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180・暗殺者襲来?

 学校を出て、私たちは再び馬車に乗り込み、宿泊予定の宿屋に向かっていました。


「良い人だったね」

「ええ」


 馬車の中で、私はナイジェルとそう言葉を交わす。


「子どもにたじたじな様子のジークハルトさんは、なんだか新鮮でした。お金のために働いている……と言っていましたが、実際は子どもが好きなのかもしれません」

「そうかもね。子どもと話している時の彼の表情は、とても幸せそうだったから」


 とナイジェルも私の意見に同意する。


 馬車の外はすっかり夜。街灯も灯り、店じまいを始める人々の姿もちらほら見えました。


「幸せ──といえば、クロードとレティシアもです。二人とも、結婚式がもう少しということもあるんでしょうが、とても幸せそうでした」


 クロードは言わずもがな。

 レティシアも照れ屋さんの性格ですから、あまり表には出しませんでしたが──私の目には、クロードとの結婚式を待ち侘びているように見えました。


「そうだね。だから余計に結婚式が滞りなく、終われるようにしなくっちゃ。気になることもあるけど……」


 ナイジェルは真剣な声音で言う。


 彼が言っているのは、もちろん火事場泥棒の件。ジークハルトさんは呪いに関連するのものでは──と推測を口にしていましたが、確証はなさそうでした。

 現状では手がかりが少なすぎて、打つ手がありません。だけどなにが起こっても対処出来るように、気を引き締めておこうとあらためて思います。


「……ふう」


 私は一息吐いて、ナイジェルの肩に頭を乗せる。


「どうしたんだい?」

「いえ……今日は楽しかったですが、ちょっと疲れてしまいました。クロードとレティシアだけではなく、カーティスやジークハルトさんといった懐かしい方々にもお会いしましたから」


 それはきっと、一日が終わろうとして気が抜けたから。

 こうしてナイジェルの肩に頭を預けておくだけで、十分楽な気持ちになりました。


「仕方ないね。ベルカイムに着くまでも日数がかかったのに、ろくに休まずに街中を回ったから」

「ええ。とても眠くなってきました」

「だったら……」


 と──ナイジェルは私の頭を優しく撫でる。


「寝ときなよ。宿屋に着いたら起こしてあげるから」

「いいんですか? ナイジェルも疲れていると思いますが……」

「平気だよ。少し前に、ゲルト……マリアと模擬戦を繰り返してだろう? あれもあって、体力も付いたから」


 私に気を遣わせないためでしょう、ナイジェルが平然と言い放つ。


「では、お言葉に甘えて……少しだけ」


 目を瞑る。


 ただでさえ眠気が酷かったのに、こうしている間にもナイジェルが頭を撫で続けてくれるから、その心地よさで急速に眠りに落ちようとしている。


 それに──慣れ親しんだベルカイムとはいえ、ここは異国の地。

 本来なら、知らず知らずの間に肩に力が入って、落ち着けないはずですが──隣にナイジェルがいると思えば、自然と安心感が湧いてきました。


 そのまま私は夢の世界に……。


「……ん」


 最初に小さく声を漏らしたのはナイジェルでした。


 そこで私も気付く。


「……ナイジェル」

「うん。()()()()()()()


