188・わたしたちのウェディングケーキ
コミカライズ5巻が好評発売中です!
「ふう……これでケーキの方はなんとかなりそうですね」
私は額に浮いた汗を腕で拭い、完成したケーキを眺めます。
サイズは妥協したものになったけれど、デコレーションによって見劣りしないウェディングケーキが完成しました。
全てがキラキラと輝きを放つ宝石のようで、食べるのがもったいないと感じるほど。
「ありがとうございます! 聖女様のおかげで、クロード殿下とレティシア様にも恥をかかせなくて済みそうです」
「なにをおっしゃいますか。あなた達、プロのコックさんの力があってのことです」
私はみんなで、お互いの労をねぎらいます。
「ん、ここは……」
そうこうしていると、コック長も目を開け、ゆっくりと上半身を起こしました。
「厨房……? そうだ、俺はウェディングケーキを作っていたんだ。それで急に意識が遠くなって……」
「事情を説明している時間はない。汝の意識がなくなる直前のことを、詳しく聞かせてもらえるか?」
ドグラスがすかさず、彼に問いかける。
コック長は未だ、理解が追いついていない様子でしたが、ゆっくりと口を動かし始めました。
「わ、分からないんだ。急に目の前が真っ暗になったかと思ったら……こうなってって……」
「暗殺者の連中と同じということか。どんな些細なことでも構わない。なにか気になったことは?」
「そ、そういえば……意識がなくなる前、なにか音が聞こえた」
「音?」
「キレイな音だった。ぶつ切りだったが、心奪われるような──そんな音だ。どこかで聞いたことがあるような気も……うっ」
記憶が混濁しているのか、コック長は頭を押さえる。
「これ以上は危険なようですね。あまり無茶はなさらないでください」
治癒魔法をかけてあげると、コック長は頭痛が治まっていったのか、やがて穏やかな表情になりました。
「時間が経てば、記憶の整理も付いてもっとなにか思い出すかもしれないがな」
「ですが、あまりのんびりしている場合でもありません。今はナイジェルのところへ急ぎましょう」
「うむ、そうだな。ヤツのことだから、やられてはいないと思うが……万が一のことがある。我らが行けば盤石だ」
私とドグラスは再びそう表情を引き締めます。
「では、あとのことはお願いします。ウェディングケーキを急いで、クロード達のところへ持っていってください」
「はい! ありがとうございました!」
私達が急いでその場を走り去ろうとした時。
ふと振り返ると、コックの方達が一様に頭を下げている光景が目に映りました。
◆ ◆
ウェディングケーキは本来の予定されていた時間より大分遅れて、ようやく会場に登場した。
『みなさん、お待たせしました。クロード殿下とレティシア様による──ケーキ入刀です!』
会場のボルテージがより一層上がる。
しかし会場に現れたウェディングケーキを見て、どよめきが起こった。
予定されていたものより、少し小ぶりなウェディングケーキだったからだ。
「ん……」
クロードも一瞬不審そうな表情を作る。しかしすぐに気を持ち直して、平静を装った。
(……やっぱ、なにかあったわね)
レティシアは内心、そう考える。
少し前から、会場の不穏な空気は察知していた。
フォーマルな服装には着替えているものの、騎士達の何人かが入ってきて、慌てた様子で出ていく。
そして極め付けはエリアーヌ達の存在だ。
彼女達はスピーチを終わらせたかと思ったら、いつの間にか会場から姿を消していた。
(エリアーヌにしか解決出来ない事態が起こっている……? 禁術のことは聞いていたけど、気になるわね)
レティシアは今すぐにでも会場を後にして、エリアーヌ達に加勢したい思いに駆られた。
しかし。
「レティシア! どうだい? 立派なケーキだろ? この日のために、食材の一つ一つをボクが選んだ。君に喜んでもらえると思って……」
とクロードが嬉しそうに声を弾ませて、レティシアの顔を見る。
クロードも予定していたケーキと違っており、動揺しているだろう。
しかし立派にそれを隠している。
ここで会場のみんなに動揺を悟られては、なにかトラブルがあったことを伝えるようなものだからだ。
ゆえにクロードはぐっと堪え、このようなことを口にしているのだろう。
(こいつも成長したわね)
ふっとレティシアは小さく笑う。
「ええ、とってもキレイだわ。まるで宝石みたい。わたしのために、一生懸命考えてくれてありがとね」
レティシアがそう言うと、クロードはパッと表情を明るくした。
(こんな幸せそうなクロードを見て……抜け出すだなんて言えないわね)
それに式に始まる前から決めていた。
レティシアとクロードは結婚式を成功させるために、全力を尽くす。なにかあればエリアーヌが対処するのだと。
じゃっかん、エリアーヌ達に申し訳なさを感じたが──今は自分のやるべきことに集中しよう。
あらめてレティシアはそう決意する。
『クロード殿下、レティシア様。こちらがケーキ入刀のナイフとなっています』
司会の人はクロード達にナイフを手渡す。
本来はもっと大きなケーキナイフを用意していたのだろう。しかし苦肉の策で、小さなナイフにしたのだろうか。
「レティシア」
「あ、うん」
考え込むレティシアに、クロードが優しく声をかける。
(いけない、いけない。今は余計なことを考えないようにしなきゃ)
レティシアがクロードとナイフを持ち──とはいえ、一人でも十分持てる大きさではあるが──ケーキの一つに入刀する。
所謂、初めての共同作業である。
そして──これは偶然だったのだが、彼らが入刀したケーキはエリアーヌが作ったものであった。
ケーキ入刀もそこそこ盛り上がり、この様子だとトラブルがあったことは気付かれなかったようだ。
レティシアはそのことにほっと安堵の息を吐く。
ちなみに……口にしたケーキの味は天にも昇る美味しさで、頭が幸せで満たされたのは言うまでもない。
本日、松もくば先生による当作品のコミカライズの五巻が発売となりました。
そちらもぜひぜひ、よろしくお願いいたします。





