164・当たり前なのっ!
──その瞬間。
この場には不釣り合いなほど、可愛らしい声が聞こえた。
「セシリー……ちゃん?」
「にぃにをイジめちゃ、めっ! なの!」
──セシリーちゃんがしっかりと目を開け、魔王を見据えていました。
しかしいつものセシリーちゃんとは違う。
彼女の体から莫大な魔力が溢れる。
それは光を放ち、この空間を満たしていった。
この神々しい魔力──まさか!
『──魔王よ。三度も世界を滅ぼそうとしますか』
この声──女神の声です。
彼女の声が、頭の中に響いてきます。
「女神様! これは一体どういうことでしょうか? いや──そんなことよりも、早く私に……」
『……すみません。あなたとの《道》が外されてしまっているせいで、完全に元に戻すためにはもう少し時間がかかります』
「で、でも! その時間で魔王に──」
『しかし──』
女神が私の言葉を遮って、こう続けます。
『堕天使ヨルには二つの誤算がありました。一つはナイジェルが魔王の力を使えたこと。そしてもう一つは──この空間に聖女としての素質を持った者が二人いたことです』
「まさかそれは……」
私が頭に浮かんだことを口にする前に、
「ぐっ……! なんだと……? どうして今代に聖女が二人もいる!」
ナイジェルの姿をした魔王が頭を抱え、その場でふらふらと浮遊している。
額からは脂汗。顔が真っ青になっていて、苦悶の表情を浮かべていました。
『では、私の方からも聞きます──聖女が二人いてはいけないと、誰が決めましたか?』
女神の真っ直ぐな言葉。
「セシリーちゃんが……聖女?」
「なの!」
セシリーちゃんが私の顔を見て、ぐっと拳を握ります。
「セシリーのにぃには、世界一カッコいいの! 悪いのは……にぃにから出ていけ!」
光がさらに拡散していきます。
セシリーちゃんのちっちゃな手が、私から離れます。
だけど私はちっとも不安にならず、安心して彼女を見送りました。
「やめろ、近付くな! 忌々しい力を、妾に向けるな!」
魔王がよろよろとセシリーちゃんから離れる。
だけど彼女は前に進むのを止めない。
その時──ナイジェルの両目から涙が零れ落ちる。
魔王が苦しみのあまり、涙を流しているのでしょうか。
でも──違う。
多分、これはナイジェル自身の涙。
頑張りすぎて、心の堤防が決壊して──涙が零れた。
「セシリーはいつも、にぃにからいーっぱい幸せを貰っているよ。だから今度はセシリーの番。セシリーがにぃにを助けてあげるね」
魔王の抵抗をもろともせず、セシリーちゃんは彼の体を抱きしめる。
「にぃに、疲れた時は休んだ方がいいの。にぃにはいつも頑張りすぎだから」
「があああああああ!」
魔王の咆哮。
光が爆散──周囲を白く染める。
そして視界が開けた時には、
「セ、セシリー……」
ナイジェルがセシリーちゃんに視線を落とします。
その目はもう赤く光っていません。邪悪な力も消失していました。
いつも通りの──ナイジェルです。
「セシリーが助けてくれたんだよね?」
「うん!」
そう言って、セシリーちゃんはナイジェルの体に顔を擦り付ける。
その笑顔はとっても幸せそう。
ナイジェルはそんな彼女の頭を優しく撫でます。
「ありがとう、セシリー。君は僕の自慢の妹だ」
そんなナイジェルに、セシリーちゃんは満面の笑顔でこう返しました。
「当たり前なのっ!」
書籍版4巻は8/2発売予定です。





