17・バレちゃいました
私はナイジェルに誘われて、ルーフバルコニーに出た。
「わあ……とても良い景色ですね!」
柵に手をかけ、私は街の風景を一望する。
雷の魔石を使い、夜でも安定的に灯りを灯す魔導具が出来てから、人々は夜でも困らずに活動出来るようになった。
そしてその魔導具で作り出すエネルギーのことを、人々は『電気』と呼ぶんだけど……夜も随分深くなってきたというのに、街のいたるところに電気の光が灯されている。
まるでダイヤモンドが街に散りばめられているようだ。
王都の夜景もキレイだが、リンチギハムはそれ以上なのかもしれない。
この夜景を見ていて、なんとなくそう思っていた。
私がリンチギハムの夜景に見とれていると、
「どうだい? これが僕の愛すべき街、リンチギハムだよ。ここに至るまで時間がかかったけど、市民の協力のおかげで発展することが出来た。なかなかのもんだろう」
とナイジェルが誇らしげに言った。
「ええ、その通りですわ。とてもキレイ」
「エリアーヌにそう言ってもらえて、僕も嬉しいよ」
ナイジェルが私の隣に立つ。
憂いを帯びた横顔は、女の私から見ても惚れ惚れするくらいだ。
こうして隣り合っているだけでも、私は心臓の鼓動が高まっていくのを感じた。
「エリアーヌ。隣国であるベルカイム王国には、こういう伝承があることを知っているかい?」
ドキッ。
王国の名前が出されて、驚いてつい飛び跳ねてしまいそうになった。
「伝承ですか? それはなんでしょう」
私は平然を装いつつ、ナイジェルに問いかける。
「王国には『聖女』がいる」
ドキッ、ドキッ。
「聖女?」
「うん。その聖女は結界を張り、邪悪なものが王国に近付いてこないようにしているらしい。聖女のおかげで王国は繁栄を続けて、この大陸……いや世界でも有数の大国となったと」
「聖女ですか……聞いたことありませんね。ただのお伽噺みたいなものではないですか?」
お年寄りは、王国に伝わる聖女のことを知っていると思うが、若い人達の間ではあまり伝わっていないのだと聞く。
『聖女なんていうものは最早形骸化したものであり、国全体に結界を張るなんて所業は誰にも出来ない』
……なーんて思われているそうなんだけど、もちろんそんなことはない。
しかもまさかナイジェルがそれを信じているとは思ってもいなかった。
私は動揺を悟られないようにしつつ、ナイジェルの話に耳を傾ける。
「さらに聖女には『治癒』の力がある。ありとあらゆる病気や怪我を癒し、人々を守ってきたと。女神の加護を授かった聖女は美しく、長年人々は聖女様を慕ってきたと」
「め、迷信でしょう。そんなお方いるわけないですわ」
え、えー!
なんでいきなりナイジェルは聖女の話をし出したの!?
もしかして……。
「なあ聞かせてくれ、エリアーヌ」
彼は私の顔をじっと見つめ、
「君がその『聖女』なんじゃないか?」
と問いかけた。
「——っ!」
一瞬息が詰まりそうになる。
ど、どどどどうしましょう!?
フェンリルのラルフちゃんの一件ではなんとか誤魔化せたと思っていたが、やはりナイジェルは気付いてたのかしら!?
すぐに「そんなことないですよー」と返そうとしたが、上手く口が動かせない。
そんな私の反応を見て、ナイジェルは溜息を吐き、
「……はあ。その様子だったら図星のようだね」
と続けた。
「そ、そんなこと……」
「もう誤魔化す必要はないよ。そもそもエリアーヌに出会ってから、リンチギハムに至るまでの道のりもおかしかった。ほとんど魔物に出くわさなかった。こういうこともあるかと思っていたが……あの周辺は魔物が多く棲みつくと言われている。あの時もきっとエリアーヌは、僕達に結界を張ってくれたんだろう?」
あちゃー……仕方のないこととはいえ、やっぱり裏目に出ちゃったか。
あの時。
本当は一体たりとも遭遇させないことも可能だったが、さすがにそれはバレると思ったので、弱い魔物くらいなら近付く程度の結界を張ったのだ。
「さらにベヒモスに襲われて、傷ついた僕達を癒した治癒魔法。フェンリルのラルフを完治したことも、あれだけの治癒魔法を使える治癒士。あまりにも規格外すぎる」
「た、確かに実は私は治癒士としてかなり優秀な部類です。そのことを隠していたのは謝ります。でもそれだけで……」
「エリアーヌ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ナイジェルの両目が私に向く。
吸い込まれてしまいそうな瞳だ。
彼に見つめられ、私は有無を言えなくなっていた。
「それだけじゃないんだ。悪いけど、君の素性も調べさせてもらった」
「お、乙女のプライバシーを暴くなんて、なかなか良い度胸していますのね」
