182・結婚式の始まり
そして──時が過ぎるのは早いもので、結婚式当日となりました。
結婚式は滞りなく開催され、会場である王城には多くの人達が集まっています。
「わあ! 本当にキレイです……!」
ホールの美しさに見惚れて、私はそう目を輝かせる。
こうして眺めているだけでも、見知った顔も多い。
クロード達の結婚式をお祝いするため、世界中から要人達がここを訪れているのです。
「こうしていると、君との結婚式を思い出すよ」
「本当にそうです。何度でもやりたくなってしまいます」
とナイジェルに返事をする。
しかし。
「……心配だな。これだけ人が多ければ、警備も大変だろう。本当に大丈夫なのか?」
ドグラスは周囲に警戒を配らせていた。
「ここまで来てしまったら、もう後戻りは出来ません。私達に出来ることは、なにも起こらないように祈ること──そしてなにか起こった場合に、即座に解決することです」
そう言うと、ドグラスとナイジェルは神妙な面持ちで頷いた。
──何日か前。
結婚式を後数日に控えている中、私とナイジェル──そしてドグラスは王城を訪れていました。
「そうか……禁術の発動。エリアーヌ達がそんなことを聞いているとは……」
クロードが深刻そうな表情で口にする。
現在、ここは王城の会議室。
昨日、暗殺者に襲撃されたこと──そしてファーヴから聞いたことを話し合うため、私達はここに集結していた。
集まっているのは私達以外に、クロードとレティシア。
そして当日の警備を担当する騎士団の長──カーティスです。
「そいつの言っていることが全部本当だとは限らないけど……気になるわね」
真剣な声音でそう話すのはレティシア。
「ええ。嘘だと決めつけるのもよくないでしょう。魔王が封印されていた場所に火事場泥棒が侵入した事実は本当なのですから」
「レティシア様も、禁術には心当たりがないのですか?」
とカーティスが質問すると、レティシアは首を横に振った。
「残念ながら……ね。禁じられた呪いについては知っていたけど、大昔すぎて記録もろくに残っていないわ。具体的な呪いの効果については、分からない」
「なにか見当は付かないのか? この場において、呪術師は汝しかおらぬ。汝の見解を聞きたい」
今度はドグラスがそう問いを投げかけた。
それに対し、レティシアは顎に手を置いて。
「そうね……たとえば、魔王が封印されていた時。あの場所に立ち寄っただけで、クラクラしたでしょ? 濃度の濃い呪いはそういう効果もあるわ。それが国全体に行き渡ったら──って」
「呪いを付与された普通の人間は、体が強化されるんだろう? それで攻撃を仕掛けてくるんじゃないか?」
とクロードからの意見。
ちなみに──あの暗殺者は翌日になって、全員が気を取り戻した。しかし酷く疲弊していて、まだまともには話せないみたい。
だけど全員が口を揃えて、
『わ、我らはナイジェル殿下を暗殺するように指令を受けた。しかし気付いたら、気を失って──目が覚めた時には、こんな場所にいたということだ。なにが起こっているか分からない』
と言っていました。
こんなに簡単にペラペラ喋るということは、依頼主についても不信感を持っていることでしょう。
そして依頼主については、直接顔を見たことがないため──結局、首謀者についても分からずじまい。
「昨日の暗殺者もかなり強かったからね。あんなのがうじゃうじゃいると思いたくないし……呪いが付与された効果なんだろう」
ナイジェルもそう推測した。
禁術で誰かを強化し、それで国をメチャクチャにしてしまう……あり得そうな話です。
昨日、ファーヴがあの暗殺者のことを『失敗作』と称したことにも辻褄が合います。
しかしレティシアは渋い顔をして。
「呪いはそんなに便利なものじゃないわ。体は強化されるけど──半面、まともな思考を働かせられなくなってしまう。いくら強力な駒でも、それを自由に使えないとなったら持て余すだけでしょ? 正直、そんなもので国一つを乗っ取れるなんて、考えにくいわ」
「はい、私もレティシアの意見に賛成です。そういう力は身体能力を向上させる、強化魔法と同じなのですから」
「呪いっていうのは、意外に応用が効かないものなのよ。本来──呪いというのは邪悪な力。決して便利なものじゃないわ」
