21・フェンリルに朝ご飯をあげました
私達が中庭につくと、ラルフちゃんが芝生の上で気持ちよさそうに寝そべっていた。
ここだったら、良い感じにお日様の光が当たりそうですもんね……。
『そろそろ朝食の時間か……ん?』
ラルフちゃんは私達を見るなり、立ち上がって、
『汝は昨日ラルフを治してくれた女ではないか』
と続けた。
……もちろん、ラルフちゃんの声は私にしか聞こえないんだけどね。
「はい、しばらくここにいることになりました」
『おお、それは良かった。ラルフも話し相手がいないと暇なものでな。汝がいてくれると、こちらとしても助かる』
ラルフちゃんは嬉しそうに尻尾を振る。
こうして見ると、ちょっと大きい犬にしか見えませんわね……。
それにラルフちゃんは自分のことを『ラルフ』と言っている。そういったところも可愛さを超えて、愛おしさを感じた。
「ナイジェル様から聞いていましたが、本当にエリアーヌ様はラルフと喋れるんですか?」
その様子を見て、アビーさんが驚いているようだった。
「ええ」
「じゃ、じゃあ! ラルフは私のことをなんと言っていますか!? 気になります!」
アビーさんが私に詰め寄る。
国王陛下の時もそうであったが、やはり飼い主というものはペットの気持ちを知りたがるものなのだろうか。
私がラルフちゃんに視線をやると、
『餌をくれる良い人間だ。アビーのことはそろそろ認めてやってもよいぞ』
と何故だか上から目線だった。
「アビーさんから聞いてますよ。どうしてラルフはアビーさん……というか他人を近付けさせないんですか?」
『むう、許せ。フェンリルとしての本能なのだ。もう少し慣れれば、アビーなら我が毛並みを触らせてやっていい』
やっぱり上から目線だった。
このままじゃ、この子はワガママなフェンリルになってしまう!
よーし。
ちょっと意地悪してあげよう。
「え、えーっと……ラルフちゃんはこう言ってます。『アビー、好き好き』って」
『なっ……!』
「そ、それは本当ですか!?」
ラルフがなにか口を挟もうとしたが、アビーさんが勢いよく前のめりになったせいで、そうは出来ない。
「ええ。ラルフちゃんは照れ屋さんなのです。小さな男の子は、時に好きな女の子に素っ気ない態度を取るものでしょう? それと同じです」
「ふふん♪ ラルフはそんなことを考えていたんですか」
アビーさんは機嫌良さそうに言った。
『そこまでは言ってないつもりだが』
ラルフちゃんは腑に落ちない顔をしていたが、これがきっかけで二人ももっと仲良くなってくれると嬉しい。
「さて……私のことが好きなラルフ。ご飯の時間ですよ」
『お、おお、そうだったな。お腹がペコペコだ』
アビーさんがバケツから大きい肉の塊を取り出す。
そして少し離れたところに肉の塊を置くと、ラルフちゃんは尻尾を振りながらそれに近付いた。
『ふむふむ……やはりボアの肉は旨い。癖になる』
ボアというのは魔物のことだ。
ちなみにあんま強くない。
「そういうところは魔物っぽいんですわね……」
美味しそうに魔物の肉を頬張るラルフちゃんを見て、私は呟いた。
どうやらフェンリルは魔物の肉が主食らしかった。
魔物の肉……と聞くと希少なものに思えるけど、実際はそこまでのものじゃない。
日夜冒険者や騎士が魔物を狩っているからだ。
ゆえにそこまで高ランクの魔物でなければ、肉の塊くらいなら手に入れるのは容易かったりする。
「アビーさん! 私もラルフちゃんにご飯をやってみたいです!」
「もちろんです。えーっと、じゃあエリアーヌ様はこれをお願い出来ますか?」
そう言って、アビーさんが私に手渡したのは木片のようなものであった。
「木……?」
いや……そんなわけはない。
私がその木片を嗅いでみると、鰹節のような匂いがした。
はい?
鰹節?
「もしかしてこれ、鰹節ですか?」
「匂いを嗅いだだけで、よく分かりましたね。ご名答です。ラルフ、鰹節が大好物なんですよ」
私がアビーさんと話していると、ラルフちゃんも気が付いたのか、尻尾を振ってこちらに近付いてきた。
鰹節って……犬みたいなのか猫みたいなのか、よく分からないフェンリルだった。
『女よ、さっさとそれを寄越すがいい』
「あら、私の名前はエリアーヌと言うんですよ? 女、女って言わないでください」
『女は女で十分だ。早く黄金の木片を渡すがいい』
どうやら鰹節のことを『黄金の木片』と呼んでいるらしい。
鰹節が好きなくせに、あんまりよく分かっていないようだ。
「そんなことを言うフェンリルは……こうです!」
ぽーい。
鰹節を遠くへ投げた。
ざざっ!
するとラルフちゃんは地面を蹴って、目にも止まらぬ速さで投げられた鰹節へと向かっていった。
そして鰹節をくわえ、私達のところまで戻ってくる。
『はあっ、はあっ。なにをするのだ』
「ちゃんと帰ってくるのは偉いですね。ご褒美にえらいえらいをしてあげます」
私はラルフちゃんの頭を優しく撫でてあげた。
『くすぐったいのである』
「我慢なさい」
ラルフちゃんはそうは言っているものの、その場でしゃがみ鰹節を美味しそうに齧りだした。
ラルフちゃんなら一呑み出来そうな大きさなんだけど……どうやらゆっくりと味わいたいらしかった。
私はそんなラルフちゃんを眺めながら、その隙に思う存分もふもふする。
「ラルフがそんなに懐くなんて……! ナイジェル様と国王陛下以外には、滅多なことでは触らせないのに……エリアーヌ様は本当に清らかな心の持ち主なんですね」
後ろではアビーさんが愕然としている様子であった。
彼女の仕事を取ってしまうような形になって、なんだか申し訳ない。でもこのもふもふには抗えない! もっともふもふさせてもらいますわよ。
私達がそうやって穏やかな時間を過ごしていると、
「エリアーヌ、ここにいたのか」
と中庭にナイジェルが姿を現した。
「ええ。ラルフちゃんに餌をやっていたのですわ」
「そうだったのか……」
ん?
どうやらナイジェルの様子がおかしい。
ひどく慌てているような?
「どうかしました? 私を捜していたようですが……」
「……本当に君には隠し事が出来ないね」
ナイジェルは真剣な顔つきになって。
「客人にこんなことを言うのは、申し訳ないことだと思う。しかしエリアーヌ、どうか僕に力を貸してくれないか?」
「え、え? どうしたんですか。もちろん私でよろしければお手伝いしますわよ」
「助かるよ……! ありがとう」
そう言って、ナイジェルは私の手を取る。
「あまり悠長なことをしている時間はない。悪いけど、移動中に説明させてもらう」
「分かりました」
もう少しもふもふしておきたかったけど……緊急事態なら仕方がない。
「じゃあラルフちゃん、バイバイ」
『また来るとよいぞ、エリアーヌ』
別れ際。
そう手を振ると、ラルフちゃんが応えるように「バイバイ」と尻尾を振ってくれた。
なんだかんだで『エリアーヌ』と呼んでくれるんだ……嬉しい。
後ろ髪を引かれる気持ちながらも、私はナイジェルと急いで中庭を後にした。
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