174・王子としての威厳
クロードは私たちの顔をチラッとだけ見てすぐに視線を逸らし、店員さんに歩み寄ります。
「へっへ、クロード殿下。今日もご機嫌よろしいようで……」
「これが機嫌がいいように見えているなら、お前はとんだ節穴だな」
ふんっと鼻で息をするクロード。
「それで……どうしたんだ? 泥棒やら詐欺やらと聞こえてきたが……」
「そ、そうなんですよ! 実は……」
店員さんは捲し立てるように、クロードにことの経緯を説明する。
「……というわけなんです。私、悪くないでしょ? 悪いのはそこの泥棒小僧です!」
と勢いよく男の子を指差す店員さん。
男の子はますます体を縮こませて、怖がっています。私
は彼を安心させるように、背中を優しく撫でてあげました。
「ちなみに……お前が提示した金額はいかほどだ?」
「え、えーっと。一つ……」
「一応言っておくが、嘘を吐くんじゃないぞ? ボクはこの国の王子だ。王子相手を騙そうとしたら、それがどういう意味になるか分かっているよな?」
「……っ!」
店員さんは図星をつかれたのか、肩をびくつかせます。
そして項垂れて、掻き消えそうな声で金額を告げました。
「ほお……相場より大分高いな」
「そ、そりゃあ! 良い素材を使っていますから! だけど金額を決めるのはこっちの自由でしょう? 私は悪くありません!」
胸に手を当てて、クロードに詰め寄る店員さん。
その一方的な意見を聞いて、私の中で怒りが込み上げてきます。
「ち、違います。この男の子は──」
と私が口を挟もうとすると、ナイジェルがさっと手で制してきました。
不思議に思ってナイジェルの顔を見ると、彼はウィンク。どうやらこの場はクロードに任せておこう……と思っているみたい。
「ふむ……確かにお前の言うことにも一理ある」
「で、でしょ! だったら──」
「しかし別にこういう話もボクの耳に届いている」
そう言って、クロードは胸元から一枚の紙を取り出した。
そしてそれを広げて、こう読み上げる。
「──街の正門付近で営業している店に、不正の疑惑がある。最初に告げていた金額を無視して、高額をむしり取ろうとする詐欺のような働きだ」
「……っ」
「その被害は祭りが始まってからまだ日も浅いというのに、数十件にも及んでいる。このことは即座に調査し、可能なら是正すべきだ……とある」
クロードは顔を上げて、店員さんにニヤリと笑いかける。
「気のせいか? ここに記されている場所は、丁度この店だと思うが……」
「そ、それは……」
「言い逃れ出来ないようだな」
クロードは顔に怒りを孕ませ、店員さんにこう続ける。
「そもそも営業が許可されている店は、適正な価格で商品を売ることを義務付けられている。お前が言った金額はとてもじゃないが、適正だとは思えない」
「…………」
「この祭りでは他国からも多く人が訪れる。ゆえに通常よりも気をつけなければならない。ベルカイムの王都には、ぼったくりの店が多くあると思われれば、自国にとって不利益だし──なによりも国として恥だ」
「で、でも……」
「でも──じゃない。クロード・ベルカイムの名において告げる。この店の営業許可証は剥奪とする。あとは裁判を受けて、しっかりと罪を償うんだな」
クロードが毅然な態度で告げると、店員さんはパクパクと口を動かす。だけど声は出ていなかった。
やがて彼は諦めたように肩を落とし、それ以上なにも喋り出そうとしなかった。
「ありがとうございます、クロード」
それを見て、私たちはようやくクロードに元に駆け寄る。
「ありがとう? 別にお前に礼を言われる筋合いはない。ボクは不正疑惑のあった店を取り締まりにきただけだ」
「たとえ、そうだとしても……です。私たちではどこまでやっていいか分かりませんでしたので」
「……ふんっ」
鼻で笑って、恥ずかしそうに視線を逸らすクロード。
「それに……随分、スマートなやり方だったね。素直に感心したよ」
ナイジェルもクロードのことを、そう賞賛する。
以前までのクロードでしたら、たとえ不正店を取り締まるにしても、もっと強引な方法を取っていたでしょう。
少なくとも、今みたいに第三者の証言も提示して、客観的にも店員さんが悪いことを示そうとしませんでした。
それなのに冷静に対処していた場面は、彼の成長を実感出来ました。
だけど。
「結婚式で忙しくないんですか? それなのに、こんなところまでやってきて……」
問いかけると、クロードは少し慌てる素振りを見せてから、こう口を動かした。
「……っ! いくら忙しくても、街の治安維持は必要だろう。そこにたまたま、お前らがいただけだ」
「でも……本来、こういうことは他の人たちにも出来ることだ。わざわざクロード殿下がするようなことでもないと思うんだけど……」
「う、うるさいっ! ボクが必要だと言うんだから、必要に決まっているだろ!」
