25・愚かな王子様
【SIDE クロード王子】
「暗くてじめじめしたところですね……」
クロード王子が婚約者のレティシアとともに防空壕に入ると。
レティシアは真っ先にそう言葉を発した。
「ああ。滅多に入るところでもないからね。キレイ好きなレティシアにとっては不快なところだろう。でもどうか我慢して欲しい」
「……分かりました」
レティシアはそうは言うものの、一瞬だけ不快そうに顔を歪めていた。
仕方がない。
彼女にこんな場所は似つかわしくない。
早いところドラゴン騒ぎが落ち着いて、防空壕から出たいものだ。
「それじゃあレティシア。防空壕に結界を張ってくれるかな?」
「え? ここに来ればもう安心なのでは?」
「保険だよ、保険。防空壕といっても、入り口に鍵がかかっているだけだからね。そんなことは絶対ないんだけど、ドラゴンが王城に攻め入ってきた時、防空壕ごと破壊してしまうかもしれない」
「確かにそうですね。お任せください」
レティシアが手をかざすと、そこから青白い光が発せられた。
「おお……なんて神々しい!」
このような聖魔法を使えることこそ、レティシアが『真の聖女』であることの証明ではないか。
やはりエリアーヌは偽の聖女で間違いなかったのだ。
「終わりました」
「早いね。二十分くらいしかかかっていないじゃないか。さすがは聖女様だ」
クロードは感服する。
実際エリアーヌなら、この規模の結界なら一秒未満で張れるのだが——盲目な王子はそのことすら知らなかった。
「じゃあこれで安心だね。全く……さっさとおさまって欲しい……?」
——っ——っ!
しばらくすると、人々の悲鳴や怒声が防空壕の外から聞こえてきた。
「なんだろう?」
「ドラゴンを倒すために、兵士達が動き回っているのでは?」
「まあ確かにそうか」
しかし胸騒ぎがする。
何故かそれだけではない気がするのだ。
クロードが不安を感じていると
キイィ。
軋む音を立てながら、防空壕の入り口が開いた。
(はあ? どうして)
防空壕の扉には鍵がかかっている。それに防空壕に結界が張られているため、中途半端な魔力しか保たない者では、触れることすら出来ないだろう。
扉の向こうから顔を現したのは、一人の男であった。
若い。
しかしその好戦的な瞳は、まるで獲物を捕らえる野生動物のようだ。クロードは彼を見ただけで心臓が握られているような感覚を覚えた。
「ど、どうしてここに入ってこれる!?」
クロードは男に問う。
「どうして……? 扉があったからだが? この扉は飾りだったとでも言うつもりか」
男は首をかしげる。
一体こいつはなんなんだ? 兵士の一人? しかしそれならば、どうしてこんなところに来る。
クロードが混乱していると、隣にいるレティシアがガタガタと震え出した。
「この人……とんでもない魔力を秘めています。これだけの魔力、まるでドラゴン……!」
「ド、ドラゴンだと!?」
一般的にドラゴンは宮廷魔導士百人分の魔力は保有すると言われる。宮廷魔導士といえば、王国にも五人しかいない魔法使いとしての頂点だ。このことからいかにドラゴンが規格外な存在なことが分かる。
レティシアの言葉を聞いて、男は「はっはっは!」と豪快に笑い。
「そりゃそうだ。我はドラゴンなのだからな。なにもおかしいことはあるまい?」
「ドラゴン……? その割には随分姿が違うようだが」
未だ目の前の男がドラゴンだと信じ切れていないクロードは、疑問を吐く。
「人の姿に変わることくらい容易い」
「か、仮にそうだとして、どうしてここに入ってこれる!? 聖女のレティシアが結界を張ってくれたんだぞ?」
「はあ? 結界だと? この程度の結界で、我の侵入を妨げられると思うな。エリアーヌの結界に比べれば、あまりに脆弱だったぞ」
それを聞き、咄嗟にクロードはレティシアに顔を向ける。
すると。
「ド、ドラゴンを遮断する結界を張ることなんて出来ません! そんなことが出来る人は、この世界で誰もいませんよ!」
とレティシアは反論した。
男はそれを聞き「これほどまでに愚かだとは!」と高らかに笑った。
「真の聖女を追放したせいだ! 後悔するんだな! ……まあ今はこんなことでごちゃごちゃ言っているよりも」
クロードはその男の動きが見えなかった。
我こそがドラゴンだと名乗る男がすっと消えたかと思うと、一瞬でクロードの目の前に顔が現れた。
「がっ……!」
そのままクロードは男の手によって壁に押しつけられる。
「言え。聖女を追放したのは貴様か?」
「聖女……? あの偽の聖女、エリアーヌのことか!」
「偽の聖女? 貴様はなにを言っておる」
「あいつは自分が聖女であると嘘を吐いて、国から多額の税金を引っ張ってきた。とんだ悪女なのだ! だから追放してやるのも当然のことだろう?」
「……はあ」
男は深く溜息を吐く。
「なんと愚かなことを。まあエリアーヌからお前がどれだけ愚かな男かは大体聞いていたがな。追放される危険性もあるとエリアーヌは言っていたが、まさか現実のものになるとは」
「なにを言って……ぐあっ!」
「黙れ」
クロードの腹を男は一発殴る。
一見軽く小突いただけのようにも見えるだろう。
しかし筆舌し難い苦痛がクロードに襲った。
い、胃が破裂した!?