とレティシアは一瞬、悲しそうな表情を作った。
それをいち早く察知して、口を挟んだのは──クロードでした。
「呪いが邪悪なんじゃない! 力というのは使い方によって、形を変える! だからレティシアがそんな表情をする必要なんてないんだよ」
「……ありがとね。でも、呪いの力はわたしにとって罪の象徴。こうなる前までは、わたしだって酷いことを散々やってきたんだから。その罪から逃げるつもりはないわ」
クロードが励ましても、レティシアの表情はどこか浮かないものでした。
「今は汝の罪には興味がない。禁術の特定が出来ない以上、結婚式を中止にするのも手だと思うが?」
「ド、ドグラス」
「なんだ? 我は現実的な話をしているだけだ。禁術が発動してしまえば、最悪の場合、この国は{終わる}。平和ボケした祭りをやっている場合か?」
厳しい口調でドグラスは言った。
平和ボケ──確かに彼から見たら、結婚式なんて不要不急のものかもしれません。
しかし結婚式というのは、女の子にとってどれだけの意味を持つのか。
それについて、強く理解している私だからこそ、ドグラスの意見には反対したかった。
「結婚式を中止──しかし、それは……」
迷う素振りを見せるクロード。
「このような事態になって、汝はまだお祭りをやりたいと言うのか?」
「ドグラス。クロード殿下だって辛いんだよ。それに……今更、結婚式中止は現実的じゃない」
そう優しげな口調で、クロードに寄り添うのはナイジェル。
「クロード殿下の結婚式は大々的に執り行われる。他国からの要人も多く招いている。そんな状況で、結婚式を中止にすると言ったら? ……ベルカイムは自国の憂慮も解決出来ないほど、力が弱っていると判断されかねないんだ」
「難しい話ですね……ベルカイムが弱っていると見なされれば、強気の外交を仕掛けてくる国もあるでしょうから」
これがベルカイム王国だけで済む話なら、結婚式を中止──もしくは延期にしていたかもしれません。
だけどそういった事情もあるものだから、クロードだって簡単に決断出来ずにいるのです。
それはリンチギハムの最高の王子と謳われるナイジェルだからこそ、彼の苦悩を深く理解出来るのでしょう。
「それに……ファーヴの言っていることが真実だとも限りません」
「そうです。そんな素性も知れぬ怪しげな男の言うことを聞いて、結婚式を取り止めにすることは反対です。それこそが男の目的だったのかもしれませんから」
カーティスも結婚式中止には反対の意見。
「レティシアはどう思いますか?」
「わたしは──」
レティシアはなにか言いたそうに口をパクパクさせましたが、すぐに閉口します。
彼女の立場からして、「結婚式をどうしてもやりたい」とは言えないのでしょう。
呪いという点では、レティシアにも深く関係しています。
だからといって結婚式中止を口にしないのは、それほど彼女が当日を楽しみにしているから。
私はそう感じました。
「……ふんっ。ナイジェル達が言うことにも一理あるな。それに我としたことが、少々弱気だったかもしれん」
ドグラスは腕を組んで、不詳な態度でこう言葉を発する。
「なにがあっても、我らが跳ね除けてしまえばいい。今はそういう気概こそが、大事だったかもしれないな」
「その通りです」
心配ごとは多くある。
本当はなんの懸念もなく、二人には結婚式を執り行って欲しかった。
だけど現状にあまり悲観しすぎるのもいけません。
私のすることは、二人の結婚式が無事に済むように、どんな些細なことにも目を配らせておく。
あらためてそう決意しました。
「お任せください。殿下とレティシア様──そしてエリアーヌ様は私がお守りいたします」
「カーティス、頼りにしていますよ」
私がそう微笑みかけると、カーティスは「は、はっ!」と頬を桃色に染めて返事をした。
どうしてそんな顔をするのでしょう?
「悪いな……エリアーヌとナイジェル、ドグラスには今回も苦労をかけてしまいそうだ。この恩は必ず返す」
「ガハハ! こんなものが苦労だと? 戯け。我にとっては、良い退屈凌ぎになる!」
場違いなほどに、豪快な笑い声を上げるドグラス。
だけどそれが今の暗いムードを払拭してくれているようで、私は安心感を覚えました。