誤魔化すように、強い語気で言うクロード。
私たちが今日、ベルカイムの王都に辿り着くことは、あらかじめクロードとレティシアにも伝えていました。
急に来ても、迷惑だと思いましたから。
手紙の文面はそっけないものでしたが──まさか。
「もしかして、私たちを迎えにきてくれたのですか?」
そんな考えが思いついて聞いてみると、クロードはぎくっとした表情。
「…………」
「もしそうなら、ありがとうございます。忙しい中、わざわざここまで迎えに──」
「そ、そりゃあ! ナイジェル殿下はリンチギハムの次期国王なんだし、エリアーヌはその妃だ。そうじゃなくても──二人はこの国の恩人。ボクからこうして足を運ぶのも当然だ!」
とクロードは腰に手を当てて、開き直ったような態度。
「け、決してお前らの顔が早く見たかったから……っていう理由じゃないんだからな! 勘違いするな!」
「僕は君に早く会いたかったよ。ご足労、感謝する」
対して、ナイジェルは余裕を含んだ微笑みを浮かべた。
「と、とにかく! ここなら注目も集まる! 早く王城に行くぞ! あそこだったら、落ち着いて喋ることも出来るだろう。それに──レティシアもいる」
これ以上、追及されるのは困ると思ったのか……クロードは私たちに背を向け、一人で歩き出した。
ふふふ、相変わらずのようです。
彼らしい姿が見れて、私も肩の力が抜けました。
それはナイジェルも同じだったようで、お互いに笑い合ってから、クロードの後を追いかけた。
王城に着くと、思いも寄らない光景に、私たちは目を丸くするのでした。
「我ら! ベルカイム王国の救済者に、最大の感謝を!」
玉座の間では、騎士や大臣たちが両サイドに一列に並んで、私たちをそう出迎えます。
一糸乱れぬ動きで敬礼をする。
さらに国王陛下までもが起立し、胸に拳を当てて頭を垂れていました。
「こ、これはすごいね」
さすがのナイジェルもこの光景に気圧されているよう。
「ク、クロード! これは一体……っ!?」
戸惑い、私はすぐにクロードに問い詰める。
「これくらいは当たり前だ。実際、エリアーヌとナイジェルがいなければ、この国は滅びていた。二人がわざわざ来てくれるとなったら、これくらいの敬意は払ってもおかしくないだろう?」
してやったりといった感じで、ニヤリと笑みを浮かべるクロード。
うーん、この様子だと私がこういう反応になるのを、あらかじめ予想していたみたい。
ベルカイムを追放される前、聖女は形式的なものと一方的に信じられ、ひどい扱いを受けていましたから。
その時との落差で、未だにこういうのには慣れない。
実際、敬意を払われているのは嘘ではないと思いますが……ここまで大げさに対応されると、動揺してしまいます。
「むー、ナイジェルはともかく、私はレティシアとのお茶会のために、定期的にここを訪れているといいますのに……」
頬を膨らませてそう抗議をするが、クロードはどこ吹く風といった表情。
「エリアーヌ様」
一人の騎士が頭を上げ、私に歩み寄る。
「カーティス! 久しぶりですね。お元気でしたか?」
「ええ、おかげさまで」
とカーティスは表情一つ変えずに、そう返事をした。
彼──カーティスはベルカイムの騎士団長。
彼だけは追放前からも、私にとても親切に接してくれました。すごく仕事が出来る人で、部下からも慕われています。
一方、几帳面すぎる性格から『残念イケメン』と称されることも多い。
でもそういうところもカーティスらしくて、私は好きですけれど。
「それにしても……」
キョロキョロと辺りを見渡すカーティス。
「ドグラス様……と言いましたか。あの者の姿が見えないようですが?」
「彼なら、今頃王都を観光してるよ。こういう堅苦しいのは苦手みたいでね」
と私の代わりにナイジェルが答えて、肩をすくめる。
「そうですか……残念です。ドグラス様にも直接、感謝の言葉を伝えたかったのですが──」
「悪いね。結婚式にはちゃんと出席すると思うから、いくらでも話す機会があると思うから」
ナイジェルがそう口にする。
ドグラスもカーティスのことを気に入っているようでした。
なんでも、私が追放されてすぐにベルカイムに単身乗り込んだようなのですが──その際、カーティスとは少しなにかあったようで……。
だけどドグラスに聞いても、答えをはぐらかされる。
なんでも「女には分からんことだ」……と。
彼にそう言われると、ちょっとむっとします。
「こちらこそ──彼女の姿が見えないようですが……」
先ほどから、視線だけで彼女を見つけようとしているけれど、どうやらこの場にはいないみたい。
「なにかあったのでしょうか? 結婚式の準備に忙しくて、私たちに会っている暇がないだけかもしれませんが──」
「呼んだ?」
バンッ!
勢いよく、扉が開け放たれる音。
私とナイジェルは反射的に後ろを振り向きます。
そこには……。
「レティシア!」





