22・まるで女神様だと言われました
「私達、どこに向かっているんですか?」
私はナイジェルについていきながら問いかけると、彼は悲愴な顔つきでこう答えた。
「兵舎だ」
「兵舎……騎士団の方とかがいるところですよね?」
「そうだね」
「どうしてそんなところに?」
「実は怪我人が多く出てしまってね。治癒士もかなり動員しているけど、到底追いつかない。そこでエリアーヌの力を借りることが出来れば……と思って」
ああ、なるほど。
しかしナイジェルの表情を見ていると、相当切羽詰まっている様子らしい。
まだ色々と質問したいけど、ここは兵舎に急ぐ方が先決のようですわね……。
「ここだ」
兵舎の前につき、私達は早速中に入る。
すると……中はまるで戦場のように、怒号が飛び回っていた。
「ポーションはまだ届かないのか!」
「ダメです! 街中のポーションを掻き集めていますが、足りません!」
「くっ……! 治癒士は! 治癒士を連れてこい!」
「ギルドにも依頼していますが、なにぶん、急なことで追いついていません!」
兵舎内では騎士らしき人達が、慌ただしく動き回っている。
そのせいで誰も私達の存在に気付いていないようだった。
「アドルフ」
そんな中。
ナイジェルは指示を飛ばしている一人の男に話しかけた。
「ナ、ナイジェルか」
「状況はあまり良くないようだね」
「ああ……ポーションも治癒士も足りねえ。このままでは死人を出しちまうかもしれん」
アドルフ……ああ、私が最初にナイジェルに出会った時に見たダンディーな騎士団長か。
相変わらず大人の渋みが感じられる。
「アドルフさんも怪我をされているようですが?」
アドルフを見ると、彼も脇腹のところが血で染まっていた。
「あ、あんたはあの時の聖女様じゃないか!」
「聖女ではありません!」
『聖女』と呼ばれ、一瞬ドキッとしてしまったが、確か彼は私のことを本当に聖女と思っているわけではなく、勢いでそう呼んでしまっただけだ。
とはいえさすがに声を大きくしてしまった。
「あ、ああ……オレもヤキが回ったのか、こんな怪我をしちまった」
「喋らなくて結構ですわ。立っているだけでも辛いでしょうから」
色々と話したいところだが、まずは……。
「すぐにその怪我を治しますね」
私はアドルフさんの脇腹に手をやり、治癒魔法を発動した。
「お、おお……痛みが引いていく……!」
するとあっという間にアドルフさんの怪我は元通りになったのである。
この程度の怪我、私にかかれば一瞬だ。
「や、やっぱりあんたは聖女様だ!」
「だからそう呼ぶのは止めてください……と押し問答をしている暇はなさそうですね」
こうしている間にも、兵舎では騎士の人達が痛みで苦しんでいる。
アドルフさんの怪我はまだマシな方だ。
中には今にも死にそうな怪我を負い、呼吸も荒い騎士の姿も見える。
治癒士らしき人が慌ただしく治癒魔法をかけ続けるが、とてもじゃないが追いついていない。
「話は後です。すぐに治しちゃいますね」
私は手をかざす。
「ワイドヒール」
私がそう唱えると、兵舎が優しげな光で包まれた。
この人数となると、結構魔力を注ぎ込む必要がありますね。まあこれくらいで魔力がなくなったりはしないけど。
光は傷ついた騎士達を包み、見る見るうちに怪我が癒されていった。
やがて……。
「おお……! 怪我が治っている!?」
「なんてことだ! もう死ぬかと思ったのに!」
「一体なにが起こっているんだ!?」
みんなが戸惑い、そして歓喜の声を上げた。
うん、これだけ元気に声を出せるならもう問題なさそうですね。
私は額に浮いた汗を腕で拭った。
「じょ、嬢ちゃん!? すごいすごいと思っていたが、まさかこれだけの人数を一瞬で治しちまうとは!」
アドルフも驚き、目を大きくしていた。
