175・偽の聖女はちょっと照れ屋さん
「レティシア!」
先ほどから探していた──彼女の姿がありました。
美しいというよりも、可愛らしい顔立ち。彼女が笑顔を向けると、世の男性はたちまち虜になってしまうでしょう。
だけど今はちょっと勝ち気な表情で、以前からのイメージとは大分様変わりしています。
しかしそれがかえってレティシアの魅力をさらに際立たせていて、彼女の輝きをさらに強いものとしていました。
「お久しぶりですね。こうして会えて、よかったです」
「なーに、言ってんのよ。少し前にお茶会で顔を合わせたじゃない。あらあたまって、挨拶する仲でもないわ」
「それでも──です。毎日でもお茶会を開きたいくらいなんですから」
私がそう言うと、レティシアは頬を朱色に染めて視線を逸らした。
レティシアとの付き合いも長くなったので、分かりますが──こうしている時の彼女は、単に照れているだけです。
元々は裏表がある性格でしたが、心の仮面を外した後の彼女はとっても不器用で、嬉しい時は嬉しいと素直に言いません。
感情が読み取りづらいという点では、さほど変わっていないかもしれませんが……私は今の彼女の方が好きでした。
「エ、エリアーヌはともかく──ナイジェル殿下は久しぶりね。先日の事件以来かしら?」
照れ隠しでしょうか、レティシアがナイジェルに話を振る。
「そうだね。あの時は助かったよ。君のおかげで、こうしてエリアーヌとセシリーも取り戻すことが出来た」
「私はちょっと背中を押しただけ。それに……ナイジェル殿下のことだから、心配してなかったけどね。エリアーヌを救えるのは、王子様だけなんだから」
とレティシアは微笑む。
こうして話しているレティシアを見ると、頼もしさを感じました。かつて敵として立ちはだかったのが、嘘だと思えるくらいに。
「こんなところで立ち話も、あれね──私の部屋に行きましょうか。そっちの方が喋りやすいと思うから」
「それがいいですね! 結婚式のことを、もっと詳しくお聞きしたいですし!」
拳を握って上下に振り、レティシアの案に全力に乗っかる。
こんなみんなに尊敬の眼差しで見られると、なんだか居心地の悪さを感じます。不快な気持ちにはなりませんけれどね。
「クロードもそれでいいわよね?」
「ああ、そうだな。当日のお楽しみ──と言いたいところだが、結婚式当日のことを少しは喋ってもいいだろう。そちらの方がエリアーヌたちだって予定が立てやすい」
クロードもレティシアの意見に賛同する。
ふう……やっと落ち着けそうです。国王陛下やカーティスはまだまだ喋りたそうでしたが、お話出来る機会はまだまだあるでしょう。焦る必要はありません。
そう思いながら、私たちはクロードとレティシア──そしてナイジェルと共に部屋を後にしました。
「──ということなんだ。当日では音楽団も招いている。豪華な音楽で式を彩るつもりだ。それだけじゃない。城のいたるところで催し物を開き、来た人たちが退屈しないように……」
「いいですね、いいですね! きっとみなさん、喜んでくれると思います! 二人を祝福するのに、ふさわしい式となりそうです!」
私は相槌を打ちながら、クロードの話に耳を傾けていた。
「……ねえ」
「なにかな?」
少し離れたところで、ナイジェルとレティシアがこちらを眺めていた。
「もう二時間は経ってるんじゃないかしら。ずーっと聞き役に徹してるけど、エリアーヌは疲れないの?」
「エリアーヌは君たちの結婚式を、自分のことのように嬉しがっていたからね。こうやって話を聞いているだけでも、十分楽しいんじゃないかな?」
「……ほーんと、あんたたちはお人好しなんだから」
とレティシアが溜め息を吐いた音も聞こえた。
だけどクロードが嬉しそうに結婚式当日のことを語っていると、私も幸せな気持ちになってきます。全く苦ではありません。
「それでウェディングケーキは……」
「ちょっと」
クロードはまだ喋りたそうだったけれど、レティシアが後ろから彼の首根っこを掴む。
「そろそろやめなさいよ。ってか、どこが少しだったのよ」
「だ、だって、今日のために色々考えてきたんだぞ!? エリアーヌに知ってもらたいと思うのも、仕方ないじゃないか!」
「それにしても度が過ぎるわよ!」
レティシアがツッコミを入れる。
「ふふふ……」
「あんたもなに、笑ってんのよ」
思わず笑いが零れていると、レティシアがじーっと視線を向けてきました。
