170・かつての敵の結婚式
「どうしたんだい、エリアーヌ。鼻歌なんか口ずさんだりして」
ナイジェルが私にそう質問を投げかける。
「ふふふ、あの日がとうとう目の前にまで迫ってきていますからね。当日のことを想像したら、それだけで楽しくてなって……」
「それなら仕方ないね」
とナイジェルが微笑んだ。
「最初に聞いた時はまだまだ先だと思っていたけど……時が流れるのは早いね。あっという間だ」
「私なんて、聞いた時からワクワクしていたんですから!」
つい声を弾ませてしまう。
だけどそうなるのも当然のこと。
何故なら──。
「たくさんお祝いしてあげようね。二人の結婚式を」
「ええ! もちろんです!」
結婚式。
それは幸せな日。
私がナイジェルと結婚式を挙げた日も、つい最近のことのように思い出せます。
そして誰の結婚式なのかというと……。
「クロードとレティシア──二人にいっぱい笑顔になってもらいます!」
そのことを思うだけで、私は幸せで心が満たされていきました。
──その便りが届いたのは数ヶ月前のこと。
クロードとレティシアが結婚式を挙げる。
二人の結婚には色々と障害も多いものでした。
なので私達と比べて、結婚式を挙げるまでには日数を要したのだけれど──ついにこの日がやってきたのです。
「なんだか感慨深いね。君がベルカイムを追放されたことを思えば、こうして二人の結婚式に招かれるなんて思いもしなかったから」
「確かにそうですね」
頷き、私は今までのことを思い出しました。
──私はベルカイム王国の聖女でした。
女神からの神託を受け力を授かった私は、ベルカイムに結界を張り、あの国を守っていました。
しかしそんな日が突如として終わりを迎えます。
ベルカイムの第一王子であるクロードに、婚約破棄と国外追放を言い渡されたのです。
途方に暮れた私はここ──隣国のリンチギハムに移り住むことになります。
そこで私は今までの生活が嘘だったかのように、楽しい日々を送ります。
しかし真の聖女である私を失ったベルカイム王国は、徐々に崩壊していきました。
魔族の侵攻を受け、国がボロボロになるだけでは済まず、ベルカイムの地に封印されていた魔王が復活しようとしたのです。
私はナイジェル達と共に、ベルカイムを救済することを決断します。
そして始まりの聖女の力を得た私達は、見事魔王を打倒し──平和で幸せな日々が戻ってきたのです。
「クロードの結婚相手──レティシアとは何回かお茶会をしているんだろう? 彼女はなにか言ってなかったかい?」
「ああ、そうそう! 聞いてくださいよ!」
私はこう声を荒らげます。
「そもそもこの結婚式も手紙で知るまで、レティシアはなにも言ってくれなかったんですよ!? 問い詰めたら『大したことじゃないと思ったから』……って! それに結婚式のことを聞いても『周りが勝手にやるだけだから』って素っ気ない素振りをして……全然教えてくれません。もっと喋ってくれればいいですのに!」
「きっと恥ずかしいんだろうね。君から聞くレティシアは、こういう大々的な式を嫌がりそうだから」
とナイジェルは笑顔で答える。
むー、私もレティシアの性格は私もよく存じ上げています。
何故なら──レティシアは私がベルカイムを追放された、大元の原因と言っても過言ではないからです。
私を追放する際、クロードは一人の女の子に熱を上げていました。それが彼女──レティシアです。
彼女は自分こそが真の聖女と名乗り、私を偽の聖女として弾劾します。
だけど真の聖女なんてもってのほか。
彼女の正体は呪術師で、私を貶めようとしていたのです。
私が追放されてからも、彼女は呪いの剣を冒険者のアルベルトに持たせ、ナイジェル諸共抹殺しようとします。
もちろん、私も黙ってやられるわけがなく、呪いを跳ね返してその時はことなきを得たのですが……。
──そういうわけで、私とレティシアには深い因縁があるわけですが、魔王復活の一件で彼女とは和解しました。
