215・ラルフちゃんはエリアーヌが好き
「ドグラス、話とはなんでしょうか?」
解散してから。
ドグラスに呼び出され、私は王城内を歩きながら、彼の話に耳を傾けていました。
「ファフニールのことだ」
「ファフニール……ファーヴですね」
「そうだ」
ドグラスは彼のことを、頑としてファーヴだと呼んだりしません。
ドグラスにとっては、ファーヴはあくまで黄金竜ファフニール──といったところでしょうか。
「ヤツは──」
ドグラスが話しだそうとした瞬間。
いつの間にか、私達は中庭に辿り着いていました。
そして彼の話を遮るように、そこにいた女の子が「あ!」と声を上げ、嬉しそうに駆け寄ってきます。
「エリアーヌのお姉ちゃん!」
「セシリーちゃん」
彼女──セシリーちゃんの可愛い声に、意識をそちらに引っ張られてしまいます。
セシリーちゃんはナイジェルの妹でもあり、この国の第一王女。
まだ幼い年頃で、いたいけな笑顔がなんとも愛くるしい。
だけど見た目と反して、意外としっかりした考えを持っていて、そういうところはさすがは王女様と驚くばかりです。
「セシリーちゃん……それにアビーさんとラルフちゃんも、ここにいたんですね。なにをされていたんですか?」
私はセシリーちゃんの少し後方にいる、ラルフとアビーさんにも視線を移します。
アビーさんはこのお城のメイド。リンチギハムに来た頃から、彼女にはたくさんお世話になっています。
そしてラルフちゃん。ラルフちゃんはお城の可愛いペット──もとい、神獣のフェンリル。鰹節が大好きな子なのです。
「ラルフと私達で遊んでいました」
「そうなのー」
アビーさんの言葉に、セシリーちゃんが楽しそうな声で続きます。
「昨晩、大変なことがあったのに、元気ですね。良いことです」
「大変って、ドラゴンが現れたこと? でも、エリアーヌのお姉ちゃんとにぃには『大丈夫』って言ってたの。だったら、なにも心配いらないの」
「私も二人を信頼していますから。それに……今まで色々なことがありましたからね。ドラゴンが現れても、それくらいではあまり驚かなくなったといいますか……」
セシリーちゃんとアビーさんが交互に言います。
ドラゴン──ファーヴが現れた件については、昨晩のうちに一通りみんなに説明を終えています。
とはいっても、あまり混乱が広がらないように、情報は最小限のものでしたが。
ファーヴの正体についても、まだ話せていません。
だけど、一日空けた今では城や街は普段通りの生活に戻っています。
今までのことを通して、私達以外も肝が据わってきたと言うべきでしょうか?
それが良いのか悪いのか、判断しかねますが。
「そんなことより──聞いて聞いて、お姉ちゃん! セシリー、とうとうラルフの声がいつでも聞けるようになったの!」
「とうとうですか! おめでとうございます!」
フェンリルであるラルフちゃんの声は本来、この城内では聖女である私とドラゴンのドグラスしか聞くことが出来ません。
しかしセシリーちゃんは《白の蛇》事件以降、光の聖女としての力に覚醒しました。
とはいえ、彼女の聖女としての力は不安定。
ゆえに、なかなかラルフちゃんの声が聞けたり聞けなかったりしたそうなんですが……ようやく、特訓の成果が現れたのでしょう。
「では、ラルフちゃんとお喋りしてみてくれますか?」
「うん! ラルフ、セシリーとエリアーヌのお姉ちゃん、どっちが好き?」
『甲乙つけ難いな。強いて言うなら、エリアーヌの方が好きだ。セシリーはまだ、ラルフを撫でる時の手つきが痛い。もう少しなんとかしてほしいものだ』
あらあら、そう言われると嬉しいですね。
セシリーちゃんはにぱーっと笑顔になって。
「セシリーの方が好き! って言ってるの。セシリーがラルフをナデナデしてあげる時が、至福の時間だって」
『違う』
ラルフちゃんが渋い顔をします。
あらら。
どうやら、セシリーちゃんの特訓はまだまだ続きそうです。
「ガハハ。ちなみに我はどうだ?」
『そなたは好きだとか嫌いだとかいう問題ではない。そなたはラルフにとって、宿命のライバルなのだ。黄金の木片という絆で繋がっている──な』
「うむ、よく分かっているではないか。我と汝の関係は、友情という言葉では生ぬるい」
