19・ナイジェルの気持ち
【SIDE ナイジェル】
僕が人を愛せなくなったのはいつ頃だろう。
僕——ナイジェルは、先ほどエリアーヌと言葉を交わしてから、ずっとそのことを考えていた。
第一王子という身分もあるので、今まで僕には色々な女性が婚約を求めてきた。
しかしダメだった。どんな女性を見ても、どうしても好きになれないのだ。
それでも、なんとか『好き』になろうと努力をして、我慢して女性と話したことも何度かある。
でも……やっぱりダメ。
女性が楽しそうにしている顔を見ても、何故だか僕の心は空虚なもので、満たされることはなかった。
もちろん僕は王子という立場だ。
ただ『好き』というだけで、結婚なんて出来るはずもないんだけど……それでも、どうしても「この人と結婚するんだ!」というイメージが湧かなかった。
そんな時、僕はエリアーヌに出会った。
彼女を最初見た時、体中に電撃が走ったかのような衝撃を覚えた。
——なんて美しい人なんだ。
それからの僕はどうもおかしい。
彼女を見ると、普段の自分を見失ってしまう。
彼女と話すだけで、胸が躍る自分がいることが分かった。
エリアーヌと出会って、まだ短い時間しか経っていないけど、僕はいつしかこう思うようになった。
彼女ともっと一緒にいたい……と。
「全く、どういうことなんだ? 僕らしくない」
先ほど、ルーフバルコニーで彼女と話した時を思い出す。
僕の予想通り、彼女は隣国の聖女であった。
変だと最初に思ったのは、規格外な治癒魔法を目の当たりにしてから。
そして……疑問がさらに確信に近付いたのは、彼女がフェンリルのラルフと心を通わせていた時だ。
フェンリルという種族は、相手のことを認めないと触らせてくれさえしない。
しかもラルフはそんなフェンリルの中でもさらに特殊で、なかなか僕と父上以外には懐かなかった。
そのせいで使用人達が餌をやるのも苦労するほどだ。
しかし……エリアーヌはどうだろう
たとえ治癒目的であっても、ラルフは簡単に自分の体を触らせない。
僕や父上が傍にいて、やっと……といったところだ。
だが、彼女は一人でラルフに歩み寄っていった。
正直「な、なんて危ないことを!」と内心慌てていた。
しかし予想に反して、エリアーヌはラルフの体を容易に撫でた。
さらにそれだけではない。
ラルフに跨って、庭を散歩し出したのだ!
これには僕、そして父上も驚いた。驚きすぎて一瞬言葉を失ってしまったほどだ。
彼女が優秀な治癒士だったから?
彼女が聖女だったから?
いや違う。それだけの理由であそこまでフェンリルは人に懐かない。
フェンリルはこう言われる。
『フェンリルは高潔な魂を持つため、相手が清らかな心の持ち主でなければ、決して心を開こうとしない』
きっと一発でラルフと打ち解けた彼女は、この上なく澄み切った心の持ち主なんだろう。
素直にそう思った。
——それから彼女のことをさらに細かく調べた。
もちろん、たとえ命の恩人だろうと素性を調べるのは国としての役目だ。なにかがあってからでは遅いからである。
しかし僕はいつしか公私混同してしまっていたのかもしれない。
彼女のことをもっと知りたい。
そういう個人的な思いに僕は突き動かされていた。
彼女について調べれば調べるほど、謎が深まった。
なんせ素性が一切出てこなかったからだ。
規格外の治癒魔法。
フェンリルと一発で打ち解ける心の持ち主。
そういった人物に、一つだけ心当たりがあった。
「君がその『聖女』なんじゃないか?」
僕は確信に近い考えをもって、エリアーヌにそう問いかけた。
彼女は当初誤魔化そうとしていたが……嘘を吐いているのがバレバレだ。追及すると、すぐに彼女は『聖女』であることを告白してくれた。
エリアーヌが「この国に迷惑がかかるかもしれないから、出て行く」と言った時、彼女は泣きそうな顔をしていた。
それを見て、僕はますますエリアーヌのことが愛おしく思えた。
守りたい。
この人とずっと傍にいたいと。
最初父上が「エリアーヌの住むところを用意する」と聞いてから、何故だか胸が苦しくなった。
リンチギハム内にはいるだろうが、彼女と離ればなれになる?
僕は王子だ。
彼女が王宮から一旦出て行ってしまえば、エリアーヌと簡単に出会うことは出来なくなるだろう。
そんなのは嫌だ!
「よかったらしばらくここに住まないか?」
気付いたら僕はそう口にしていた。
『分かりました』
とエリアーヌは幸いにも僕の提案に頷いてくれた。
よかった……。
表情には出してないと思うが、あの時の僕はどれだけ安堵しただろうか。
「彼女ともっと話していたい」
エリアーヌと別れ、自室のベッドに横になって先ほどのことを振り返っていると。
そう口から声が出ていた。
「はは、本当に僕はどうしたんだろうね。こんな気持ちは初めてだ」
僕は人を愛せない。
だから『好き』という感情が今まで分からなかった。
もしかして……これが『好き』ということなのだろうか?
自分の気持ちがよく分からないせいで、その夜はよく眠れなかった。
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