230・魔王、再びこの世界に降臨する
「──妾を目覚めさせたのは、貴様らか。なんの用だ」
ナイジェル──魔王は口を開きました。
彼と魔王の声が混ざり合ったような不協和音。
聞いているだけで、不安でいっぱいになります。
「あなたにお聞きしたいことがありまして」
私は緊張感を保ちつつ、魔王に語りかけます。
すると魔王はおかしそうに哄笑し。
「く──はっ! 聞きたいことだと? 妾がどのような存在か、まだ理解しておらぬのか? 妾は貴様らの味方ではない」
「ええ、分かっています。だからこれは命令ではなく、お願い。どうか私達に力を貸してくれませんか?」
懇願する。
しかし魔王は試すような口調で、こう続けます。
「ふっ──笑わせるな。せっかく、この世にもう一度顔を出せたのだ。あの時と同じようにこいつの体を乗っ取り、世界を災厄に染めてもいいのだが?」
「やれるもんなら、やってみろ──なの!」
セシリーちゃんにしては珍しく、挑むように言いました。
ナイジェル──の体を借りた魔王は、セシリーちゃんの顔を興味深そうに眺めます。
やがて。
「……挑発は通じぬか。一人だけならともかく、妾の力を封じる聖女が二人もいる前で、下手な真似はせんよ。まあいい。妾も退屈していたからな。暇つぶしだ。話せ」
と諦めたように魔王は首を左右に振りました。
「ありがとうございます」
礼は言うものの、警戒心は募らせたまま。
私達の理解の範疇を超えているからこその魔王。
なにか、よからぬことを考えているかもしれません。
少しでも油断すれば、やられるのは私達の方でしょう。
「あなたは長命竜アルターを知っていますか?」
「長命竜アルター?」
魔王が首をかしげる。
「知らぬな。なんだ、それは」
「二百年生き──」
私は手短に、時に情報にフェイクも交えながら、魔王に事情を伝えます。
「なるほど……な。たった二百年かそこらか生きただけで、随分と偉そうになった竜がいたものだ。いや、もっと生きておるのか? まあ、妾にとっては些事だ」
と魔王はバカにしたように言います。
いくらドラゴンの寿命が人間より遥かに長命とはいえ、魔王は歴史の記録すらろくに残っていない時代から生きている存在。
私達人間にとって気が遠くなるような年月でも、彼にとってはつい最近のことのように感じるのでしょうか。
「貴様らに助力する気はない。だが、妾がいないうちにそのドラゴン──若造に好き放題させるのも癪だ。少しだけ教えてやろう」
そう言って、魔王は語り始めました。
「まず、時の牢獄だな──貴様らの話を聞くに、時の聖女とやらはそこに閉じ込められている可能性が高いんだろうな」
「やはり……ですか」
「どうすれば、時の牢獄に入ることが出来る?」
ファーヴが一歩前に出て、話に割って入ります。
「仮にその若造が時の牢獄を発生させたとしよう。ならば、若造の核──コアが必要だ。コアを手に入れ、それに魔力を流し込め。時の牢獄に入り、時の聖女とやらを助けることが出来るかもしれぬ」
「本当か!? どうすれば、コアを手に入れることが出来る!?」
「若造を殺す必要がある。生きたままコアを取り出すことは不可能だ。つまりどちらにせよ、貴様らは若造を倒さなければならぬわけだ」
魔王はきっぱりと言い放ちます。
予想はついていましたが……やはり、そういう答えですか。
ですが、アルターを倒すことに関しては規定事項。希望が生まれて、ファーヴの顔も明るさを帯びます。
「だが、時の牢獄に入っても、こちらの世界に戻ってこられるとは限らぬぞ? ほとんど偶然とも言える可能性を潜り抜けなければ、一生時の牢獄の中で過ごすことになる。そこのドラゴンが牢獄から出られたのは、奇跡みたいなものだ。オススメはせん方法だがな」
「構わない。少しでも可能性があるなら、俺はそれに賭ける」
そう答えるファーヴは、ぎゅっと拳を握る。
その表情は覚悟に満ちているものでした。
「そして次に──不死身の能力。こちらについては推測になる。本来、不死身などというものは有り得ない」
「ですが、アルターは何度も再生を繰り返していました」
竜島での絶望的な戦いを思い出しつつ、私はそう口にします。
「時間というのは、どれだけ強大な力を持ち得たとしても、平等に流れていく。人間やドラゴンの寿命も、時が流れた結果だ。妾ですらも、その呪縛からは逃れられん」
「なにが言いたい?」
とファーヴが問います。
「つまり若造の不死身の能力は、同族の血を喰らい、その力を体に取り込んだ結果も大きいと思うが──そこに時を操る能力を、ほんの一滴垂らした結果だと思うのだ」
「時を操る能力──つまりそれは」
「うむ。そんな者は、今のところその時の聖女しか使えぬだろう。おそらく、時の牢獄に閉じ込めたのも、それが理由ではないか? 時の牢獄に閉じ込めた上で、漏れ出る時の聖女の力を使っている。だからこそ、若造は時の聖女を殺さず、牢獄の中に閉じ込めたのだ」
