177・罰ゲーム、そしてセシリーの聖女特訓
私たちは城から出て、王都の街並みを観光していた。
「エリアーヌはベルカイム──王都の生まれだよね」
「はい」
隣り合って歩きながら、ナイジェルがそんな話を振ってくる。
「なにか気になることでも?」
「いや……その割には、あまり王都の地理に詳しくなさそうに思えてね。どうしてかなって」
「聖女になってからは、城の中に閉じ込められていたようなものですからね……」
そして子どもの頃は行動範囲も狭かった。
お母さんが病気がちで、その看病のためにあまり遊びにいくことも出来なかったですし。
定期的に開かれるレティシアとのお茶会も、他の場所に立ち寄ったりしなかった。
「そういうのが理由で、あまり王都の地理に詳しくなさそうに見えるかもしれません。すみません。本来なら、案内する立場かもしれないのに役立たずで……」
「いやいや、なにを言うんだい! 僕はエリアーヌとこうして歩いているだけで幸せだよ」
ナイジェルが優しげな口調で言う。
「だったら──迷子になるかもしれないね。お互いに」
「そこまでではないと思いますが……」
「いーや、きっと迷子になる! だから……」
ぎゅっ。
ナイジェルが私の手を握る。
「こうして歩こうか。これだったら、きっとはぐれない」
「……! はい!」
ナイジェルとこうして手繋ぎすることは、なにも初めてのことではありません。
なんなら、数え切れないほど、ナイジェルとは手を繋いできたでしょう。
だけど何度体感しても、こうしていると彼の温かみを感じ取れて、幸せな気分になります。
ふふふ、ナイジェル。私と手を繋ぎたかったから、こんな今更な質問をしてきたのでしょうか?
そう思うと、彼のことが可愛く見えてきました。
「ほら、見て。この玩具なんか、セシリーたちのお土産に丁度いいかもしれない」
ナイジェルがなにげなく近くの出店に立ち寄る。
「これはどうやって使うんだろう?」
「それは『双六』と呼ばれるものです」
ベルカイム王国においては、特に子どもたちの間で遊ばれる遊戯です。
ルールは簡単。サイコロを振って、その数字だけコマを動かす。コマを動かした先にあるマス目には、様々な命令のようなものが書かれている。たとえば『三マス進む』といったものですね。
そういったことを説明すると、ナイジェルは興味津々に目を輝かせた。
「本当だね。なかなか面白そうだ。ん……このマス目の指令はなんだろう。直接ゲームの勝敗には関係がなさそうだけど……」
ナイジェルが指差すマス目には『好きな人を発表する』と指令が書かれていた。
「そういったものも含まれています。そちらの方が盛り上がりそうでしょう?」
「確かにそうだね。だったら……」
とナイジェルは私を真っ直ぐ見つめて、こう唇を動かします。
「僕の好きな人はエリアーヌ。君が好きだ」
「あ、ありがとうございます──だけどわざわざ発表しなくてもいいんですからね!? このマス目もどちらかというと、罰ゲーム寄りの指令ですのに」
「罰ゲーム? 好きな人を発表することが、どうして罰ゲームになるのさ?」
「普通の人は恥ずかしいんです!」
私は勢いよく声を発した。
「もう……っ。こんなところでやめてください」
実際、店員さんや周りの人たちは「カップルがいちゃいちゃしてる」といった、生温かい視線を私たちに向けている。
「ははは、ごめんごめん。でもやっぱりこの双六は面白いね。セシリーたちとのお土産に一つ、買っておこうか」
「それがいいと思います。セシリーちゃんたち、今頃なにをしているでしょうか?」
そう言って、私はセシリーちゃんの顔を思い浮かべる。
セシリーちゃんは《白の蛇》の事件以降、二人目の聖女の力を授かりました。
しかしその出力はまだ不安定。あの時はナイジェルを助けたい一心でなんとかなりましたが、それ以外ではまともに力を行使することも出来ませんでした。
別にセシリーちゃんに聖女の力が必要──というわけではありませんが、彼女は私と同じように力を使いたいみたい。
