173・王都に到着しました
──そして数日後。
私たちはベルカイムの王都に足を踏み入れていました。
「わー! 街はお祭り騒ぎですね!」
街の風景を眺めて、私はそう声を上げた。
至る所に出店が並んでいる。往来する人々の顔はみなさんはとても楽しそうで、見ているだけで心が弾んでいくようでした。
一定のリズムで花火が打ち上げられ、お祭りの雰囲気を彩っていました。
「ベルカイムの第一王子の結婚式なんだからね。国を挙げて、祝福しようってことなんだろうと思う」
「ですね!」
ナイジェルの言葉に、私はそう返した。
「ドグラスはどう思います──って、あれ?」
ドグラスにも聞いてみようと隣を見たら、何故だか彼の姿がなかった。
どこに行ったのかと思い、視線を彷徨わせていると……。
「これはなんだ?」
近くの出店で店員に話しかけているドグラスの姿がありました。
「チョコバナナだ。バナナにチョコをコーティングして食べる、おやつみたいなもんだ」
「ほほお? 美味しそうではないか。一口、頂こうか」
「毎度あり!」
ドグラスがお金を払うと、店員が笑顔でチョコバナナを彼に手渡す。
彼はペロッとチョコバナナを舐めて。
「ん……なかなか甘美な味だ。気に入った! あと百本追加だ!」
「ひゃ、百本!? そんなにないよ!」
店員は慌ててドグラスに言った。
「ドグラス……いけませんよ。店員さんを困らせては。一人でそんなに食べる人なんて、いませんから」
「なにを言う。こんな一本だけで、我が満足出来るわけがなかろう!」
後ろからドグラスを嗜めると、彼は胸を張ってそう答えた。
「ドグラス……めっ!」
私は彼の目の前で、人差し指を立てる。
「出店はここだけではありません。他にも美味しいものはたくさんありますよ?」
「む……」
反論が出来ず、後ろに一歩たじろぐドグラス。
「こういうところは、一つのお店ではなく、たくさんのお店を回りながら楽しむものなんです」
「たくさんのお店を……なるほどな。『食べ歩き』というヤツだな」
「そういうことです。ドグラスも人間の文化を理解してきましたね」
と私は微笑む。
最近ではさすがにまともになったとはいえ、出会った当初のドグラスは世間知らずもいいところでした。
今までならお金を払って、チョコバナナを購入しようという考えにも至らなかったでしょう。
「よし……分かった。ならば我は一人で食べ歩きをしてくる」
そう納得したドグラスは、チョコバナナを片手にくるっと私たちに背中を向ける。
「待ってください。一人で……なんて寂しいことを言わないでください。これからクロードとレティシアへご挨拶に行くつもりですが──それが終われば、みんなで食べ歩きをしましょう」
「ふんっ、我に人間の都合に合わせろと? くだらんな。ドラゴンは誰にも縛られることがないのだ。それに──」
悪戯少年のような笑みを浮かべて、ドグラスは振り返り、私に顔をぐいっと接近させた。
急に彼のキレイな顔が近付いてきたので、即座に反応が出来ない。
なにを──と思ったら、ドグラスはそのまま私の耳元にコソッとこう耳打ちをした。
「……汝をナイジェルと二人きりにさせてやろうと思ったのだ。そうなると、我はお邪魔だろう? 我の気遣いを無駄にするな」
「な──っ!」
思わぬことを言われ、つい言葉を失ってしまう。
すぐになにか言い返そうと思いましたが──ドグラスはそのまま手を振って、私たちの前から去っていきました。
「ちょ、ちょっとドグラス! ……もう、変な風に気を遣うんですから」
「気を遣う? さっき、なにを言われたのかな? それに顔が真っ赤みたいだけど……熱でもあるのかい?」
とナイジェルが手の甲をさりげなく、私の頬に付けました。
ナイジェルの手はひんやりと冷たく感じた。
だけどそれは彼の体調が悪いというわけではなく、私の顔が熱くなっているためでしょう。
「やっぱり熱い……それにどんどん熱くなってくる。もし体調が悪いなら、どこかで休憩を──」
「だ、大丈夫です! お気遣い、ありがとうございます!」
私はさっと後ろを向いて、自分のほっぺを両手で押さえました。
