189・リンチギハムの神童
ベルカイムの騎士団長カーティス。
彼は王城の渡り廊下で、一人の男と戦っていた。
「があああああ!」
「くっ……!」
相手の勢いに押され、たじろぐカーティス。
対峙する男は黒の正装を身に纏っている。今日の結婚式に参列した人間の一人だ。
その両手には大剣を携えていた。しかしそれは城内にあった飾りの剣であり、切れ味などあってないようなもの。
男の体格は細身だった。おそらく、今までまともに剣を振るったこともないのだろう。
だが、その双眸はどす黒い赤に染まっていて、肌も薄紫に変色している。
呪いがかけられて、身体能力を無理矢理に向上させられているのだ。ゆえに力だけなら、カーティス以上である。
とはいえ、それだけで歴戦の猛者であるカーティスが苦戦するわけがなかったが……。
「くそっ! せめて普通に戦うことさえ出来れば……」
そうして思考を巡らせている間にも、呪いがかかった男の猛攻は止まらない。
いくらこんな状態になっているとはいえ、元は参列者の一人。
不用意に傷つけることは許されなかった。
そのため、剣の腕では隣に並び立つ者はいない傑物──そう称されるカーティスとて、防戦に回らざるを得ないのだ。
「ああっ!」
相手の攻撃を防ぐと、力任せに剣を弾かれてしまった。
剣は遠くの地面まで転がり、カランカランと乾いた音を立てた。
「があああああ!」
「──っ!」
次に来る痛みを覚悟して、カーティスが咄嗟に目を瞑ってしまっていると──。
「助太刀するよ」
キンッ!
剣と剣がぶつかりあう音。
恐る恐る目を開けると──そこではリンチギハムの王子、ナイジェルが自らが持つ剣で相手の攻撃を防いでいた。
「ナイジェル殿下! 来てくださったんですね!」
「もちろんだよ。そんなことより──」
「はいっ!」
ナイジェルが相手の動きを止めている間に、カーティスは即座に落とした剣の元へ駆け寄る。
そしてそれを拾い上げ、ナイジェルの隣に並び立った。
「……状況は?」
「あまり良いとは言えません。悠長なことを言っている場合でもないと思いますが……相手に怪我を負わせるわけにはいきませんので」
カーティスがそう答えると、ナイジェルは呪いがかかった男に視線をやった。
「なるほど……参列者の一人ってことか。ならば傷一つ付けることなく、戦わないといけないね」
「はい。傷つけることなく、相手の意識を奪う──もしくは戦闘不能状態にする。可能でしょうか?」
「可能かどうかはこの際問題じゃない──必ずやるんだ!」
とナイジェルは地面を蹴る。
「があああああ!」
迫り来る大剣。
しかしナイジェルはそれを華麗に避けて、その大剣の横腹に剣を叩きつけた。
「……この剣じゃあ、相手に力負けしちゃうか。あの剣さえ壊してしまえば、取り押さえられると思ったんだけどな」
ナイジェルはそう言いながら、男と距離を取る。
目論みが失敗したというのに、その表情には焦りの色はなかった。それどころか、余裕すら浮かんでいる。
(な、なんていう人だ!)
先ほどのナイジェルの動きを見て、カーティスは舌を巻く。
彼の体から光が漏れている。これが噂に聞いていた『女神の加護を付与された』状態だろうか?
だが、それを踏まえても、ナイジェルの動きは洗練されていた。
いくら身体能力が向上しているとはいえ、長らく剣を扱っている者でなければあの動きは無理だ。
──リンチギハムには神童の王子がいる。
そんな噂をカーティスは以前から聞き及んでいた。
それが第一王子ナイジェルだということも知っていたが──こうしてまともに戦いを見るのは初めてである。
いかにナイジェルが優れた王子であり、同時に剣士でもあるのか──今の一瞬で理解した。
「カーティス、一緒に攻めよう。狙うのは、あの大きな剣だ。あれさえなんとかしてしまえば、あとはどうにでもなる」
「しょ、承知いたしました!」
ナイジェルの戦いに感服しながらも、賞賛の言葉を贈っている暇はない。
カーティスもナイジェルに負けじと、男の大剣を破壊しようとする。
しかし決定的な一打を与えることが出来ず、戦況は膠着していた。
「くっ……!」
そしてとうとう力負けをしてしまう。
大振りで放たれた男の一撃を受け止め、ナイジェルが手から剣を離してしまったのだ。
男は追撃をくらわせようとするが、
「ナイジェル殿下! これを!」
カーティスは咄嗟に自分が持っている剣を、ナイジェルに向かって投げる。
剣は放物線を描いて、ナイジェルの頭上まで届く。彼は瞬時に跳躍し、剣を手に取り、回転しながら相手の一撃を弾いた。
「んがっ!」
すると──とうとう男の手から大剣が零れ落ちる。
彼はナイジェルから逃げるように距離を取るが、その背後にはカーティスが待ち構えていた。
「カーティス騎士団長!」
「お任せください!」
すぐにカーティスは男に掴みかかり、強引に相手を押し倒した。
「くっ……!」
だが、男もそうみすみすと暴れるのをやめてくれない。
力が強化された男を取り押さえるのは、さすがのカーティスとて難儀した。
(このままでは──押し返されてしまう!?)
彼がそう焦りを感じていると、
「ふんっ。こんなものに手こずっているようでは、汝はまだまだだな」
横からにゅっと手が伸びてきて──暴れている男の額を、人差し指一本で押さえていた。
それだけだというのに、男は逃れることが出来ない。
ゆっくりと顔を上げると、そこには赤髪の男──ドグラスがカーティスの顔を見て、ニヤリと口角を吊り上げたのだ。





