表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

249/306

240・悪夢の終わり

 そこは深い暗闇だった。

 いくら足を動かしても前に進んでいる気がしない。息を吸うだけで、肺には毒が流れ込んできた。


「シルヴィ……」


 それでも──俺は彼女の名を呼びながら、足を動かす。

 すると突如、前方に女性を形取った光が──。


「もしや──」


 声を出すと、彼女──シルヴィは振り返ってくれた。


「ここにいたんだな! 君を迎えにきた!」


 腕を伸ばして、叫ぶ。

 走るが、何故だか彼女には近付けない。


 焦る俺に、彼女は寂しい顔をして。


「……もう遅いのです。待ちくたびれてしまいました」

「え?」

「さようなら」


 そう言って、彼女は離れていく。


「待ってくれ! 俺は君を──」


 変わらず走り続けるが、やはり前に進めない。


 遠ざかっていく彼女を、俺は見ていることしか出来ず──。



 ◆ ◆



「シルヴィ!」


 叫んで、上半身を起こす。


「ここは……リンチギハムの王城?」


 見覚えのある室内だった。

 どうやら、今の俺はベッドで寝かされているらしい。

 窓から差し込む朝日が眩しかった。



「目が覚めましたか?」



 声が聞こえそちらに顔を向けると、そこにはエリアーヌとドグラスの顔があった。


「うなされてでもいたのか? 酷い顔をしているぞ」


 ドグラスが腕を組んで、呆れ気味に言う。


「一体、どうしてここに? 確か俺はアルターと戦い……」

「戦いには勝利しました。だけど戦いが終わってしばらくしたのち、あなたは疲れていたのか、気を失ったんですよ」

「寝ている汝をここまで連れてくるのは大変だったぞ。なにせ、エリアーヌとナイジェルに比べて汝は重いからな! ガハハ!」


 とドグラスが豪快に笑う。


 口は悪いが、これも俺が気を遣わないようにするための彼なりの冗談だろう。その証拠に、ドグラスの声には嫌悪の類が含まれていなかった。


 記憶も鮮明になっていき、俺はあることを思い出す。


「そうだ! アルターのコア!」


 シルヴィは時の牢獄の中にいる。

 そのためにはアルターのコアが必要だった。


 視界にアルターのコアらしきものが見当たらない。もしや俺は手離してしまったのか……?