 囁くような声量でナイジェルが言う。

 私はなるべく自然な動作で、彼の肩から頭を離す。眠気など、すぐに吹き飛んでしまいました。


 私たちは視線を前に向けたまま、現状の把握に努める。


 ……気付けば、馬車は人通りがない道を走っていた。

 とはいえ、宿屋に向かう道からは外れていなさそうなので、馬車の操縦者が()()の仲間ということなさそうですが……。


「迂闊だったね。気が緩んでたのかな」

「……お相手の位置と人数は分かりますか?」

「位置は、はっきりとは分からない。だけど建物の上から視線を感じる。人数は……五、六人といったところかな。ここまで気配を消すのは、なかなか大したものだよ」


 ナイジェルはリンチギハムの第一王子でありながら、戦闘の技術も高い。

 そんな彼が言っていることなのです。それだけで、お相手は一筋縄ではいかないということを証明しているかのようでした。


「目的は……ナイジェルでしょうか? だとしたら何故?」

「エリアーヌということも考えられるよ。ほんのり殺意が感じられる。話し合いというわけでもなさそうだ。ここで──僕たちを殺してしまうつもりなのかな」


 私たちに気付かれないように追跡し、殺意を向けている。ただの物盗りに、ここまで気配を消せるとも思えません。

 ゆえに──追跡者は、なにかしらの悪意を持って私たちに攻撃しようとしている。


 しかし異国の地に赴いた時に、警戒しなければいけないことの一つは暗殺。

 ナイジェルはリンチギハムの王子で、私は聖女。

 どちらか片方でも殺せば、大きく政治バランスを崩すことも出来るでしょう。こういったことが起こり得るのは想定出来ます。


 だから私もナイジェルも取り乱したりせず、冷静さを保ったままでいれます。


「……そろそろ来そうだね。まあ、あちらから仕掛けてくれるなら願ったり叶ったりで──」


 とナイジェルが言葉を続けようとした時でした。


 馬車が急停車する。


「や、矢が!?」


 馬車の操縦者の男性が驚きの声を上げる。

 私たちはそれを聞いて、すぐに外へと飛び出す。すると続けて私たちに向かって、矢が放たれた。


「無駄です」


 一直線に矢が向かってきますが──私はその場から一歩も動きません。

 矢は私たちが当たる直前で、なにかにぶつかったかのように地面に落ちていった。


「ありがとう、エリアーヌ。相変わらず君の結界は素晴らしい」

「これくらい、お茶の子さいさいなんですから」


 ──そう。

 追跡者に気付いたと同時、私は馬車と自分たちの周りに結界を張りました。

 いくら相手が実力者とはいえ、聖女である私の結界を突破する力まではなかったよう。

 この結界があるからこそ、私たちはろくに警護を付けなくても、街中を歩くことが出来るわけです。


「来ます!」

「うん!」


 ナイジェルが私を守るように一歩前に出て、剣を構える。


 それが合図となったのでしょう。

 周囲の建物の屋上から、何人かの人影が一斉に飛び降りた。


「……六人か。大体予想通りだったね」


 六人の謎の男に囲まれながらも、ナイジェルは冷静さを崩さない。


「どういうことかな? 君たちはなにが目的だい?」

「…………」


 ナイジェルが問いかけるが、彼らから答えは返ってきません。


「だんまり……か。まあ馬鹿正直に答えてくれるとも思っていなかったけどね。だけど降りかかった火の粉は振り払──っ!」


 彼が言葉を続けようとした時でした。

 謎の男たちは短刀を取り出し、一斉に私たちに襲いかかってきます。


「エリアーヌ!」

「はいっ! 馬車の操縦者の方は逃げてくださいっ!」


 ナイジェルの肩に手を置き、女神の加護を付与する。こうすることによって、彼は一時的に強くなるのです。


 戦闘が開始されると、馬車の操縦者は「ひいいいっ!」と悲鳴を上げて、その場から逃げ去る。

 体の周りに結界も張ったので、危険なことは起こらないと思いますが……。



 と少しそちらに気を取られるけれど、こうしている間にも戦闘は続いている。

「はあっ!」


 ナイジェルが剣で相手を斬り裂く。

 しかしわざと致命傷は避けているようでした。相手の目的もはっきりしないし、あとで情報を聞き出さなければいけません。殺すのは得策ではないでしょう。


 謎の男たちもナイジェルに攻撃を放つ。

 彼らの目は焦点が合っておらず、どこか不気味さを漂わせていました。


 しかし結界に阻まれて、思うように戦いを展開出来ていないよう。

 ナイジェルの攻撃によって、次々と倒れていく彼ら。

 あっという間に六人の男たちが地面に転がったのでした。


「大丈夫かい、エリアーヌ」

「ええ。ナイジェルが守ってくださいましたから。そちらこそ、大丈夫ですか?」

「うん。君のおかげだよ」


 とナイジェルは力こぶを作り、私に無事を伝える。


「一体、なにが目的だったんでしょうか」

「分かりません。それよりも……気になることがあります」

「気になること?」


 ナイジェルが首をかしげる。


「ええ──先ほどは戦いに気を取られて、気付くのが遅れましたが……この方達、呪いが付与されています」


 しかもかなり巧妙に隠されている。

 私やレティシアでなければ、まず気付くことが出来ないでしょう。


「呪い……か。そう言われれば、戦いの最中も違和感があった。まるで自分の意志で動いていない、操り人形と戦っているような違和感をね。それのせいで、正気を失っていたんだろうか?」


 強い呪いを身に宿した人間は、時に正気を失い、他者への攻撃性が高くなることがあります。

 しかし一方、身体が大幅に強化されます。それゆえに呪いによってまともじゃなくなった人間を相手にすることは、普通にやるより難儀します。

 しかも解呪するのは、一流の解呪師か聖女である私の力を必要とされます。ますます厄介な代物。


「とにかく……呪いを解きましょう。そうすれば、なにか喋ってくれるかもしれませんから。すぐに……」


 と地面に転がっている謎の男たちに、視線を向けようとすると──。



「そんな悠長なことをしている場合ではないぞ」

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