「今回は急を要したからね。もし君が本当に聖女ならば、ベルカイム王国とリンチギハムが衝突してしまうかもしれない。そうなったなら戦争だ。僕は民を統べる王族でもある。あまり勝手な真似は出来ないんだ。勝手に調べたことは申し訳ないと思うが、どうか許して欲しい」
ナイジェルが深く頭を下げる。
だけど。
「そ、そんな謝らないください! 良い度胸だなんて……ただの冗談ですから。私みたいな怪しい人、素性を調べるのも仕方ないですよ! それが王族として当然の行為です」
と私は慌てて、ナイジェルの頭を上げさせた。
「許してくれてありがとう」
しかし彼の追及は止まらない。
「君の素性を調べたらビックリしたよ。なにも出てこないんだから」
「…………」
「いくらなんでも、これはおかしい……というわけで僕は君のことを聖女じゃないか? と思ったわけだ。なあエリアーヌ、教えてくれ。僕のため……そしてなにより、この国のために」
……これ以上嘘を吐くわけにはいきませんわね。
「分かりました。私は確かに王国の聖女でした」
「や、やはり……!」
私が観念して白状すると、ナイジェルは目を大きくした。
「どうして王国の聖女があんなところで?」
「それは……」
私はナイジェルに事の経緯を説明した。
クロード王子に国外追放&婚約破棄を言い渡されたこと。
聖女を辞めて、自由気ままに生きようとこの国を目指していたこと。
嘘を吐くことも出来た。だけどこの人には嘘を吐きたくなかったら……。
包み隠さず、ナイジェルに私のことを伝えた。
「な、なんてことだ……! 一体ベルカイムの王子はなにを考えているんだ! こんな偉大な力を持った聖女様を追放するなんて! しかも婚約破棄だと!?」
ナイジェルは私の話を聞いて、とても怒ってくれているようであった。
私は彼がこんな反応をしてくれただけでも、嬉しかった。
でも。
「騙していたことは謝ります。すぐにこの国から出て行きます。この国に迷惑をかけたくありませんから」
今度は私が謝罪する。
さーて、まいったぞ……せっかく落ち着ける場所を見つけたと思いましたのに、出て行くことになりそうだ。
次はどこに行こう?
次でも聖女とバレたら……また出て行くことになってしまうだろう。
しかしどちらにせよ嘘を吐いて生活することになる。人々を騙すことになるのだ。
もしかして……私の居場所なんてものは、この世界に存在しないのだろうか?
「……エリアーヌはこれからどうしたいんだい?」
途方に暮れている私に、ナイジェルがそう質問する。
「私は……落ち着ける場所を見つけたい。贅沢なんて出来なくてもいい、貧乏でもいい。ただ心安らかに落ち着ける場所が欲しい……です」
「それはリンチギハムだったらダメなのかい?」
「もちろんリンチギハムが一番です。でも……私がここにいると、迷惑がかかるかもしれませんから」
クロードとは縁が切れている。
今更どうこう言ってくることはないし、文句を言われる筋合いもないのだが……それでもあちらが因縁を付けてくる可能性もあった。
「……ならエリアーヌ、ここにいればいいさ」
「え?」
思わぬ言葉に、私は聞き返してしまう。
「リンチギハムの王室に伝わる言葉がある。
『困っている民がいれば手を差し伸べよ。どのような困難が待ち構えていようとも、困っている民を簡単には見捨てるな』
……と。
それなのに困った女の子を見捨てるなんて真似、バレたら市民にも父上にも怒られてしまうよ」
「で、でも私はリンチギハムの民ではありませんし」
「父上は君に住むところを用意すると言っていただろう? だったらもう僕達の仲間さ」
なんだろう……こんなに優しくされたことは久しぶりで、泣いてしまいそうだ。
「君が逃げ出したならともかく、あちらが君を一方的に追放したのだろう? だったらなにも言われる筋合いはない」
「で、ですが……」
「一人の聖女も受け入れられないくらい、リンチギハムが度量の狭い国だと思うかい?」
「……そうは思えません」
「だろ? だったらここにいればいい。もちろんこれから君の言葉の裏は取らせてもらうつもりだし、陛下にだけはこのことを伝えるつもりだ。それだけは許しておくれ」
王子として当然の行動だ。
私が嘘を吐いている可能性もあるのだ。
それにさすがに国王陛下に伝えておかなければ、不測の事態に対応出来ないこともある。
「それはもちろんのことですわ」
「良かった」
「でも……本当に私、この国にいてもいいんですか? 迷惑ではありませんか?」
「迷惑? 迷惑なんてことはないよ。それにここからは個人的な話だが……」
ナイジェルはより一層真剣な顔をして、こう告げた。
「君ともっと一緒にいたい」
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