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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
二章

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179・呪術士がやられてたこと

「肝を冷やしました……」

「でも上手く撒けて、よかったじゃないか」


 アポロン音楽団が演奏していた場所から離れて──私たちはようやく一息吐くことが出来ていた。

 少しだけれど、走ったので疲れました。こういう時のために、帰ったら、アビーさんと一緒に運動をしましょう。そう心の中で誓いました。


「これからどこに行こうか? 宿屋に戻る?」

「いえ……その前に行きたいところがあるんです」

「行きたいところ?」

「ええ。少し離れた場所なので……馬車に乗りましょう」


 実はもうあまり歩きたくないだけなのですが……そんなことを言って、ナイジェルに幻滅されたくもないので、そう提案します。

 彼もそれに同意してくれて、私たちは近くを走っていた馬車を止めて、中に乗り込んだ。


 そしてしばらくして……。


「着きました。ここです」


 馬車から降りると、とある建物の前。


 薔薇の花束は馬車の中に置いておく。

 キレイな花ですが、持ち歩くには不便ですからね。


「ここは……学校?」

「はい。ここに知り合いがいるんです。ナイジェルにはちゃんと紹介したことなかったですし、丁度いい機会だと思いまして」

「どんな人なんだい?」

「とても素敵な方です。それに──先日の魔王騒ぎの際にも、彼には力を貸してもらいました。行きましょう」


 そう言って、私たちは学校の敷地内に足を踏み入れる。

 校庭では子どもたちが楽しそうに走り回っていました。それを見ると、自然と頬が緩んでしまいます。


「すみませーん! 誰か大人の人はいませんかー」


 建物の前まで辿り着き、そう声を上げると、



「誰かと思ったら、随分懐かしい顔だねえ。なんか用か?」



 少ししてから、一人の男性が建物の中から出てきました。


「ジークハルトさん、お久しぶりです」


 と私は彼──ジークハルトさんに挨拶をする。


「久しぶり。もしや、その隣にいる男は……」

「ナイジェル・リンチギハムです。初めまして」

「……やはりそうでしたか。隣国リンチギハムの第一王子。あなたにお会いすることが出来て、私も光栄です」


 ジークハルトさんがナイジェルと握手を交わす。


「ナイジェル殿下はどのような身分が相手でも、礼儀正しい方と聞いていました。この様子だと、それは間違いなかったみたいですね」

「恐縮です」

「ですが……私は一介の歴史学者。あなたほどの人が、私にそう謙らなくても十分ですよ」

「それは僕の台詞です。あなたの人となりについては、エリアーヌから聞いています。随分喋りにくそうに感じます。いつもの喋り方で問題ありませんよ」

「それは──」

「なら──僕も普段通りの言葉遣いでいくよ。これでどうかな?」

「……ナイジェル殿下の心遣い、感謝します。では──俺もいつも通りにいかせてもらう。この喋り方は肩が凝って仕方がねえ」


 ジークハルトさんはそう言って、頭を掻く。


「えーっと、ジークハルト氏は魔王騒ぎの際に、始まりの聖女の手がかりともなる情報を教えてくれたんだよね?」

「ええ」


 ナイジェルの問いに、私は首を縦に振る。


 ベルカイムには始まりの聖女の力が眠っている。

 そう目星を付けた私たちでしたが、その力はどこを探しても見当すら掴めずにいました。

 そんな時、元歴史学者であったジークハルトさんにお話しを伺い、私たちはとうとう始まりの聖女の力に一歩近付いたのです。


「あなたがいる場所は、前々からレティシアに聞いていましたが──どうして学校の教師になろうと?」

「んー? そんなん決まってる。金が必要だからだ」


 とジークハルトさんは人差し指と親指で、硬貨の丸い形を形取った。


「嘘──ですね。クロードの家庭教師も続けているんでしょう? そちらの給金で十分、生活費は賄えるはずです」

「……全く。相変わらず勘の鋭いお嬢ちゃんだな」


 ジークハルトさんが罰が悪そうな顔をして、こう続ける。


「まあ……実際、家庭教師の給金は十分な額だ。元々、質素な生活が好きでねえ。ただ生きていくためだけなら、わざわざ学校の教師を兼任する必要はない」

「なら……」

「だが、歴史学を本気で研究しようとしたら、金がいくらあっても足りねえ。だから金のためっていうのは、あながち嘘じゃないが──それとは別に、人になにかを育てるってのに楽しみを感じてねえ。だからこうして、教師として雇ってもらっている」

