167・私の理想の王子様
「はああああっ!」
中庭。
国王との謁見も終わり、ナイジェルとマリアさんは模擬戦に勤しんでいた。
私はラルフちゃんを背もたれにして、セシリーちゃんと一緒に観戦。
やがて、ナイジェルがマリアさんから一本を取る。
「なかなかやるじゃない。この短期間で成長したわね」
「ありがとう。マリアが練習に付き合ってくれたおかげだよ」
「相変わらず謙虚ね。模擬戦とはいえ、あたしから一本取れる騎士はほとんどいないのよ。もっと威張りなさいよ。じゃあ……あたしはそろそろ、騎士団の方に戻るわ」
二人が健闘を讃え合う。
マリアさんは去り際、私にウィンクをしました。
そしてナイジェルは、私の方に歩み寄ってきます。
「おつかれさまです」
そんな彼に私はタオルを差し出す。
「どうだったかな? ちょっとは僕もたくましくなったかな」
「ええ、随分と。あと……これは聞きそびれていたことなんですが……」
私は彼にこう問いかけます。
「どうしてマリアさんが城に戻ってから、彼と模擬戦を繰り返したんですか? なにかお考えがあったように思えますが……」
「エリアーヌの力にばっかり、頼っているわけにはいかないからね」
「私の力にばっかり? なにをおっしゃいますか。ナイジェルは、私がいなくても立派ですよ」
「違うよ。僕はエリアーヌに女神の加護を付与してもらわなければ、ただの凡人だ。だから君がいなくても強くなる必要があると思ったんだ。あの時……レティシアの助けがあったとはいえ、ヨルを倒せたのはきっとその成果だ」
ああ、そうそう。
レティシアが助けにきてくれたことは、ナイジェルから教えてもらいました。
彼女にお礼を言わなくっちゃ、ですねえ。近いうちに、またお茶会を開かなければなりません。
「……ちょっと昔話をしていいかい?」
唐突に。
ナイジェルはセシリーちゃんを挟んで、私の隣に立つ。セシリーちゃんの頭を撫でながら、彼はこう続けた。
「自分で言うのもなんだけど──昔から僕はずっと良い子であろうとした。欲しいものがあっても、欲しいと言わなかった。仮に欲しいと言っても、すぐに他人に譲ってしまう。昔、苺のショートケーキとチョコレートケーキ、どっちも食べたかったんだけど……セシリーに譲ったこともあったね」
そう言って、セシリーちゃんを見やると彼女はにぱーっと笑顔になった。
「それに学生時代、ある男にお母さんのことをバカにされたんだ。その頃、お母さんは既に亡くなっていた。だから僕はその男が許せなくて、声を荒らげて怒鳴ろうと思った。だけど──出来なかったんだ。そんなことをすれば、みんなは僕が感情を制御出来ない未熟者だと見損なうだろうから。僕はみんなの理想の王子様になろうとして──いつの間にか、感情や欲望の出し方を忘れてしまっていたんだ」
彼の話に、私は黙って耳を傾けます。
「だけど今回の件で分かった。別にみんなの理想の王子様にならなくてもいい。大切な人だけの理想の王子様になれば──それはすなわち、国のためにもなると信じてるから。
こんな僕は今までからしたら、王子としてふさわしくないかもしれない。民の規範ではないかもしれない。こんな僕でも──君は愛してくれるかい?」
「はい、もちろんです」
と私は即答する。
「それに……それくらいの方が良いと思いますよ。なにを考えているか分からない王より、人間味がある王の方が親しみを覚えると思いませんか? セシリーちゃんはどう思いますか?」
「うん! セシリーもそう思うの!」
セシリーちゃんが元気よく手を挙げる。
それを見て、ナイジェルの表情が柔らかくなった。
「ありがとう。だから──これからは君のことをもっと好きって言うから! 我慢せずに、四六時中ずっと君に好きをぶつけるよ!」
「そ、それは前からだったと思いますが!?」
「これでも我慢していたんだ」
そう笑うナイジェルの表情は、まるで憑き物が取れたみたい。
──君だけの理想の王子様になりたいんだ。
あの時、感情のままに叫んでいたナイジェルは、いつもの彼らしくなかった。
だけど私はそれでいいと思いました。
だってナイジェルも人間ですから。
それに──。
「あなたはずっと、私の理想の王子様でした。そんなあなたを私は愛しています」
そう言うと、ナイジェルは一瞬驚いた表情。
そしてすぐに笑みを浮かべました。
「おお、ナイジェル」
そうこう話していると、次にドグラスが中庭に顔を出した。
「ドグラスか」
「うむ、エリアーヌもセシリーも救い出せてよかったな。さすがは我が友だ」
「君のおかげだよ。君の言葉がなければ、僕は二人を救い出すことが出来なかったかもしれない」
「ガハハ! 当たり前だ! 今回は出番が少なかったが、要所要所で決めるというのが真の男というものだ!」
ドグラスが豪快に笑う。
……そういえば今回は私も、活躍の場が少なかったように感じます。
まあたまにはこういうのもいいでしょう。
「そういえば汝は魔王の力とやらを手にしたらしいな?」
ドグラスがそう問う。
「手にした……っていうのはどうかな。あれはまだまだ僕達人間が使うには、早すぎる代物だ」
「なにを弱気なことを言っておる。魔王の力に再び触れて、汝がどれだけ強くなったのか見てやる。模擬戦だ──やるぞ」
くいくいっとドグラスが指を曲げて、ナイジェルを誘う。
ナイジェルは、彼にしては珍しく好戦的な笑みを浮かべて。
「いいのかな? ドグラスに二度も負けるつもりはないんだけど?」
「ガハハ! 言うようになったではないか。その調子だ!」
そう言って、ナイジェルとドグラスは私達から離れていく。
その二人の姿は、まるで遊び場所まで駆けていく子どものようでした。
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