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212・ファーヴはドグラスと仲が悪い

---------------------------


 ──夢を見ている。


 何度も頭の中で繰り返された、ヤツとのやり取り。

 きっと俺は罪悪感に押しつぶされそうになっているんだろう。


 ヤツは俺を見下しながら、こう言った。



「──最後の鍵は“真の聖女”だ。二百年間も待ちくたびれた。聖女をこの手におさめる」



「待て」


 俺は────を止める。


「一つ、確かめていないことがある。聖女が街や村々に張った結界だ」

「大した問題ではない。聖女もそうすんなりと儂に付いてくるはずがない。戦いが起こる。その時、結界の効力を確かめることが出来る」

「当てが外れたら、どうする? 無駄足だ。人間達の警戒心を高めるだけになる。だから俺が行く」


 俺が言うと、ヤツは眼光を鋭くする。


「なにを考えておる?」

「なんのことだ?」

「まあいい。貴様の言うことにも一理ある。なんにせよ、未来は変わらない」


 殺気が俺に向けられる。


「一日だけ、時間を与えよう。聖女を必ず連れてこい」

「任せてくれ」

「警告しておくが、妙な気を起こすな。貴様が失敗すれば、ただちにあの黄金は破壊する」

「……分かっている」


 悔しさと惨めさで心が張り裂けそうになる。

 だが、彼女を救えるなら、俺の心臓なんていくらでもくれてやる。


 俺が頷くと、ヤツは満足そうに口角を吊り上げた。


---------------------------




 朝。


「ん……」


 ようやく彼──ファーヴが目を覚ましてくれました。

 窓から差し込む朝陽が眩しいのか、彼は右腕で目を隠します。


「お目覚めですか?」


 私は優しく声をかけます。


「ここは……」

「覚えていないのですか? 昨日、あなたはここリンチギハム王都に来ました。そして私達と協力することを決め、ひとまず王城に泊まることになったんですよ」

「……そうだったな」


 ようやく記憶が鮮明になってきたのか、ファーヴがそう声を漏らします。


 昨晩は怒涛の一夜でしたからねえ。

 私も、昨日ファーヴが語ったことを思い出すと、頭が混乱してしまいます。


 私は自分自身でも頭の中を整理するために、昨晩の記憶を辿る。


 ファーヴの恋人は二百年前の聖女でした。

 彼女は長命竜アルターに目をつけられ、黄金にさせられてしまいます。そしてファーヴも、時の牢獄に閉じ込められる結果になりました。

 そして時の牢獄から解放されたかと思ったら、アルターは既にいなくなっており、黄金になったシルヴィさんだけが残されていました。

 そこでファーヴは彼女を救うため、私に協力を要請したのですね。

 ファーヴはすぐにでも竜島に向かい、シルヴィさんを救い出そうとしました。


 しかし彼も疲れているでしょうし、急ぐのは禁物。

 そこで私達は一旦ファーヴを王城に連れ帰り、体力を回復させるためにも、この一室で夜を過ごしてもらうことにした──というわけです。


 最初は渋っていたファーヴも、ベッドで横になるとすぐに寝息を立てた──とナイジェルとドグラスは言っていました。


「すまない。君の力を借りるだけでは飽き足らず、寝床まで用意してもらった。いくら感謝しても感謝しきれない」

「そう言って、汝は自分の罪悪感を誤魔化すつもりか?」


 ずいっ。

 私の後ろから一緒に付いてきていたドグラスが顔を出し、ファーヴに厳しい視線を向けます。


「……お前も来ていたのか」

「当然だ。エリアーヌと汝を二人きりにさせたら、なにが起こるか分からないだろう?」

「俺が彼女に手を出すわけがなかろう」

「どうだか」


 ドグラスが怪しむような視線を、ファーヴに向けます。


「まあまあ、ドグラス」


 私はそう言って、ドグラスを宥める。


「色々とありましたが、私達はファーヴに協力することになったんですよ? 少しは仲良くしましょう」

「こいつとか?」

「ええ。元々、あなたはファーヴの親友だったのでしょう? 積もる話もあるでしょうし、仲良く出来るはずです」

「ない。エリアーヌが言っているから、渋々協力はしているものの、我はこいつのことをまだ信頼していない。ヤツに協力するわけではない。我はエリアーヌに手を貸すのだ。それを忘れるな」


 とドグラスはきっぱりと言い放ち、ファーヴから視線を外します。


「まあ今更、そいつ──確か今は、ドグラスという名前を授かっているんだったか? ドグラスに許してもらおうと思っていない」

「汝が我の名前を気安く呼ぶな。ファフニールよ」


 とドグラスがファーヴに睨みを利かせます。


 しかしファーヴはそれを無視して、立ち上がろうとします。


「俺はシルヴィを救いたいだけだ。すぐに竜島に向かい、シルヴィを──」


 そして一歩を踏み出そうとした時。

 ファーヴの体がぐらりと倒れそうになり、慌てて私が彼を支えます。


「無茶しないでください。疲労が蓄積しているようです。私の治癒魔法でも、積もっていた疲労は完全に回復しませんから」

「し、しかし……」

「シルヴィさんに会う前に、あなたが倒れては意味がありません。あなたは少し、自分の体を労わるべきです」


 自分の体調に気が付かないくらい、ファーヴは時の牢獄から解放されてから、奔走し続けていたはず。

 それほど、シルヴィさんのことを大切に思っているのでしょう。


「エリアーヌ、そいつに触れるな」


 少しむすっとした表情を浮かべ、ドグラスが横から手を出します。

 乱暴な手つきで私の代わりにファーヴの腕を取って、それを自分の肩に回します。


「軟弱になったな」

「昨日、俺に負けた男の台詞とは思えんな。もう一度、戦ってみせようか?」


 ドグラスとファーヴの間で火花が散ります。


「二人とも、仲良くしてください。そうだ──まずは腹ごしらえです。まだファーヴも疲れが取れていないでしょうから」


 そう言って、私は人差し指を口元に当てて、ウィンクをします。


「朝ごはんの時間です」

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