239・戦いの終わりに──“真の聖女”
「おつかれさまです」
戦いを勝利で終え。
私はドグラスに、そう労いの声をかけました。
「おう」
ドグラスは槍を握ったまま、軽く右手を挙げて応えます。
「怪我はされていませんか?」
「怪我? 負っていたかもしれぬが、この姿になったら全て癒えた。これはいいぞ。力がみなぎる。なんなら、エリアーヌにも体験して──ん?」
ドグラスが喋っていると、体が光を放ち、いつもの彼の姿に戻ってしまいました。
「むむっ……どうやら、この状態は長くは保てないようだ。せいぜい五分くらいが限界といったところか……」
ぶつぶつと呟くドグラス。
アルターを圧倒していたほどの強大な力だったとはいえ、ノーコストで使えるわけではなさそうです。
五分だけの最強形態。
だけどあれほどの強さの開放でしたから。時間制限があるのも納得です。
「それにしても……もし上手くいかなかったら、どうされるつもりだったんですか? あの状況からでは、私の治癒魔法も効きませんよ」
「ん……? どうだろうな。死んでたんじゃないだろうか? あとのことは考えていなかった。まあ上手くいったから、いいではないか。ガハハ!」
「細かいことを考えないのが、あなたの悪い癖です」
だけど今回はドグラスが命懸けの賭けに勝ったおかげで、私達は助かりました。
だからこその最終手段。
ドグラスも最後の最後になるまで、アルターの血を喰らうという手段は使わなかったわけですし。
「まさか半人にトドメを刺されるとはな。予想していなかった。半人なのに、これほどの力が出せるとは」
──ドグラスと言葉を交わしていると。
アルターが口を動かします。
現在、アルターの巨躯は地面に落ち、横になっています。
苦しそうに声を発しているアルターからは、既に戦意を感じ取ることが出来ません。
アルターの命の灯火は、じきに消えることになるでしょう。
「半人なのに、これほどの力が出せたのではない。人と深く交流したからこそ、これほどの力が出せたんだ」
フィリップがアルターにそう言い放ちます。
「人どドラゴン──どちらが上とか下といったものはない。実際、古今よりドラゴンより強い人間はいた。ドグラスはその両方の強さを併せ持った。だからこそ、お前は敗北したんだ」
「かっかっか! そうかもしれぬな!」
戦いに負けたことによりアルターは吹っ切れたのか、快活に笑いました。
戦いを誰よりも尊ぶからこそ、負けた時には相手を認める。
ある意味、最後までドラゴンらしいドラゴンでした。
「それに……儂が負けたのは、その半人だけが理由ではない。二百年間、一人の人間を想い続けた変わり者のドラゴン──女神の加護に適合した者──精霊王──そして聖女。聖女の力は本物だ。やはり儂の見立て通り、貴様は“真の聖女”だ」
「……教えてくれるかな」
ナイジェルが一歩前に出て、アルターに問います。
「君はエリアーヌを“真の聖女”と呼んでいる。どういう意味で言っているんだい? ──それに疑問はまだある。世界を支配したいという願望がありながら、二百年間、君は特に大きな動きを見せなかった。それはどうして?」
「──そうだな。儂の命はまもなく尽きる。儂の最期を楽しい戦いで彩ってくれた褒美に、教えてやろう」
ゆっくりと、穏やかな口調でアルターは語り始めます。
「理由は三つある。一つは不死身の力を得るために、時間が必要だった。二つ目は魔王の脅威を警戒していた。しかしこの二つの理由は大したことがない。三つ目の理由に繋がるが──最後のピースがハマれば、どうとでもなるしな」
「その三つ目の理由とは?」
私が続きを促すと、アルターの目が好奇の色を浮かべて、再度こちらを向きました。
「三つ目の理由──それは本物の……“真の聖女”が生まれてくるのを待っていたからだ」
「“真の聖女”……それはつまり、私?」
と自分を指さします。
真の聖女と言われれば、ベルカイム王国を追放されそうになった時、クロードは私のことを『偽の聖女』と呼んでいました。
そしてレティシアは自分のことを『真の聖女』と。
しかしアルターの様子を見るに、そういう意味ではなさそうです。
もっと別の理由があるようで──。
「始まりの聖女を含め、今までの聖女は全て紛いもの! “真の聖女”が生まれるための布石にすぎなかった! 始まりの聖女は女神の声が聞こえていたという。しかし……今の貴様はもしや、女神の声が聞こえていないのでは?」
「はい」
「それは貴様が“真の聖女”として覚醒したきざしだ。“真の聖女”の意味──そして貴様に与えられた使命、それをよく考えておくんだな」
そこまで語って、アルターの体から光の粒子が上ります。
消滅しようとしているのです。
最後だというのに、驚くほど今のアルターは穏やかな空気を纏っていました。
「待ってください! あなたの言う“真の聖女”を、もっと詳しく教えてください! 私に与えられた使命とは──」
まだまだ疑問はありました。
しかし私の問いかけに答えず、アルターはそのままこの世から消えてしまったのです。
「ダメ……でした」
「言いたいことを好きに言いおって。最後まで自分勝手なヤツだった」
ドグラスもそう悪態を吐きます。
「だけど見てよ。ほら、この宝玉みたいなのがアルターのコアなんじゃないかな?」
アルターが消えた後。
地面に残されていた宝玉のようなものを拾い上げ、ナイジェルがみんなに掲げました。
「ああ。間違いなく、アルターのコアだ」
ファーヴがそう答えます。
咄嗟にファーヴを見ると、彼は安心しきった表情を浮かべ、よろよろとした足取りでナイジェルに歩み寄りました。
「これが──時の牢獄に入るための鍵。ようやく、俺はシルヴィを迎えにいくことが出来る」
「うん。君が頑張ったおかげだよ。これは君が持つべきだ。渡しておくね」
ナイジェルがアルターのコアを、ファーヴに手渡します。
すると彼の体は全身の力が抜けたように、前のめりに倒れていきました。
「おっと」
その体をナイジェルが受け止めます。
「ファーヴ! 大丈夫でしょうか!?」
「うん、大丈夫。息もしてるから。大方、安心して力が抜けたんじゃないかな? それほど、彼はここまで追い詰められながら頑張ってきたんだろう」
そう言うナイジェルに支えられているファーヴの横顔を見ると、寝ている赤ん坊のようでした。
微かに、口から寝息のような音が漏れているのも聞こえます。
「おやすみなさい、ファーヴ」
私は微笑みを浮かべ、ファーヴ──恋人を思い続けた勇者の頭を撫でてあげました。





