23・結界を張りましょう
「エリアーヌ、本当にいいのかい?」
心配そうな顔で、ナイジェルが口にする。
私達はあの後。
アドルフさん達がいた兵舎を後にして、王城に戻ってきていた。
今から私がしようと思っていることは、さすがにアドルフさんに見られたくなかったからだ。
聖女だってことがバレちゃうからね。
「ええ。結界を張るくらい、すぐに終わりますので」
私はなんでもないかのように言った。
そう。
リンチギハム周辺に魔物が増えていることを聞き、私はこの国に結界を張ろうとしているのである。
範囲はこの都全域。
こうすれば国に魔物どころか、今後ドラゴンや魔族すらも入ってこれないようになるだろう。
「だけど……本当に国全域に結界を張ることなんて出来るのかい? 人一人分サイズの結界を張るのも、至難の業だと聞いたけど……」
確かに。
ナイジェルの言う通り、普通の補助魔法使いだったらそれくらいが限界だ。
「あら。私が王国で聖女をしていた頃は、それを何年間も持たせていたんですよ? それに敷地面積だけ見ると王国の方が上です。これくらいのこと、全く問題になりませんわ」
私は口元に指をつけ、そう説明した。
「では早速結界を張りますね」
集中する。
結界を張る時のイメージとしては、対象物の周りに膜を張るようなものなのである。
しかしなかなか繊細な作業で、少しでも間違えてしまえば膜が破れてしまう。
なので丁寧に魔力を注ぎ込み、結界を張っていくのだ。
しばらくして……。
「出来ましたわ」
十五分くらいしてから、私はナイジェルにそう告げた。
「もう?」
ナイジェルは驚いているというよりも戸惑っている様子。
「ええ」
「あ、ありがとう」
「もしかして、なにも変わっていないように見えますか?」
「あ、ああ。悪いけど……これで本当に魔物が寄りつかなくなるのかな? って思ってさ」
「心配しないでください。確かに結界は張りました。これで魔物が街に入り込んでくることはありませんわ」
「そ、そうか。すまない。疑うようなことを言ってしまって」
「いいえー」
ナイジェルがそう言うのも仕方のないことであろう。
実際、慣れた魔法使いが結界魔法を張ったら、以前と以後ではなんら変わりないように見えてしまう。
下手な人だったら、体が重く感じたりするんですけどね。
しかし結界魔法とは元々、戦闘中や遠征中にかけることも多い魔法なのである。
魔物と交戦しているのに、体に違和感を感じるような結界しか張れないのは、はっきり言って三流としか言わざるを得ない。
「しばらく経てば効果が実感出来るはずですわ。それまで気長に待ちましょう」
「そ、そうだね。エリアーヌ、重ね重ねありがとう」
ナイジェルが感謝の言葉を口にして、頭を深く下げた。
◆ ◆
それから一週間程度が経った。
「エリアーヌ!」
私がフェンリルのラルフちゃんと中庭で遊んでいると、ナイジェルが血相を変えて飛び込んできた。
「あら、ナイジェル。どうしましたの? まさかまた騎士団の方々が……」
「いや、そうじゃない。今度は良い報せだ」
ここまで走ってきたからだろうか。
ナイジェルは息を切らしながら、こう続けた。
「今日、騎士団長のアドルフからの報告を聞いた。最近、この国周辺の魔物の動きはどうなっているかってね」
「それでどうでしたか?」
問いかけると、ナイジェルは興奮したような口調で。
「魔物がリンチギハムに寄りつかなくなったって! 今まで街の門番にかなりの人を割く必要があったけど、それも少し見直してもいいかもしれないと言っていた。そして、リンチギハムに魔物が寄りつかなくなった以上、少し落ち着いて長期的な魔物討伐計画を立てられるとも」
「アドルフさんの思い込みなんじゃないですか? 魔物が寄りつかなくなったって」
答えは分かっているけど、あえて私はそう質問してみる。
しかしナイジェルは首を横に振って。
「いや、まだ一週間だけだが明らかに数字的にも下降したと言っている。明らかに異常な下がり方だ。騎士団としても、この数値の偏りは無視出来ないと言っていたが……エリアーヌ、君の結界のおかげだよね」
「ええ。言ったでしょう。今後リンチギハムに魔物が寄りつかなくなるって」
実際私くらいの慣れた人が使う結界魔法は、見た目上はなんら変わりないように見える。そのせいで「結界使いは必要ない」という声もよく上がったりする。
本当に結界を張っているのか。結界のせいではなく、たまたま魔物が寄りつかなくなっているだけではないか……って。
そう考えた代表格が王国のクロード王子であった。
だから結界魔法の効果を実感するのは、もう少し先の話だと思っていたが……。
「本当にありがとう!」
ナイジェルが私の両手を握った。
え、えーっ!
ナイジェル! 顔が近いです!
「君のおかげで僕を含め、リンチギハムの民は安心して眠れるよ。本当にありがとう。どう感謝を伝えればいいのか……」
「じゅ、十分ですから! だから顔を離してください!」
そう声を上げても、ナイジェルは私の両手を離そうとしなかった。
困りましたわね……。
こうやって美形に言い寄られるのは悪い気分になりませんけど、今までこういった経験が少なすぎてどうすればいいか分からない。
王国では聖女として、基本的に城に引きこもっていたからね。
その後、ナイジェルから私への感謝の言葉は長時間続いた。
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