何秒間か息が出来なくなるほどの、壮絶な苦しみだ。
「まず一つ。エリアーヌは真の聖女だ。その証拠に、彼女が結界を張っていたため、我はこの国に近付くことすら出来なかった。そんな彼女を追放してしまうとは……貴様、正気か?」
男はクロードの前髪をつかみ、無理矢理顔を上げさせる。
「たとえ結界がなかったとしても、我は彼女のことを気に入っていた。そもそも一国を滅ぼすなどという真似、面倒臭いからな。やろうと思えばいつでも出来たが、やる必要もなかった」
「クロード!」
クロードに男が語りかけていると、レティシアがそう言葉を発し魔法を使おうとした。
しかし……先ほどの青白い光ではなく、どす黒い色をした魔力だ。
「ほお……なるほど。貴様そういうことか」
男は興味深げにレティシアを眺めていたが、
「しかし発動しなければ、意味がない」
男が手をかざすと、レティシアの体を包んでいたオーラが徐々になくなっていた。
どうやら魔法で男を攻撃しようとしてくれたが、男の力に阻まれて不発だったようだ。
「貴様達にはもう用はない」
男は力強くクロードの顔を持ったまま、そのまま思い切り床に放り投げた。
「ぐはっ!」
全身を襲う強烈な痛み。
それでもクロードは意識が途切れないように、歯を食いしばる。
「エリアーヌもいなくなったし、この国にいる必要もない。我はしばらく旅に出る。傷心旅行というヤツだな」
「み、見逃してくれるのか……?」
「見逃す?」
男はニヤリと口角を歪める。
「逆だな。この国の終わりはまだ始まったばかりだ」
「どういうことだ……?」
「貴様は知らぬと思うが、この国は元々我だけではなく上級魔族も目を付けていた。我は興味がないが、国には貴重な魔導具や金銀財宝があるみたいだからな。人間も多いし、それを魔法の実験として使うことも可能だ。魔族は我よりも何百倍も残酷だぞ?」
男は続ける。
「しかしこれまで魔族が攻め入ってこなかったのは……エリアーヌの結界があったからという理由もあるが、もう一つに我の存在があったからだ。謂わばお互いがお互いに睨み合う形だったため、この国に下手に手を出すことが出来なかったわけだな」
「つまり……?」
「すぐにでも魔族がこの国に攻め入ってきてもおかしくはない。我という障壁がなくなるからな」
「そ、そんな!」
無論、目の前の男が言っていることは全て嘘だと論ずることも出来る。
しかしこの自信満々な顔つきから、どうしても男が嘘を吐いているものだとは思えなかった。
「貴様のような愚かな者の血で、我が手を濡らしたくない。後の汚れ作業は魔族共にやらせるとしよう」
男はそう言って、防空壕から去っていった。
「ク、クロード……! 大丈夫ですか?」
「あ、あ、あ……」
男がいなくなって気が抜けたのか、クロードは意識がだんだんと遠のいていった。
しかし一難去った。
取りあえず今は命があるだけでも良しとしよう……。
だがこの時のクロードはまだ甘く見ていた。
この国の行く末には、もっと悲惨なことが待ち受けていることを。
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