「大丈夫ですよ」


 エリアーヌがそう微笑む。


「右手を」

「右手? ──ああ」


 そこでようやく、俺は右手でなにかを掴んでいることに気付いた。


 宝玉が握られていた。

 竜島で見た、アルターのコアだ。


「なくしたりしては大変ですから、預かろうと思ったんですけれどね」

「だが、気を失いながらも、お前はそれを離さなかった。無理やり引っ剥がそうとしても、強い力だったぞ」


 エリアーヌとドグラスが説明してくれる。

 俺はアルターのコアを胸元に当て、こう呟く。


「よかった……本当によかった」


 もう、あんな悪夢を見ることはないと思ったから。



 ◆ ◆



 アルターのコアを大事そうに持ち、「よかった」と何度も呟くファーヴに、私はこう口にします。


「少し休憩したら、すぐに()()()で時の牢獄に向かいましょう。シルヴィさんを救い出してこその、ハッピーエンドです」


 そういう意味では、私達の戦いはまだ終わっていないのかもしれません。


 魔王とアルターも言っていました。

 時の牢獄の中に入れても、シルヴィさんを見つけられるか分からない。仮に見つけたとしても、戻るのも至難──と。


 もしかしたら、それはアルターと戦うより辛いことになるかも。


「…………」


 すぐにファーヴは「もちろんだ」と答えてくれると思いましたが、彼はなにも喋りません。


「ファーヴ?」

「い、いや……すまない。考え事をしていた。そうだな、すぐにシルヴィを迎えにいかないと」


 そう言うファーヴの瞳には、戦いに向かう力強さが宿っていました。


「しかし向かう前に、しばらく一人にさせてくれないか? さすがにここまで動きっぱなしで疲れた」

「はっ! 柔なヤツだな。我は元気だぞ!」


 とドグラスが腰に手を当て、胸を張ります。


「まあまあ、ドグラス。ファーヴに無茶をさせてはいけませんよ。では、準備が出来たら、呼びにきてくださいね。私達は食堂にいますから」

「ああ」


 ファーヴが頷く。


 それを見て、ドグラスと一緒に部屋を出ます。


 ファーヴの視線は宝玉の神秘的な光に向けられている。

 彼はなにかを決意したように、宝玉を強く握っていました。




 それからしばらく経過したのち。


「エリアーヌ! ナイジェル!」


 ドグラスが慌ただしく、食堂に飛び込んできます。


「どうしたの?」

「ヤツがなかなか来ないと思って、部屋を見にいったのだ。するとこれが……」


 すっとドグラスは一枚の手紙を差し出します。

 それには、こう書かれていました。




『我が親友達へ


 世話をかけた。

 君達のおかげでアルターを倒し、シルヴィを救うための鍵を手に入れることが出来た。

 いくら感謝の言葉を重ねても、言い切れないだろう。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 これからシルヴィを救いに、時の牢獄に向かわなければならない

 しかしここから先は、帰ってこれるかも分からない戦いだ。

 それでも優しい君達は、一緒についてきてくれるだろう。


 ここから先は俺の戦いだ。

 君達を巻き込むわけには行かない。俺は一人でシルヴィを迎えにいく。

 重ねて言う、世話になった。ありがとう。

 願わくば、シルヴィと一緒にエリアーヌのご飯をまた食べさせてくれ。


 ファーヴ』




「ファーヴの姿は既に部屋になかった! ヤツめ……っ! あれほど言ったというのに、また一人で突っ走りおって。反省しておらぬのか!」


 手紙をくしゃっと握りしめ、ドグラスが悔しそうな表情を見せます。


「そんな……」

「ファーヴにはまだ、僕達に対する申し訳なさが残っていたのかもしれないね」


 とナイジェルも表情を暗くします。


「どうする? ファーヴを追いかけるか?」

「だとしたら、一体どうやって? 時の牢獄に入るために、今まで奔走していたんだ。そう簡単に追いかけられるものとは思えないけど……」


 ドグラスとナイジェルは、慌ただしく話し合っています。


「…………」


 私はファーヴの心中を思いながら、一頻り考える。


 そして。


「祈りましょう──」


 私はそう両手を握ります。


「もちろん、時の牢獄に入るための別の方法も探ります。時間はかかるかもしれませんけれどね」

「そうだね。なにもしないっていうのは、性に合わない。だけど祈るっていうのは……?」

「一度目──シルヴィさんには、ファーヴの想いが伝わっているようでした。なので祈りを捧げれば、ほんの僅かでもファーヴの力になるでしょう。それに……私は思うんです」


 寝室でのファーヴの表情──。

 決意に満ちた顔をしていましたが、決して悲壮感はありませんでした。


 それを思うと──。  


「ここから先は()()です」

「無粋?」

「ええ。だって、ファーヴは久しぶりに恋人と再会することになるんですよ?」


 これは私の想像になるけれど──ファーヴは私達を心配しているわけでもなく、だからといって信頼していないわけでもありません。


 ただただ、シルヴィさんと二人でいたかったから。


「大丈夫。()()でなら、絶対に帰ってこれますよ」


 二百年間、恋人のことを思い続けたファーヴの想い。


 私は二人を思い、こう口にしました。



「きっと、二人っきりで積もる話もあると思うんです。恋人との大事なひと時──私達はお邪魔です」

書籍版6巻の発売日が明日となりました。

ぜひお手に取っていただけると、幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
☆コミカライズが絶賛連載・書籍発売中☆

シリーズ累計145万部御礼
Palcy(web連載)→https://palcy.jp/comics/1103
講談社販売サイト→https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000355043

☆Kラノベブックス様より小説版の書籍も発売中☆
最新7巻が発売中!
hev6jo2ce3m4aq8zfepv45hzc22d_b10_1d1_200_pfej.jpg

☆新作はじめました☆
「第二の聖女になってくれ」と言われましたが、お断りです
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