「最初はただのぶりっ子だと思っていましたが──彼女、とても恥ずかしがり屋さんなんですよね。だから本気で結婚式を嫌がっているわけではないと思いますが……」
「その通りだね。きっと彼女も結婚式を楽しみにしているよ」
ナイジェルが私の意見に同意してくれる。
「僕もようやく仕事が一段楽付いたところだからね。二人の結婚式を精一杯お祝いしてあげるつもりさ」
と続けて、ナイジェルは啖呵を切ってみせます。
「謹慎処分が明けてから、ナイジェルは怒涛の忙しさでしたものね。見ていて、いつ倒れてないかとハラハラしていました」
「倒れる? そんなこと有り得ないよ。だって僕には君がいるんだからね」
「私……ですか?」
「うん! 君と話をしていたら、不思議と元気が湧いてくるんだ! どんな治癒魔法にも負けない、最高の薬さ」
と言って、ナイジェルは私を力強く抱きしめる。
爽やかな花のような香りが鼻梁をくすぐる。
彼の温かみが伝わってきて、自然と幸せな気持ちになってくる。
ナイジェル──私の大切な人。
出会いはベルカイムを追放されてから、リンチギハムに向かおうとした道中。
魔物に襲われ、傷ついたナイジェルと騎士団の方々を治癒魔法で癒してから、彼との日々は始まりました。
そして──私達は自然とお互いに惹かれていき、婚約の過程を経てから、無事に結婚まで辿り着きました。
そんなナイジェルですが、少し前まで一ヶ月の謹慎処分が下されていました。
その理由が──邪神《白の蛇》の一件。
《白の蛇》はリンチギハムの大切なものを消失させていき、とうとうナイジェルの妹セシリーちゃん──そして私も消してしまうのです。
聖女としての力も封じられた私を、ナイジェルが助けにきてくれます。
彼の剣には、先の戦いで倒した魔王の力が乗り移っていました。その力を借りることによって、見事《白の蛇》を新しく作り変えたのです。
最高のハッピーエンド。
でも──そうは問屋は卸しませんでした。
魔王がナイジェルの体を乗っ取り、私達に牙を剥いたのです!
しかしここでセシリーちゃんに女神の力が授けられ、彼女は二人目の聖女として、魔王を封じ込めます。
今度こそハッピーエンドだったのですが──ナイジェルは国王陛下に、自らを罰してくれるように言いました。
それは私を見捨てるという判断を下さずに、魔王の力を借りるという危険を秘めた選択肢を取ってしまったことによる責任です。
ですが、陛下はそんなナイジェルを許し、代わりに休養期間として一ヶ月の謹慎処分を言い渡す──という経緯があるのですが、その謹慎も明けて随分日にちも経ちました。
……そんなことを考えていた私のほっぺに、彼は軽く唇を押し当てます。
「〜〜〜〜〜〜〜!」
彼がこうして真っ直ぐ愛情をぶつけてくるのは珍しくないことですが!
何度やられても、嬉しさやら恥ずかしさやらで頭がぐちゃぐちゃになってしまいます。
なにも言えなくなってしまっている私をおかしそうに笑って、ナイジェルは体を離しました。
「もう……っ! 急にやめてください! ドキドキしすぎて心臓がいくつあっても足りません!」
「君の可愛い顔を見ていたら、どうしても我慢が出来なくなるんだ。それに……今更だろう?」
悪戯っぽくナイジェルが言う。
なんというか……《白の蛇》の一件があってから、彼は少し我がままっぽくなった気がします。
だけど今まで自分のやりたいことを押し留め、国に尽くしてきたナイジェルです。
これくらいは許しましょう。
「あっ、そうそう」
このままだとナイジェルのペースを持っていかれっぱなしです。
私は強引に話を、クロードとレティシアの結婚式に戻します。
「結婚式のことはろくに話してくれませんでしたが……レティシア、前のお茶会で気になることを言っていました」
「気になること?」
ナイジェルが首をかしげる。
「はい。なんでも魔王が封印されていた場所で──」
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