193・再び訪れる災厄。そして目の前のこと──
「ファ、ファーヴ……?」
私とナイジェルが暗殺者に襲われた際、助けてくれた男性。
ファーヴは近くの柱の上に立ち、私達を見下ろしていた。
「聖女といえども、この程度か? それでは俺の{目的}が果たされないではないか」
彼は表情を一切変えず、淡々とそう口にする。
「目的……? それは一体──」
「エリアーヌ! 今は呪いのことだ!」
今度はナイジェルの方に顔を向けると、彼は呪いのベヒモスと戦いながら、私に気を遣っていた。
どうしてここにファーヴが現れたのかは分かりません。
しかしナイジェルの言う通り、まずは呪いのベヒモスを一掃しなければ、落ち着いて話をすることが出来ません。
「……ふんっ。お前らに任せておけば十分だと思ったが、それでは心配だな。仕方ない。俺も戦ってやる」
ファーヴはそう言って、柱から飛び降りて呪いのベヒモスに斬りかかっていった。
その強さはまさに圧倒的。
彼がいるだけで、場を渦巻く絶望感が消え去っていくように感じました。
「…………」
「ドグラス、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
ファーヴを見て、怪訝そうなドグラス。
しかし今はそのことを考えている余裕はないと思ったのか──再び呪いのベヒモスに立ち向かっていった。
「ありがとうございました。また私達を助けてくれたのですね」
呪いのベヒモスの発生もおさまって。
私はあらためてファーヴにお礼を伝えた。
「助けてくれた? 面白いことを言うな」
彼は背を向けたまま、今にもどこかに行ってしまいそう。
「……そろそろ教えてくれないかな。君は一体何者なんだい?」
ナイジェルが問いかける。
だけどファーヴはなにも語らない。
私達に言うべき言葉はない──彼の気持ちが背中から伝わってきました。
「気に食わんな」
ドグラスが一瞬でファーヴと距離を詰める。
「このローヴ。魔法が施されているな? しかもどこかで見たことのある魔力だ。その顔をさっさと──見せろ!」
「ド、ドグラス!?」
私が止めるよりも早く、ドグラスは後ろから彼のフードを外した。
──サーーーーーーッ。
一陣の夜風が私の前を通過した。
ファーヴは興味なさげに、ドグラス──そして私達の方を振り返る。
あの時──そして呪いのベヒモスと戦っている最中は、フードを被っていたので目元くらいしか見えませんでした。
けれどフードを外して露わとなった、彼の整った顔立ち。
氷のように冷たい無表情。
背筋がぞっとするくらいの美しい顔に、私は何故だか鳥肌が立ちました。
そしてなにより──。
「ド──」
「どうして貴様がここにいる!」
怒声。
その声を上げたのは──ドグラス。
彼はわなわなと震え、ファーヴを見据える。
その拳は固く握られ、いつファーヴに襲いかかってもおかしくないくらい──私はそう感じました。
「どうしてここにいる……か。まあお前には分からないだろうな」
普通の人なら卒倒してしまうくらいの、ドグラスの威圧感。
しかしファーヴはその迫力に押されることなく、あくまで無表情のままでした。
怒りで顔を歪ませるドグラスと、瞳に虚空を宿すファーヴ。
そんな対照的な二人を、夜空の満月が照らした。
「ちっ……!」
ドグラスが舌打ちをして、ファーヴの胸ぐらを掴み上げる。
止めようと思うけれど、切羽詰まった空気に私もナイジェルも一歩も動けないでいた。
「なにを企んでいる!」
「…………」
「またあの災厄を起こすのか? 貴様は再び罪を犯し、我らを灼くつもりか?」
災厄? 罪? 灼く?
ドグラスから発せられる言葉が一つも分からず、私の中の混乱はさらに強く渦巻く。
「……今はそんな長話をしている場合か?」
ファーヴが城の屋上あたりを指差して、こう続ける。
「こんなことをしている間にも、姫と王子は危機に陥っている。お前らの目的はなんだ?」
「姫と王子──」
私とナイジェル、そしてドグラスも反射的にファーヴが指差す方に視線を移します。
そこで目にした光景に、私達は一気に意識を引っ張られることになりました。