172・聖女の決意
「……ということなんです」
「それは気になるね」
私が王都で起こった事件について話すと、ナイジェルは思案顔でそう呟いた。
「火事場泥棒なのかな?」
「確かに、場所は魔王が封印されていたところ。そこにあるもの全てが、歴史的に貴重なものです。お金に換えることも出来そうですが……」
とはいえ、そのようなものは今までの調査中に見つけられ、あらかた持っていかれているでしょう。
それに魔王がいなくなったとはいえ、あそこには濃度の高い呪いが充満していた。普通の人なら、立ち寄るだけでも危険です。
「簡単に入り込める場所でもありませんからね……ただの火事場泥棒が、そんな危険を負って、あの場所に行こうとするでしょうか?」
「考えにくいね。たとえそうだとしても、違和感の残る話だ」
と私はナイジェルと頭を悩ませます。
調査隊の方々でも見つけられなかった──もしくは価値が分からなかったものが、あの場所にはあった?
ならば、そのようなものを持ち出して、侵入者はなにをするつもりでしょうか。
嫌な予感はさらに強くなっていきます。
「──なにを、そう悩んでいるのだ。もし気になるなら、我らがその事件を解決してしまえばいいだけではないか」
──と声。
誰……? と思う間もなく、部屋の扉が勢いよく押し開けられ、一人の男性が中に入ってきました。
「ドグラス」
私が彼──ドグラスの名を呼ぶと、彼は不遜な態度でずかずかと歩み寄ってきました。
ドグラス。
燃えるような赤い長髪。浅黒の肌で、民族衣装のような服を身に纏っています。
長身で胸板も厚く、彼のことをなにも知らない人が見れば圧倒されてしまうことでしょう。
だけど私はドグラスの包容力がある性格を知っているので、少しも臆したりしません。
兄弟や姉妹がいなかった私にとって、ドグラスは実の兄のような存在ですが……。
「扉の外から盗み聞きしていたんですね」
「ガハハ! たまたま近くを通りがかって、声が聞こえてきただけだ!」
「悪趣味です。普通の方なら、そのまま通り過ぎるだけですから」
「我は普通ではないからな。ドラゴンである我にとって、人間どもの気遣いなど無用な産物だ!」
咎められたというのに、ドグラスは全く悪びれる様子がありません。
でも……仕方がないかもしれません。
彼の正体は──正真正銘のドラゴンなのですから。
ドグラスは最初、私がベルカイムにいる頃の念話友達でした。
しかし私が追放されたのに気付き、ここ──リンチギハムまで追いかけてくれて、今ではこうして一緒に王城で住む仲です。
「それにしてもドグラス。我らがその事件を解決……って言ってたけど、なんのつもりかな?」
急に部屋に入ってきたドグラスに対して、ナイジェルは少しも意に介したりせず、そう質問を投げかけます。
「言葉通りの意味だ。なにかあれば、我らで解決してしまえばいい。エリアーヌよ、汝の力はなんのためにある? ナイジェルも……だ。汝ら二人で解決出来ないことなど、あるのか? なにを心配することがある」
ドグラスはそう首をかしげた。
確かに……ちょっと安直すぎる考え方かもしれませんが、ドグラスの言うことにも一理あります。
精霊の村を襲った魔族バルトゥル。魔王騒ぎ──そして邪神《白の蛇》。
自分の力を過信するわけではありませんが、どうしようもないと思っていた事件を、私はナイジェルと解決に導いてきました。
それに。
「汝ら二人だけでも十分だというのに、今回は我もいる」
ビシッ!
そんな感じで、ドグラスは親指で自分を指差す。
「エリアーヌとナイジェル、それに我がいて解決出来ないことなど、あるわけがない。悩むだけ杞憂というものだ」
そう──クロードとレティシアの結婚式の招待状には、私とナイジェル以外の名前もありました。
三人目の招待者──そこにドグラスの名前もありました。
先の魔王騒ぎの件では、ドグラスも活躍しましたから。
それに今はリンチギハムに移り住んだとはいえ、ドグラスは長らくベルカイムの王都近くに住んでいました。
私が張った結界のおかげもありますが、魔族はドグラスを警戒するあまり、王都に侵攻しようとしてこなかったのです。
いわば、ドグラスはベルカイムの守り神だったドラゴン。
招待されるのは、頷けます。
「──そうですね。私、難しく考えすぎていたかもしれません」
懸念はある。
だけどクロードとレティシアの結婚式が無事に終わって欲しい。
そのために不安があるなら……私たちが払拭してしまえばいい。
「もちろん、ただの気にしすぎるなら、それでいいんだけどね。でも……このせいで、二人の結婚式がメチャクチャになってしまうようなら、僕は犯人を許せないよ」
「ええ、その通りです」
「どうやら、覚悟を決めたようだな。結婚式と聞いて、退屈そうだと思っていたが……少しは楽しくなりそうだ。久しぶりに我の活躍どころといったところか」
ニヤリと笑うドグラス。
そういうドグラスの自信満々な表情を見ていたら、自然と気分も晴れてきました。
「ナイジェル、ドグラス。よろしくお願いします。今回も私に力を貸してください」
私がそう言うと、二人はすぐに首を縦に振った。