「これくらいなら問題ありません。みなさん、無事で良かったですわ」
私は「大丈夫ですよー」と意味を込めて、アドルフに微笑んだ。
私達を見て、他の騎士達も気付いたのか、
「あ、あのお嬢ちゃんがオレ達の怪我を治してくれたのか!?」
「あの微笑み、聖女……いや、まるで女神様だ!」
「お嬢ちゃん、ありがとう! このご恩は一生をかけて返す!」
一気に私に注目が集まった。
「い、いえいえ。大丈夫ですから。このくらいお安いご用ですし」
まいった……。
リンチギハムに来る途中もそうだったけど、あまり感謝されることに慣れていませんからね。
王国にいる頃は、こういうことがあったら一晩中治癒魔法を使っていた経験もある。
何人かの騎士さんには感謝してもらえたが、当のクロードが「ふんっ! 当たり前だ!」と言わんばかりの態度であった。
それを考えれば、今の扱いは雲泥の差だ。
「諸君! ここにいる者は、とある事情で他国から来られた優秀な治癒士だ!」
ナイジェルが一歩前に出て説明する。
『治癒士』と説明してくれているのは、まさか聖女と言うわけにはいかないからだろう。
他の騎士達はそこでやっと王子様がいることに気付いたのか、一様に姿勢を正す。
「運良くこの国に立ち寄ってくれたが、彼女によく感謝するように。そして最後に——勇敢に国のために戦ってくれてありがとう。ここは父上に代わって僕から礼を言う。今回の件に関しては、すぐに報酬も用意するので期待して欲しい」
その言葉に、他の騎士達は「うおおおお!」と声を上げる。
さっきの地獄のような光景が一瞬で様変わりだ。
それにしてもナイジェル、こういう場で勇ましくしている様子もなかなかカッコよかった……。
やっぱりイケメンはなにをしても、様になるのかしら。
そう思っていると、ナイジェルが私の方を一瞬だけ向いて、パチンとウィンクをする。
や、止めて-!
ドキドキしちゃうから!
「そ、それでアドルフさん。どうしてこんなことに?」
私はナイジェルから視線を逸らし、アドルフさんにそう質問した。
「ああ……話は長くなるが……」
アドルフさんはとつとつと語り始める。
なんでも最近、この一帯で魔物が増え始めているらしい。
前回、アドルフとナイジェルが遭遇したベヒモスもその一環だろう……ということだった。
「大変ですわね」
「なあに、定期的にこういうことは何度かあったんだがな。そうならないように俺達騎士団や冒険者がいるしな。しかしちょっと数が増えすぎた。このまま放っておいては、いつか街の中に魔物が入り込んでしまうかもしれない」
ある日、近くの森で大規模な魔物の群れがいることが確認された。
そしてアドルフさん率いる第一騎士団が討伐にあたることになった。
「だが……思いの外数が多くてな。なんとか魔物の群れは処理してここまで帰ってくることが出来たが、ご覧の有様というわけさ」
なるほど。
それでアドルフさんから一報を聞いたナイジェルが、治癒魔法を使える私に声をかけたということか。
「でも、まだそれで安心出来るわけではないですよね?」
私が言うと、アドルフさんは首を縦に動かす。
事態は一刻を争う。
一体や二体くらいならなんとかなるかもしれないが、百体以上の魔物が街に入り込んできたら?
街の中には戦う術を持たない、女性や子ども、お年寄りの姿もある。たちまち魔物に食い殺され、悲惨な状況になってしまうだろう。
ならば。
「取りあえず、魔物が街の中に侵入してこなければいいんですよね?」
「あ、ああ。そうすれば、ある程度は街の外でゆっくり魔物達を狩ることも出来るが……」
よし。
私はアドルフさんにこう告げた。
「それでしたら、私の魔法でなんとかなるかもしれません」
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