166・みんなの理想の王子様
「陛下──僕には王位を継承する資格がありません」
玉座の間。
ナイジェルは国王の前で膝を突き、そう口にする。
国王も真剣な眼差し。場には緊迫した空気が流れていた。
それを私とセシリーちゃん、マリアさんは少し離れたところで見ています。
そんな中──国王が口を開く。
「……理由を聞こう」
それを聞き、ナイジェルは顔を上げてこう答える。
「僕は王子として間違った判断を下してしまいました。本来、王子というのは自分の大切な人を失ったとしても、国のために尽くさなければいけない存在。それなのに……僕はエリアーヌを見捨てることを恐れてしまった。そんな僕は王位に就くのにふさわしくありません」
真っ直ぐな言葉。
ナイジェルには迷いがなかった。
──私はこのことを、事前に彼から伝えられていました。
もちろん、私は全力で止めました。
確かに、あの場面では私を捨てることが、やはり正しい選択だったかもしれません。
私がいなくなることによって、世界全域に張っていた結界はなくなる。
しかし私が死ねば、また次の聖女が生まれます。それがことの習わしだからです。
それに魔族がいなくなった今、早急に結界を張る必要もありません。
ゆえに私がいなくなろうとも、世界に災いがもたらされるとは考えにくいでしょう──だから私の命は、世界のために必要不可欠かと言われると……答えは否です。
「しかし……全て上手くいったと聞いていたが?」
「それは結果論です。あの段階で、僕は魔王の力に気付いていたとはいえ、それを使いこなせるのかは未知数でした。結果的に体を乗っ取られてしまいそうになった。だからあそこでは──僕がみんなのための王子なら、エリアーヌを見捨てる選択肢を取るのが妥当でした」
セシリーちゃんがいなかったら今頃、ナイジェルの体を乗っ取った魔王は、世界中で暴虐の限りを尽くしていたでしょう。
問題は魔王があの空間から出られたのか──ということろですが、あの自信たっぷりな言動を聞いていると、なにか算段がついていたのかもしれません。
ちなみに……魔王は現在、セシリーちゃんが光の力で神剣の中に封じ込めている状態らしい。
今はなにごともありませんが、いつまた魔王が反旗を翻すのか分かりません。
なので神剣の出番も、しばらくお預けでしょうね。
「…………」
ナイジェルの話を聞き、国王はしばらく口を閉じる。
険しい眼差しです。
いくら自分の息子とはいえ、ここで私情を挟むべきではないと思っているのでしょうか。
「分かった……では、そなたへの処罰を言い渡そう」
と国王は立ち上がり、背中のマントを翻す。
「処罰は二つある。心して聞くがいい」
「はっ」
さらに場に重い空気が流れます。
セシリーちゃんとマリアさんも、黙ってことの成り行きを見守っている。
きっと二人だって、ナイジェルと国王を止めたいのでしょう。
だけど──ナイジェルと国王の意志を尊重した。
それは王族としての誇りであり、覚悟なのかもしれません。
みなさんが息を呑む中、国王がゆっくりと口を開き──。
「そなたには一ヶ月の謹慎処分を下す」
驚いたのか。
ナイジェルが目を見開き、前のめりになってこう反論する。
「そ、それはどういう意味ですか? 王位継承権剥奪は……」
「無論、そなたに儂の後を継いでもらうという考えは変わらん。剥奪などもってのほかだ」
「そ、そんな……」
ナイジェルが愕然とする。
だけど──私とセシリーちゃん、マリアさんはほっと胸を撫で下ろしていました。
一ヶ月の謹慎処分──王位継承権剥奪のことを考えれば、あまりにも甘すぎる処分です。
とはいえ、ナイジェルは納得しません。
「……理解に苦しみます。一ヶ月の謹慎処分など、ただのちょっとした長期休暇ではないですか」
「最近のそなたは、少し気を張り詰めすぎている。ここらで一度、休むのも大事だ」
「し、しかし……! それでは民が納得しません! 国がなくなってしまうかもしれない判断を下したのに──それはおかしいです!」
「ナイジェルよ──」
食い下がるナイジェルに、国王は優しく語りかけます。
「とある一人の男の話をしよう」
「それが今とどんな関係が?」
「まあ、黙って聞け。この国にいる愚か者の話だ。
その男には昔、好きな女がいた。その女は美しく、そしてとても優しかった。他人のことを第一優先に考えていて、時には自らを犠牲にするような女だった。
その女も男のことを愛していた。そして二人はやがて、結婚を誓い合う仲になった。
しかし──二人の間には障害があった。それが身分の差だ。女は平民。一方の男はなんと、この国の王子だったのだ」
「それってもしかして──」
ナイジェルの言葉を遮って、国王はさらに続ける。
「周囲は二人の結婚を断じて認めなかった。しかしそれで二人の愛が冷めるはずがない。そこで二人は──駆け落ちして、別の国に行くことにしたのだ」
え、えー!?
叫びたくなる衝動を、ぐっと堪えます。
「その後はどうしたんですか?」
とナイジェルが問う。
「うむ……その時の大臣が血相変えて、男達を迎えにきた。しかしその時、男は言ってやったのだ。『この女との結婚を認めなければ、国には帰らぬ!』──と。
まあ、それからは色々あった。周囲の人に結婚を理解してもらうために、多大な時間を要した。
しかしその二人はその障害を乗り越えて、めでたく結婚して何人かの子どもも授かった。その中には女の格好をする息子や、野菜嫌いのちょっと困った娘もいる」
ふと隣にいるセシリーちゃんとマリアさんの顔を見た。
二人の口元には笑みが浮かんでいた。
「そして──前しか向かぬ、バカ真面目な息子もいた。しかもその息子は聖女とはいえ、平民と結婚した。これではまるで儂と同じではないか──と男が驚いたのは内緒だ」
「やっぱりそれって……」
「うむ。その男の話を踏まえ、儂はそなたにこう言いたい」
そして国王はこう告げた。
「──好きな女の一人くらい守れないで、なにが王だ! そんな器の小さい者に、儂は王位を譲るつもりはない!」
玉座の間に国王の声が響いた。
ナイジェルはじっと黙って、その言葉を噛み締めている。
「……ということだ。しかしよかった──ナイジェル。そなたは正しい選択をしてくれた。愛する人を見捨てるという判断を下したなら、その時は本当にそなたから王位継承権を剥奪していたぞ」
「……ありがとうございます」
ぐっと涙を堪えるように、ナイジェルは短く礼を言った。
「にぃに、よかったの! にぃにが王様になってくれないと、セシリーは嫌なの!」
「ほーんと、心配かけるお兄ちゃんね。あんたがいるから、あたしは王位を諦めたのよ。今更そんなことを言い出しても、あたし知らないんだからね」
セシリーちゃんとマリアさんも、そう祝福している。
一方の私は──ナイジェルの背中を見つめ、なにも声はかけない。
だって覚悟していたんですから。
彼以外にこの国を任せられない。それに彼の本当の苦労はまだまだこれからでしょう。
私がそれを隣で支える──って。
「うむ。では、もう一つの処罰を下そう」
と国王は咳払いをしてから、こう言った。
「そなたは大切なものを守るために、王となれ! 一つも取りこぼすな! それは険しい道だろうが、そなたならきっと出来る!」
「はい!」
そう返事をするナイジェルの声には、既に迷いはなかった。
原作小説4巻の発売日が明日となりました(早いところだと、もう並んでいるかも…?)
よろしくお願いいたします。、