その花畑の中央に──彼女は座っていた。
「シルヴィ……?」
震えた声で彼女の名を呼ぶ。
彼女は振り向き、微笑みを浮かべた。
「お待ちしておりました」
間違いない。
シルヴィだ。
「シルヴィ……シルヴィなのか? 俺の幻覚じゃなくて?」
「はい、シルヴィです。なにせ二百年ぶりですからね。私の顔、お忘れですか?」
「忘れるものか……! 君のことを、片時たりとも忘れたことはないっ!」
ちょっと茶目っけを含ませた表情のシルヴィは、確かに俺がずっと会いたかった彼女であった。
シルヴィが立ち上がり、俺に歩み寄る。
その手にはなにかが握られていた。
「あなたのために作ったんです。二百年間──ずっと」
そう言って、シルヴィはそれを被せてくれる。
花冠だ。
彼女が近くにいる。
消えてなくなってしまわないように──俺は彼女の両肩を掴む。
彼女の温かみが手に伝わってくる。
「ずっと……っ! 君を探していたんだ」
「はい、知っています。ずっと──待っていました」
彼女だって寂しかっただろう。
だが──そんな寂しさを俺に感じさせることなく、彼女は笑っていた。
「君に紹介したい人がいるんだ。俺の友達だ。聞いて驚け。一人は聖女で、一人は王子。そして──親友のドラゴン」
「あら、楽しみです。きっと、一度目の私は今の聖女さんにお会いしていたでしょうから」
「君と仲良くなれると思う」
「私もそう思います。だって、一度目でも友達になってくれるって約束してくれたでしょうから」
言葉が次から次へと出てくる。
ここまでなにを犠牲にしただろう。
たくさんの人に迷惑をかけた。
それでも──離したくない、大事な人がいた。
「さあ、シルヴィ。帰ろう」
そう言って、俺は右手を差し出す。
シルヴィが握り返してくれた。
「もっといっぱいいっぱい、君と話がしたいんだ」
「私もあなたと同じです。ゆっくり歩きましょう。焦る必要はありません。これからは、ずっと一緒なんですから」
「ああ……!」
返事をする。
彼女に会えたとはいえ、元の場所に帰れるかも分からない。
しかし不思議となにも怖くなかった。
俺一人なら無理だったかもしれない。
だが、今の俺の隣にはシルヴィがいる。
帰るべき場所には──俺を待ってくれる友がいる。
それを思うだけで、心に勇気が灯った。
闇の中をシルヴィと突き進んでいく。
彼女とする楽しい話は、最後まで途絶えることはなかった。
──リンチギハム王城。
『くっくっく……愚かな。ヤツらめ、見るに堪えん甘さだ。妾と交渉するには、策が足りん。妾が貴様らに協力するわけなかろう』
一本の剣。
光り輝くはずの神剣は──黒く染まっていた。
『再度、あの王子の思念を取り込むことによって、ようやく力も戻り始めた。もう少し──もう少しすれば、こんな窮屈な場所から出られる』
底なしの邪悪であった。
邪神の動きが止まり、長命竜が恐れた存在。
魔王が再び、この世界に顔を出そうとしていた。
『それにしても……あの小娘が“真の聖女”として目覚めようとしているとはな。面白い、面白い。“真の聖女”ごと、この世界を闇に染めてやろう』
それは誰にも聞かれることのない声。
魔王は誰にも気付かれることなく、ただその時を待っていた。
『妾を御することが出来ると思うのは間違いだ。妾はそういう存在ではない』
魔王は宣言する。
『妾がこの世界の王となる』
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