205・ドグラスの過去
時は少し遡り。
「──ヤツは黄金竜ファフニール。我の──いや、全ドラゴンの敵だ」
「やはり……ドラゴンでしたか」
私はそう言葉を返します。
最初は気付かなかった。
だけどドグラスがファーヴの口元を隠していた黒い布を剥ぎ取ったことによって、彼に内包されたいた魔力に私も気が付いたのです。
「でも、敵というのは……?」
「うむ」
私が質問すると、ドグラスは背を向けました。
「そのことを説明するためには、まずは我の昔について語るべきだろう」
そう言うドグラスの声は、遠い過去を思う寂寥感のようなものが滲んでいました。
「そういえば、私が出会う前のドグラスについて、ちゃんと聞いたことがなかったですね」
「そうだな。あれ以来、我はつまらぬ日々を送っていたからな。エリアーヌと出会う前──汝が生まれるよりもずっと前の話だ。あの頃、我はただのならずもののようなドラゴンだった──」
◆ ◆
エリアーヌに語りながら、我は昔のことを思い出していた──。
あれはおよそ、二百年前。
その頃の我は自分で言うのもなんだが、荒れていた。
自分の強さに絶対の自信を持っており、他のドラゴンや人を『弱き者』として見下していた。
棲家に何者かが来たら、すぐに戦いをふっかけていた。
昔の自分を思い出すと、恥ずかしくなる。
そんな中、ある者が棲家の森に現れた。
「おい、止まれ。俺様に黙って、なにを勝手に通ろうしている」
そいつは人の姿をしていた。
我はそいつの前に立ち塞がり、足を止めさせていた。
「黙って? 勝手に? どうしてお前の許可が必要になる」
「そういう風に決まっているのだ。それにしても──お前、ドラゴンだな。どうして人の姿をしている?」
そう。
我の前に姿を現したそいつは、人の姿をしているが、紛うことなきドラゴンであった。
我の問いかけに、当初ヤツはなにも答えなかった。
「……まあいい。そんなことより、どうしてもここを通りたいというなら、通行料を払え。無論、俺様には金なんていうものは必要ない。お前の血で払ってもらう」
せせら笑う我。
そんな我を、そいつは憐れむような目で見た。
「悲しいな。戦いでしか、自分の存在価値を見出せないか。お前はドラゴンとしての誇りを忘れたのか」
「ドラゴンとしての誇りは強さだ。それ以外にない」
「そう言っている時点で、お前はドラゴンとしての誇りを忘れている。今のお前はただのゴロツキだ。仕方がない──」
そう言って、ヤツは両手に剣を顕現させた。
「俺もここを通らなければならない理由があってな。無理やりにでも、押し通らせてもらうぞ」
「ガハハ! 話が分かるではないか。叩きのめしてやろう!」
我はそいつと戦いを始めた──。
しかしヤツは強かった。
人の姿をしているのに、そいつの強さは異次元だった。
誰よりも強い自信があったが、我はヤツに手も足も出なかった。
「……俺様の負けだ。殺せ」
「今のお前には殺す価値もない」
ヤツはつまらなそうに言って、我に背を向ける。
命は助かった。
……だというのに、我の中に生まれたのは怒りだ。
「貴様……っ! 俺様を愚弄するか! 負けたというのに情けをかけられ、生き長らえるのはドラゴンとして恥だ! 殺せ!」
「殺さぬ。お前の返り血で服が汚れるのも嫌だしな」
構わず、ヤツは歩き去る。
遠ざかっていくヤツの姿。
ボロボロになった我では、追いかけることも出来なかった。
「待て! 名前があるなら教えろ! 俺様を殺さないというのなら、地の果てでも追いかけて、貴様を殺してやる!」
今思うと、負けたくせに情けない台詞だな。これでは惨めすぎて、言葉も失う。
答えが返ってくるとは思わなかった。
しかしヤツは振り返り、名前をこう告げた。
「ファフニールだ」