222・静かすぎる世界
──しかし戦況は変わりません。
ドグラスとファーヴの加勢があっても、不死身のドラゴン──アルターを前に、私達は防戦一方に追いやられていました。
「エリアーヌ! 諦めておらぬなっ?」
ドグラスが戦いながら、声を大にします。
「諦める? 私の性格をご存知ですか? 私、諦めが悪いんです」
「ガハハ! それでこそエリアーヌだ!」
劣勢を感じさせないほど、ドグラスは豪快に笑います。
「だけど……これだけ戦ってみて、一つだけ分かったことがある。どうやら、傷が深くなればなるほど、癒えるのに時間がかかるみたいだ」
ナイジェルが冷静にそう口にします。
なにも戦いの間、勝利のためのヒントを全く見つけられなかったわけではありません。
彼の言う通り、アルターの傷は癒えるのに、じゃっかんの時間差が存在しています。
ここにアルターを倒す手がかりが……?
「ファーヴはどう思う?」
「…………」
ナイジェルが問いかけますが、ファーヴから答えは返ってきません。
戦いの最中、ファーヴはずっと思い詰めた表情のまま、一言も語ろうとしませんでした。
「どうした? 腰が引けたか。この軟弱者め」
そんな彼に違和感を抱いたのはドグラスも一緒だったのか、そう挑発します。
「…………」
「なんとか言ったらどうなのだ!」
「……そうだな。お前の言うことを否定はしない」
やがてファーヴは覚悟を決めたように一度頷き、ドグラスの顔を真っ直ぐ見つめます。
「だが──軟弱者にも矜持がある。迷惑をかけたな。あとは任せてくれ」
ドグラスの肩をポンと叩き、ファーヴは背を向けます。
「おい……汝は一体なにを──」
駆け出そうとするファーヴに、ドグラスが手を伸ばします。
しかし振り返らず、ファーヴは悲壮な空気を纏って、アルターに向かって行きました。
◆
『時の聖女は既に死んでいる』
アルターがそう言い放った時、俺の心は絶望で満たされた。
──薄々は勘づいていた。
アルターがシルヴィを生かしておく理由が思い当たらない。
シルヴィは既に死んでおり、それを人質にアルターは俺を利用しようとしているだけではないか……と。
しかし信じたくなかった。
どんな犠牲を払ってでも、シルヴィを救いたかったからだ。
美味しい料理を、俺のために作ってくれたシルヴィ。
本を読みながら、人間社会について教えてくれたシルヴィ。
花冠を被せてくれて、柔らかな笑みを浮かべるシルヴィ。
戦いしか知らぬ俺に、彼女は愛を教えてくれた。
力は誰かのために振るうものだと知った。
しかし、それを教えてくれた彼女はもう──帰ってこない。
そのことをようやく悟った俺は、単身でアルターに接近していく。
ある想いを抱いて。
「なにをされるつもりですか!」
エリアーヌの声が聞こえる。
しかし振り返らない。
シルヴィとよく似ている彼女の顔を見ていると、決意が揺らいでしまうからだ。
「はああああああっ!」
俺はアルターの固い体に剣を突き刺す。
アルターは悲鳴すらも上げない。
俺の攻撃など、それこそ虫に刺されたようなものだからだろう。
「なにを考えておる?」
アルターが問いかける。
「お前は強い。今の俺達では倒せない。だから──俺は未来に賭けることにしたよ」
そう告げて、魔力を溜める。
行き場を失った魔力は、体内で循環する。
体が悲鳴を上げ、脳内で警告音が鳴り響く。
「ほお……?」
アルターは俺がやろうとしていることに気付いたのか、声を漏らす。
「貴様、自分がなにをやろうとしているのか分かっておるのか? このままでは魔力が、貴様の体内で爆発する。そうなった場合──」
「知っている」
万策は尽きた。
このままではエリアーヌ以外、全員死んでしまうだろう。
「まさか……っ! やめろ、ファフニール!」
次に俺のやろうとしていることに気付いたのは、ドグラスだった。
俺はドグラスに念話を飛ばす。
『アルターは不死身だ。このままでは倒せない』
アルターが大空を飛び、抗おうとする。
強い風が叩きつけられ、俺は今にも意識が飛んでしまいそうになった。
必死に意識を繋ぎ止める。
『だから……俺は俺自身の魔力を、体内で爆発させる』
『そんなことをすれば──』
視界の片隅で、ドグラスが絶叫するのが見えた。
『汝は死ぬぞ!?』
そんなことは分かっている。
その現象の名は『魔核爆裂』
体内に押し留められた魔力は、行き場を失って大爆発を起こす。
それによって、アルターを殺す。
『エリアーヌとナイジェルにも伝えてくれ。俺は君達の未来に賭ける。みんなを──世界を救ってくれ』
『変な気を起こすなと言っただろう! そんなことをしても、不死身のアルターは倒せぬ! なんの解決にもならんのだ!』
『だが、少しは時間が稼げるだろう? 君達はその隙に逃げて、体勢を整えてくれ』
それに──俺は最早、生への執着を失っていた。
彼女がいない世界は、俺にとって静かすぎる。
彼女と同じ場所へ行きたい。
そう思ったら、心が軽くなった。
「そんなことをしても、僅かな時間しか稼げぬ。儂を倒せる未来など、金輪際来やしない」
「来るさ。エリアーヌ達は諦めない。たとえ、お前に何度でも挑むことになっても──な」
目の前が真っ白になる。
限界のようだ。
行き場を失った体内の魔力が、外に漏れる。
魔力の光は空を染め上げた。
──シルヴィ、もうすぐ君のもとへ行くよ。
最期に俺が思ったのは、そんなことだった。