線と線が繋がった──そんな気分。
一度目では知り得なかった真実。
そしてそれはシルヴィさんが生きているという証明にもなるようで、希望の灯の色はさらに濃くなっていきます。
「妾に分かるのは、それくらいだ」
「十分です。ありがとうございます」
再度、礼を伝えます。
暇つぶしとは言っていましたが、これだけペラペラと喋る魔王に違和感を抱きましたが──背に腹は代えていられません。
「……一つ、我からも質問はいいか?」
魔王が表出してから今まで、沈黙を守っていたドグラスが次に口を開きます。
「我を見て、なにか思うか?」
「ん? 弱きドラゴンだ──と。妾にとっては、塵芥にすぎない」
「……っ!」
ドグラスは怒りのまま飛びかかりそうになりますが、それを鎮めるように一度深呼吸をして、再び口を動かします。
「エリアーヌが言うに、アルターは我を見て半人だと言ったらしい。それがどういう意味か分かるか?」
「半人──か。く、はっはっは! これは若造もなかなか傑作なことを言いよる! そのままの意味だ」
「そのままの……意味?」
「そこから先は貴様自身で考えよ。妾が教えても、意味がないと思うしな」
それ以上は教える気もないのか、魔王は口を閉じてしまいます。
なにを知っているのか気になりますが──そろそろタイムリミット。
セシリーちゃんも継続的な魔力の放出に辛そう。
その証拠に、先ほどから喋る余裕もなさそうです。
「ナイジェル──剣を置いてください。ここから離れましょう」
私はそう告げて、魔王の拘束を解きました。
すると魔王──を体に宿すナイジェルは、ゆっくりと頷きます。
これは《白の蛇》事件が終わってから聞いた話なのですが──魔王に体を乗っ取られている時も、ナイジェルの意識は少し残っていたらしい。
さらに今は私とセシリーちゃんが、光の魔力で魔王の闇を封じ込めています。
大きな動きは無理でしょうが、簡単な動作なら容易だろう──とナイジェルは語っていました。
ナイジェルが剣を床に刺そうとする。
魔王も最初から諦めているのか、特に抵抗らしい抵抗を見せなかった。
やけにあっさりとした態度の魔王に、私は違和感を強くします。
「最後に……妾も一つだけ聞かせてもらっていいか?」
しかし床に剣が触れようとした瞬間。
背を向けたまま、魔王が私に問いかけます。
「内容次第なら」
「なに、難しい質問ではない。二百年間、若造が特に大きな動きを見せなかったことが引っかかってな。それは貴様も同じだろう?」
「その通りです」
「妾を恐怖した──という理由でも納得は出来るが、理解は出来ん。若造は貴様のことを、なんと呼んでおった?」
「えーっと……」
一度目のアルターの言葉を思い出し、私はこう言います。
「確か、“真の聖女”……だと。それがなにか?」
「……そうか。なるほど。若造なりに、そこまでは分かっているようだ」
魔王はなにか分かったのか、何度か頷きます。
これについても問いただしたいですが……教えてくれる気はないでしょう。
それにタイムリミットが本気で近い。
「では……な。次に妾が降臨すれば、世界は『死』に彩られるだろう」
そう言い残して、魔王──いえ、ナイジェルは剣を刺し、それと同時に闇が消えました。
「その表情を見るに、有益な情報は得られたみたいだね」
宝物庫から出て。
ナイジェルは爽やかな表情で、そう言いました。
ちなみに……セシリーちゃんは疲れたのか、すぐに私達と別れて、自室に帰っていきました。
彼女にもまた、お礼をしなければいけませんね。
「はい。時の牢獄の入り方──そして不死身の正体について、魔王から教えてもらいました。まずはアルターを──」
私は続けて、魔王から得た情報をナイジェルに説明します。
そして一通り、話が終わったところで、
「だが、これからどうする? どちらにせよ、アルターは倒さなければならぬ。不死身の能力が時を操る力に由来しているからと知っても、対策のしようがないぞ」
とドグラスが私に疑問を投げかけました。
私に時を操る能力はありません。
そんな専門家はどこにもいません。
ならば、ファーヴ以外にシルヴィさんの力を目にしている──そんな人の力を仰ぐべきだと考えました。
「一つ、心当たりがあります。ファーヴ──あなたは教えてくれましたよね。シルヴィさんは瘴気に覆われた精霊の森を救ったことがあった……と」
「そうだ」
とファーヴが首を振ります。
昔、彼が言ったことを、私は思い出す。
『二百年前も似たようなことがありましたが、聖女様のお力もあって瘴気を取り払うことが出来ました』
私は彼の名前を口にします。
「──精霊王フィリップ。彼に話を伺いに行きましょう」





