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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
二章

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198/323

189・リンチギハムの神童

 ベルカイムの騎士団長カーティス。

 彼は王城の渡り廊下で、一人の男と戦っていた。



「があああああ!」

「くっ……!」



 相手の勢いに押され、たじろぐカーティス。


 対峙する男は黒の正装を身に纏っている。今日の結婚式に参列した人間の一人だ。

 その両手には大剣を携えていた。しかしそれは城内にあった飾りの剣であり、切れ味などあってないようなもの。


 男の体格は細身だった。おそらく、今までまともに剣を振るったこともないのだろう。


 だが、その双眸はどす黒い赤に染まっていて、肌も薄紫に変色している。


 呪いがかけられて、身体能力を無理矢理に向上させられているのだ。ゆえに力だけなら、カーティス以上である。


 とはいえ、それだけで歴戦の猛者であるカーティスが苦戦するわけがなかったが……。


「くそっ! せめて普通に戦うことさえ出来れば……」


 そうして思考を巡らせている間にも、呪いがかかった男の猛攻は止まらない。


 いくらこんな状態になっているとはいえ、元は参列者の一人。

 不用意に傷つけることは許されなかった。


 そのため、剣の腕では隣に並び立つ者はいない傑物──そう称されるカーティスとて、防戦に回らざるを得ないのだ。


「ああっ!」


 相手の攻撃を防ぐと、力任せに剣を弾かれてしまった。

 剣は遠くの地面まで転がり、カランカランと乾いた音を立てた。


「があああああ!」

「──っ!」


 次に来る痛みを覚悟して、カーティスが咄嗟に目を瞑ってしまっていると──。



「助太刀するよ」



 キンッ!

 剣と剣がぶつかりあう音。


 恐る恐る目を開けると──そこではリンチギハムの王子、ナイジェルが自らが持つ剣で相手の攻撃を防いでいた。


「ナイジェル殿下! 来てくださったんですね!」

「もちろんだよ。そんなことより──」

「はいっ!」


 ナイジェルが相手の動きを止めている間に、カーティスは即座に落とした剣の元へ駆け寄る。

 そしてそれを拾い上げ、ナイジェルの隣に並び立った。


「……状況は?」

「あまり良いとは言えません。悠長なことを言っている場合でもないと思いますが……相手に怪我を負わせるわけにはいきませんので」


 カーティスがそう答えると、ナイジェルは呪いがかかった男に視線をやった。


「なるほど……参列者の一人ってことか。ならば傷一つ付けることなく、戦わないといけないね」

「はい。傷つけることなく、相手の意識を奪う──もしくは戦闘不能状態にする。可能でしょうか?」

「可能かどうかはこの際問題じゃない──必ずやるんだ!」


 とナイジェルは地面を蹴る。


「があああああ!」


 迫り来る大剣。

 しかしナイジェルはそれを華麗に避けて、その大剣の横腹に剣を叩きつけた。


「……この剣じゃあ、相手に力負けしちゃうか。あの剣さえ壊してしまえば、取り押さえられると思ったんだけどな」


 ナイジェルはそう言いながら、男と距離を取る。

 目論みが失敗したというのに、その表情には焦りの色はなかった。それどころか、余裕すら浮かんでいる。


(な、なんていう人だ!)


 先ほどのナイジェルの動きを見て、カーティスは舌を巻く。


 彼の体から光が漏れている。これが噂に聞いていた『女神の加護を付与された』状態だろうか?


 だが、それを踏まえても、ナイジェルの動きは洗練されていた。


 いくら身体能力が向上しているとはいえ、長らく剣を扱っている者でなければあの動きは無理だ。



 ──リンチギハムには神童の王子がいる。



 そんな噂をカーティスは以前から聞き及んでいた。

 それが第一王子ナイジェルだということも知っていたが──こうしてまともに戦いを見るのは初めてである。

 いかにナイジェルが優れた王子であり、同時に剣士でもあるのか──今の一瞬で理解した。


「カーティス、一緒に攻めよう。狙うのは、あの大きな剣だ。あれさえなんとかしてしまえば、あとはどうにでもなる」

「しょ、承知いたしました!」


 ナイジェルの戦いに感服しながらも、賞賛の言葉を贈っている暇はない。

 カーティスもナイジェルに負けじと、男の大剣を破壊しようとする。

 しかし決定的な一打を与えることが出来ず、戦況は膠着していた。


「くっ……!」


 そしてとうとう力負けをしてしまう。

 大振りで放たれた男の一撃を受け止め、ナイジェルが手から剣を離してしまったのだ。


 男は追撃をくらわせようとするが、


「ナイジェル殿下! これを!」


 カーティスは咄嗟に自分が持っている剣を、ナイジェルに向かって投げる。


 剣は放物線を描いて、ナイジェルの頭上まで届く。彼は瞬時に跳躍し、剣を手に取り、回転しながら相手の一撃を弾いた。


「んがっ!」


 すると──とうとう男の手から大剣が零れ落ちる。


 彼はナイジェルから逃げるように距離を取るが、その背後にはカーティスが待ち構えていた。


「カーティス騎士団長!」

「お任せください!」


 すぐにカーティスは男に掴みかかり、強引に相手を押し倒した。


「くっ……!」


 だが、男もそうみすみすと暴れるのをやめてくれない。

 力が強化された男を取り押さえるのは、さすがのカーティスとて難儀した。


(このままでは──押し返されてしまう!?)


 彼がそう焦りを感じていると、



「ふんっ。こんなものに手こずっているようでは、汝はまだまだだな」



 横からにゅっと手が伸びてきて──暴れている男の額を、人差し指一本で押さえていた。

 それだけだというのに、男は逃れることが出来ない。


 ゆっくりと顔を上げると、そこには赤髪の男──ドグラスがカーティスの顔を見て、ニヤリと口角を吊り上げたのだ。

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