ドグラスがあんなことを言うから……。
結婚しても、未だにナイジェルと二人きりになると、私がドキドキするのは知っているでしょうに。
──ナイジェルと出会ってから、この胸の高鳴りはおさまらない。
それどころか結婚して、日を重ねるごとにさらに彼のことが好きになっていくのを感じる。
やっぱり彼のことを好きになってよかった──あらめて、そう思うのでした。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、すごい美男美女カップルだね。ここらへんでは見ない顔だけど……他の街から来たのかい?」
「まあ、そんなところです」
後ろでナイジェルと先ほどの店員さんが話している声が聞こえた。
どうやら、私とナイジェルの正体には気付いていないよう。
ナイジェルは誰に対しても、物腰柔らかい態度を取ります。
そういう彼だからこそ、店員さんは気軽に話しかけられるのでしょう。
「さっきの男も、あんたらのお仲間さんなんだよな?」
「ええ」
「そうか……しかしドラゴンとか訳の分からないことを言ってたが、あれはどういう意味だ?」
「それは……」
とナイジェルが言い淀む。
ドグラス……なにも説明しないまま、この場を立ち去ったせいで、店員さんが混乱しています。
まさかドラゴンだと伝えるわけにもいかず、どうやって誤魔化そうかと考えていると……。
「おい、てめえ! 金もろくに持っていないのに、商品を食べるなんてどういうつもりだ!」
男の怒鳴り声。
なにごと──と思って顔を向ける前に、ドンッ! と鈍い音が聞こえて、続けて誰かが倒れる音もしました。
「覚悟は出来てんだよな? これ以上殴られるのが嫌なら、有り金全部渡しな」
「う、うぅ……」
ムキムキの男が拳を鳴らしながら、尻餅を付いている男の子に近寄ります。
男の子のほっぺは赤く腫れていました。
どうやら先ほどの音は、男の子が殴られたせいだったようです。
「あまり穏やかじゃないね」
ナイジェルが険しい顔をして、ムキムキ男と怪我をした男の子の間に割って入ります。
それを見て、私もすぐに男に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……」
「すぐに治してあげますからね──ヒール」
男の子の頬に手を近付け、治癒魔法を発動する。
彼の頬の腫れはあっという間に引いて、可愛らしいお顔に戻りました。
「事情くらいは聞いてもいいかな?」
私が男の子を助けている間にも、ナイジェルはムキムキ男に問いかけます。
「ああん? 簡単な話だ。そいつがうちの商品を食べたのに、お金を払わなかったんだ。これは泥棒だろう? だから懲らしめてやろうと思って……」
「で、でも! 最初に聞いていた金額より、十倍以上を請求されたんだ! そんなの詐欺だよ!」
「て、てめえ……!」
ムキムキ男が男の子を睨むと、彼は「ひっ!」と顔を伏せました。
私は男の子がこれ以上怖がらないように、守るように彼を両腕で包みます。
「むむ……」
男の言い分を聞いて、ナイジェルは一頻り考え込む。
この男の子が嘘を吐いているとは思えません。だけどムキムキ男──店員さんにも言い分があります。
それにリンチギハムならともかく、ここはベルカイム。私たちはこの国の民ではないのです。
なのであまりことを荒立てるわけにもいかず、頭を悩ませていると──。
「おい、そこでなにをしている」
静かな怒りを含ませた声が、辺りに響き渡った。
私たちがそちらに顔を向けると、一人の男性がむっとした表情でこちらを見ていました。
少し癖っ毛のある髪。女性かと見間違えるくらいの可愛らしい顔をしている。
その立ち振る舞いは高貴さを感じさせるもので、ここにいる他の人たちに比べて明らかに異質でした。
人々は彼のために自然と道を開け、息を呑んでいる。
彼から漂うカリスマ的な空気は、王となりうる威厳を感じさせました。
私は彼を見て──こう名前を呼びます。
「クロード!」
彼こそが──この国の第一王子、クロード・ベルカイムです。