だから私たちが結婚式に招かれている間にも、セシリーちゃんは聖女の特訓をリンチギハムで頑張っている。
「なにか、危ないことに遭っていなければいいのですが……」
「大丈夫だよ。お城にはラルフとアビーもいるから。きっと二人がセシリーを見守ってくれている」
ナイジェルが欠片も疑いを持っていないような口調で、そう断言する。
「唯一懸念するのは……君にしばらく会えなくて、セシリーが寂しがっているかもしれない──ってことくらいかな」
「ならばその罪滅ぼしも兼ねて、いっぱいお土産を買って帰りましょう! きっと喜んでくれると思います!」
◆ ◆
「むむむ……」
リンチギハム、王城の中庭。
そこでセシリーは真剣な面持ちで、一点を見つめていた。
「頑張ってください……! セシリー様!」
少し離れたところでは、メイドのアビーがことの成り行きを見守っている。
その両手は固く握られている。これから起こるであろうことに、期待と不安が入り混じっているような表情だ。
セシリーとアビーからさらに離れて、今か今かとその時が来るのを待ち侘びているのはフェンリルのラルフだ。
『ふっ、セシリーよ。そなたなら、きっとやり遂げる。なにせ……ラルフとエリアーヌが認めた女なのだからな!』
ラルフが男前な表情をして、セシリーに言葉を投げかける。
しかしその声は{まだ}セシリーには届いていない。ゆえに彼女はその言葉に答えなかった。
「わおーん!」
ラルフが鳴いた。
それと同時、ラルフがセシリーたちに向かって颯爽と駆け出す。
さすがに手加減しているとはいえ、その速度は早く、セシリーが動揺するには十分だった。
しかし彼女は平静のまま。
向かってくるラルフの目を見つめる。
『セシリー! 右だ! 黄金の木片を右に放るのだ!』
「……! 聞こえたの!」
セシリーが両手で、抱えていた黄金の木片──鰹節を自分の右側に投擲する。
とはいえ、セシリーの力では遠くまで放ることが出来ない。ほとんど目の前といってもいい地面に、鰹節が落ちようとする。
しかし鰹節が完全に着地してしまう前に、ラルフが下から掬い上げるようにそれを口で──咥えた!
「せ、成功です!」
「やったのー!」
歓喜の声。
ラルフが歩み寄り、セシリーに鰹節を返す。
『よくやったぞ、セシリーよ。とうとうラルフの声が聞こえるようになったのだな。しかしこれで調子に乗るな。鍛錬を怠る者は、足元をすくわれる』
「セシリー様、ラルフはなんと言っているのですか?」
「セシリーはすごい! だから一旦、休憩しようって言ってるの!」
『違う』
ラルフが訂正するが、その声はまたもやセシリーには届かなくなっていた。
──そう。
セシリーは聖女の力に目覚めたとはいえ、まだ出力が不安定。エリアーヌと比べて、やれることも限定的であった。
たとえばエリアーヌはラルフの声を聞くことが出来るが、セシリーにはまだその声が届かないのが良い例だった。
(だけど……エリアーヌのお姉ちゃんは言ってたの。ラルフと心を通わせれば、きっとすぐにお話しできるようになるって!)
ゆえにこうして鰹節をやりながら、ラルフの声を聞こうとしていたが──それがようやく、一度だけ成功したというわけだ。
「セシリー様! きっとこのことをエリアーヌ様に言ったら、褒めていただけますよ!」
「うん! 結婚式に付いていけないのは残念だけど……帰ってきた時に、お姉ちゃんをビックリさせるの!」
「その意気です! さあ、ラルフも言っていますし、お菓子タイムにしましょう。市場で良いクッキーを見つけたんです」
「クッキー、大好き!」
セシリーがにぱーっと笑う。
その様子を見て、ラルフは「やれやれ」と言わんばかりに溜め息を吐いたのであった。
◆ ◆
私たちはその後、セシリーちゃんたちへのお土産を他にも探しながら、街中を観光していた。
すると。
「……? あちらに人だかりが出来ています」