ドグラスとラルフちゃんはお互いに視線を合わせて、ニヤリと笑います。
ドラゴンと神獣。
二人の間でなにか、感じ合うところがあるのでしょうか。
「お姉ちゃんも一緒に遊ぶ?」
「それは良い考えですね。ですが、私はしなければならないことがあるので……」
頷きたい衝動を抑え、私はセシリーちゃんの誘いを断ります。
「しなければならないこと? もしかして、なにか事件なの? セシリーの助け、必要?」
セシリーちゃんは目をクリクリさせて、首をかしげました。
私は少し考えます。
彼女の力の本質は、私と同じもの。シルヴィさんを黄金から戻すために、彼女の力が必要になるかもしれません。
しかし私に比べれば、まだまだセシリーちゃんの聖女としての力は弱い。
彼女を巻き込むわけにはいきませんね。
「大丈夫ですよ。私達で解決しますから。でも、そうおっしゃっていただいて、ありがとうございます」
「分かったなの! でもセシリーの力が必要になったら、いつでも言ってね。セシリー、いつでもお姉ちゃんの味方だから!」
にぱーっと、無垢な笑顔を向けるセシリーちゃん。
この先、セシリーちゃんの力を借りなくても済むように、私が頑張らねば──あらためて決意しました。
「では、セシリーちゃん達は、引き続き楽しんでくださいね。私も全てが終わったら、合流します」
「うん!」
「お気をつけて」
『エリアーヌも頑張れなのだ』
セシリーちゃん達に別れを告げて、私とドグラスは中庭から離れます。
そして先ほど、途中で中断してしまった話を聞こうとすると──不意にドグラスに、後ろから肩を叩かれました。
「ドグラス、話とは──むぎゅ」
しかし振り返ると、彼の人差し指が私の頬に当たる。
「……ドグラス。こんな時にも悪戯ですか」
「ガハハ! 先ほどから険しい顔になっていたからな。リラックスさせようとしたのだ。それよりも話の続きだが……」
ドグラスが一転して真剣な顔つきになり、先ほど言いそびれていたことを口にします。
「我はファフニールを信頼していない。だが、そうではなくても──今回のことは気になることが多すぎる」
「気になること?」
「そもそも、どうしてヤツはあんなド派手な現れ方をしたのだ?」
思案顔になって、ドグラスは続ける。
「わざわざドラゴンの姿になって、結界を壊そうとしなくてよかったではないか」
「真正面から行っても、街の中に入れてくれると思っていなかったからでは?」
「それも有る。だが、それにしても悪手すぎる。あんなことをしても結界は壊れないし、こちらの警戒心を高めるだけだ。今のところは、汝とナイジェルがお人好しすぎて問題になっていないがな」
「お人好しは余計です」
「我がエリアーヌの傍にいる以上、我からなにか聞いているはず──とファフニールは考えるだろう。だが、それにしてもあんな強硬手段に出る必要はなかったのでは? 普通に街の正門前に行って、エリアーヌとナイジェルを呼べばいいではないか。試す価値はある」
確かに、それは私も違和感を抱いていました。
「では、どうしてファーヴは昨日のような強硬手段に出たのでしょうか?」
「分からぬ。だが、我は思うのだ。ヤツは結界の力を、ちゃんと把握していなかった。昨日のことは結界の強度を確かめたかったから……だと」
それだと筋が通ります。
シルヴィさんを救うために、私の力を確かめる必要はあるんでしょう。
でも、そこまで執拗にして私の力を確かめるようとするのは、どうしてでしょうか?
ファーヴにはまだまだ謎が多い。
「汝らがファフニールに協力すると言った以上、我も反対するつもりはないが──気を付けろ。そう言いたかっただけだ」
「ご忠告、ありがとうございます」
ドグラスの声からはファーヴのことが嫌いだということよりも、私を心配する類のものが強いように感じました。
「我の話はそれだけだ。我もしばらく一人になりたい。出発する準備が済んだら、呼びにきてくれ」
「ま、待ってください、ドグラス。まだもう少し──」
話がしたい、と続けようとしましたが、ドグラスは意に介さず走り去ってしまいました。
むー。
自分の言いたいことを言ったら、満足するドラゴンですね。
今に始まったことではありませんが。