「……変わりましたね。ジークハルトさん」

「そうかあ? 今までがマイナスすぎたからな。ちょっといいことして、プラスに見えるだけだろ」


 ちょっと照れた様子のジークハルトさん。


「……で、お嬢ちゃんは挨拶をしに、こんな町外れの学校にまで来たっていうのか?」

「それもありますが──ジークハルトさんに聞いておきたいことがありまして」

「聞いておきたいこと?」

「はい。魔王が封印されていた場所に、火事場泥棒が入った話は聞きましたよね? それについて、なにか知っているかと思いまして……」


 クロードが言っていた『有名な歴史学者』というのは、間違いなくジークハルトさんのことでしょう。

 ジークハルトさんは魔王伝承について調べすぎて、一度学会を追放されてしまった身。

 私は別ですが──魔王について、この世界で一番詳しい人間は彼だと自信を持って言えます。


 私が質問すると、ジークハルトさんの表情が一転。

 真剣味を帯びた顔つきで、


「……ああ、聞いている。しかしクロード殿下にも言ったが、さすがに特定までは出来ねえ。だが──唯一、心当たりがあるとするならば『呪い』だ」


 と口を動かした。


「呪い……そういえば、あの場所は魔王の呪いで充満していたね。僕でもふらふらしてしまうような場所だった」


 ナイジェルもそう口にする。


「持ち去られたものは、呪いに関連するものだと?」

「まあこれは俺の推測だ。証拠なんてありもしねえ。そもそもそんな見つけやすいものだったら、レティシア王太子妃が気付いているだろうしな。だから俺の言っていることも、確証なんてありもしない」


 そう肩をすくめるジークハルトさん。


「そうですか……謎が深まるばかりです」

「お役に立てなくて、すまねえな。それにしても──レティシア王太子妃ねえ。まさか呪術師が、この国の王子と結婚することになるとは思っていなかった」

「どういう意味ですか?」


 私が問うと、ジークハルトさんはとつとつと語り始めた。


「いや、なに。元々、この国において呪術師の扱いがどんなものかって、世間知らずのお嬢ちゃんでも知ってるだろ?」

「むーっ。世間知らずは余計です」


 ジークハルトさんに軽口に、私は頬を膨らませた。


「呪術師──正直、人々はあまり良いイメージは持っていないでしょうね。それに……私はレティシア以外だと、お会いしたこともありません。どちらかというと、この国の()の部分というイメージです」

「そうだ。呪術師はこの国の影の部分。表部分には決して出てこない。言葉は悪いが──虐げられる側の人種なんだ」


 それは私も肌で感じていました。

 昔から、世の人々の呪術師のイメージは悪い。呪術師という疑いをかけられて、不当な扱いを受ける人々もたくさん見てきました。


 しかしこうしてあらためて、ジークハルトさんの口から出た言葉を聞いてしまうと、実感が湧いてきます。

 それはそう、今まで影の部分を見なかったようにしていたみたいで──。


「リンチギハムにもそういうところがある。だけどベルカイムは、呪術師に対する忌避意識がさらに高いように思えるね。それはどうしてかな?」

「ベルカイム王国で事件があったからだ。お嬢ちゃんはナイジェル殿下が生まれるよりも、ずっとずっと前にな──」


 とジークハルトさんはさらに話を続ける。


「大昔、とある呪術師の集団がこの国を乗っ取ろうとした。呪いを使って国を混乱させたらしい。少なくない数の人々が傷ついたし、たくさんの人が死んだ」

「そんなことが……」

「その騒動をなんとか治められたそうだが……もしかしたら、呪術師の集団が国を乗っ取っていたかもしれない。そうなったら、今のベルカイム王国も呪術師の国になっていたかもな。それほどの事件だ」

「一国を乗っ取れるほどの呪い──気になりますね。レティシアに聞いてみたら、分かるでしょうか?」

「知らないと思うぞ。その呪いは禁術とされ、闇に葬られてきたからな。二度とこのようなことが起きないようにするためだろうな」


 大昔にあった事件。禁術としてその記録は消され、二度とそのようなことは起こらないはず。


 ですが──何故でしょう。彼の話を聞いて、胸騒ぎが酷くなっていきました。


「そういう事件があったから、ベルカイムでは呪術師を忌避する傾向があると?」

「その通りだ。もっとも、その差別意識も大分薄れてきたけどな。しかし呪術師というだけで、まともな職業にありつけなかったり、家や金も貸してくれなかったりする。そういう事情があるから、レティシア王太子妃がクロード殿下と結婚するという報せを聞いた時は──驚いたものだ」


 レティシアも言っていました。

 クロードと結婚するにあたって、反対する者が多いと。

 私ですら、「聖女とはいえ平民がナイジェル殿下と結婚するとは、なにごとだ!」と反論の意を唱える人が多かったのです。

 呪術師であるレティシアには、どれほどの障害が立ち塞がっていたのでしょうか。

 彼女たちの笑顔の裏に、私の知らない苦労があったかと思うと胸が痛くなります。


「ありがとうございます、ジークハルトさん。貴重なお話を聞かせていただいて」

「俺みたいなおっさんが、少しでも役に立てるっていうならお安いご用だ。他に聞きたいことは──」

「せんせー!」


 ジークハルトさんが話を続けようとすると、校庭にいる子どもたちが彼に駆け寄ってきた。


「せんせーもあそぼー!」

「きょうは負けないんだからねー」

「ちょ、ちょっと待てって。先生にはお客さんが……」

「ふふふ、忙しそうですね。ナイジェル、私たちもそろそろお暇しましょうか」

「そうだね。仕事の邪魔をしちゃいけないね」


 と私たちは微笑む。


「では、ジークハルトさん。また来ます。どうか、お体にはお気を付けください」

「お嬢ちゃんも元気でな」


 子どもたちに腕を引っ張られているジークハルトさんに手を振って、私たちはその場を後にしました。

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