こうして見ると、やっぱりこの二人は良いカップル。甘えたがりのクロードには、姉さん女房肌のレティシアが似合っています。
もっとも、カップルというのもあと数日だけの話。
二人はこれから、夫婦として共に歩んでいくのですから──。
「結婚式当日が楽しみだよ」
ナイジェルも話の輪に入る。
「そうね……でもエリアーヌには話したけど、ちょっと心配ごともあってね……」
「心配ごと……というと、魔王が封印されていた場所に火事場泥棒が現れた件ですか?」
私が問うと、レティシアが神妙な顔つきで首肯する。
「ええ。わたしの考えすぎだったらいいけどね。だけど苦労して、あんなところに入り込むくらいだもの。嫌な予感がするわ」
「あれからなにか他に分かったことはないんですか?」
「いや……歴史学者にも聞いてみたが、いまいち特定は出来ない。とはいえ、なにが起こるかも分からない──それどころか、本当になにか起こるのかも分からないもののために、結婚式を延期するのもいかがなものかと思うし……」
とクロードはレティシアの代わりに、困った顔をして言った。
「二人が心配になるのも仕方ないね。それほど、先の魔王騒ぎは人々の記憶に恐怖を植え付けたんだから」
ナイジェルも真剣な声音で口にします。
あの時、私がギリギリで始まりの聖女の力を得て、魔王を打倒することに成功しましたが──それが間に合っていなければ、世界は滅亡の危機に瀕していたでしょう。
それに魔王は神剣に乗り移り、《白の蛇》の時にも私たちを殺そうとしました。
その力の片鱗を見ただけでも、鳥肌が立ったものです。
「えーっと、女神だったかしら? 彼女はなにか言ってないのかしら」
「残念ながら……女神様にも分からないそうです」
レティシアの問いに、私はそう答える。
真の聖女である私は女神の代行者。私含め、歴代の聖女たちは女神の力を借りることによって、強大な力を行使してきたのです。
とはいえ、女神といえども万能な存在ではありません。
そもそも女神はこの世界の全ての事象を把握しているわけではありません。それは──始まりの聖女以外は──聖女たちとの間に《道》が架けられていないためです。
だけど。
『すみません……』
──そんなことを考えていたら、頭の中に女神の声が響く。
始まりの聖女の力を得た私は、彼女の声を聞くことが出来るのです。
『せめて、なにが持ち去られたのかさえ分かれば、ある程度絞れるとは思うのですが……』
「仕方がありません。もしなにか思い当たった時に、教えていただければ幸いです」
『ええ、もちろんです』
というわけで、現状では女神の知識にも過度な期待は出来ません。
「本当に女神と話してるのね。なんだか信じられないわ」
「女神なんて、御伽噺や神話の中だけの存在だったからな。レティシアがそう思うのも、仕方がない」
私が女神と交信している姿を見て、レティシアとクロードが驚いた様子で口にする。
「なんにせよ、あなたたち二人の大事な結婚式です。絶対に無事に成功させなくっちゃ! です。私とナイジェルでも独自で調査をしてみます」
「あんたはそんなこと、気にしなくていいのよ。お客さんなんだから」
呆れ半分、嬉しさ半分といった感じでレティシアがそう話します。
「まあ、結婚式当日までにはまだ数日ある。それまで街中はお祭り騒ぎだ。宿屋で寝ているだけというのも暇だと思うし──街中を観光してみたらどうだ?」
クロードは私たちを気遣って、そう言ってくれる。
「ええ、そのつもりです。ここに来るまでの間、気になるお店もありましたから」
……それにしてもドグラスはどこに行ったのでしょうか。
念話で聞いてみてもいいかもしれませんが、彼は彼なりに楽しんでいるでしょう。
あまりしつこく話しかけるのも無粋ですね。
「じゃあ、そろそろお暇させてもらうよ。二人も忙しいと思うしね。結婚式当日、楽しみにしてる」
「うむ。ナイジェルたちなら、いつでも大歓迎だ。なにかあれば、すぐに城に来てくれていい。二人は顔パスで入れるよう、城の者たちには伝えておくから」
ナイジェルとクロードがそう締めくくる。
「私も楽しみにしています。色々と心配ごともあるかと思いますが──あまり気負わないでくださいね。私がどんな問題でも、解決いたしますから!」
「だからあんたは、そんなことまで考えなくてもいいって!」
レティシアが勢いよく声を上げますが、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいました。





