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160・闇の力よ。この手に宿りたまえ

 急にそれは起こりました。


「あれ……?」


 今まで動けなかったというのに──その感覚が急になくなった。

 床に放り出される。

 それは近くのセシリーちゃんも同じだったよう。私はすぐに彼女に駆け寄ります。


「セシリーちゃん! しっかりしてください!」


 そう呼びかけるが、セシリーちゃんは目を瞑ったまま。

 でも……やっぱり息をしている。命には別状がないようです。


「一体なにが……」


 私が戸惑いを感じていると、



「エリアーヌ!」



 そんな声と共に──この空間に一人の男が現れました。

 ナイジェルです!


「大丈夫? 怪我はない?」

「ええ、おかげさまで」


 私を気遣うナイジェルに、そう伝えました。

 すると彼は安心したようにほっと息を吐く。


 だけどまた真剣な顔つきに戻り、


「あれが──《白の蛇》なのかい?」


 と半透明の壁の向こう側にいる《白の蛇》を見上げて、そう口にした。


「はい」

「あれが全ての元凶。あれさえなんとかすれば、エリアーヌとセシリー……それにリンチギハムも無事なわけだね」

「ええ、文句なしのハッピーエンドです。しかし……」


 私はそう表情を曇らせる。


《白の蛇》を倒せば、リンチギハムは消滅する。

 一方、私が死ねば《白の蛇》は活動を停止、今リンチギハムで起こっている大切なもの消失事件も幕を引きます。


 となると──私がすることは一つ。


 覚悟を決め、ナイジェルの顔を見た時──突如として、私達を囲っていた壁が音を立てて壊れた。


「エリアーヌ! 僕の手を!」


 左手でセシリーちゃんの手を。そして右手でナイジェルの手を強く握り返します。

 水が私達のところまで雪崩れ込んでくる!


 だけど……。


「息が出来る……?」


 不思議なことに、水の中に入った時と同じような浮遊感はあるものの、息苦しくはありません。


「水ではないということでしょうか」

「そうみたいだね。まあヨルの言葉を信じるならここは神界。なにが起こってもおかしくないんだろう」

「そうです……! ヨルは一体どこに? 彼ならなにかを知って……」

『僕ならここだ』


 ナイジェルに問いかけると、代わりに天上から声が降り注ぎます。

 ヨルの声です。


「まだ……生きていたんだね」

『当たり前だ。あの程度でトドメを刺したと思っているなら、とんだ笑い種だ。もっとも──姿はもう保てなくなっているし、この魂も直に消えるだろう。僕からお前等に、もうなにも出来ない。しかしその前に──』


 とヨルはこう言葉を続ける。



『大切なものが消滅する光景──観覧させてもらうぞ』



 その瞬間でした。

《白の蛇》がくねくねと体を動かし、私達に迫ってきます。


「エリアーヌ! こっちへ!」

「はい!」


 ナイジェルとセシリーちゃんの手を、さらに強く握った。

 私達は息が出来る水の中を泳ぎながら、《白の蛇》の突進を回避する。

 しかし《白の蛇》は旋回。再び私達に襲いかかる。

 とはいえ。


「攻撃自体は大したことがないね」

「ですね。しかし……」


 こちらから攻撃を加えることは出来ない──何故なら、下手をすれば《白の蛇》を倒してしまうことに繋がってしまうのですから。


「この空間から脱出することは出来ないんだろうか? そうすれば……」

『無駄だ』


 私達の希望を打ち砕くかのように、ヨルはこう告げる。


『女神の力を行使すれば、元の世界に戻ることも可能だろうがな。しかしエリアーヌはこの空間にいる限り、聖女としての力を使えない。さて、どうする? お前達はなにを捨てる?』


 絶望的な状況。

 ヨルの問いかけの真の意味も、私には理解出来ました。


「ナイジェル、聞いてください」


《白の蛇》から逃げながら、私は彼に伝える。


「私の魔力──そして命は現在、《白の蛇》と直結されているようです。すなわち、私が死ねば《白の蛇》の寿命は自動的に潰えます」

「うん、そんなことをヨルからも聞いたよ。だけど……」

「しかし──私は自死することが出来ません。お願いです、ナイジェル」


 すうーっと息を吸って、私はこう続ける。



「ナイジェル──私を殺してください」



 ──私が死ねば、リンチギハムは救われる。

《白の蛇》の寿命が尽きることにより、今まで失われてきた大切なものも元の場所に戻ります。


「私は──自分の命を惜しむつもりはありません」


 思えば──私はずっとずっと前から、こんな時がいつかくるのではないかと予想していました。


 聖女は世界中の人々を幸せにする使命を帯びている。

 そしてお母さんが亡くなって、聖女としての力に覚醒してから──その覚悟は出来ていた。


 これは聖女としての最後の仕事。

 私の命を犠牲にし、みなさんを救う──。


 だけど。


「ダメだ」


 とナイジェルはきっぱりと言い放つ。


「で、ですが……っ!」

「君自身はどうなんだ。聖女としての使命や覚悟は別にして──君はもっと生きていたいんじゃないのかい?」


 本当は死にたくありません。

 そんなのは当たり前です。


 だって──もっともっとナイジェルと一緒にいたい。


 ラルフちゃんをもふもふしたい。アビーさんとガールズトークをしたい。ドグラスに美味しい料理を作ってあげたい。


 セシリーちゃんと──また一緒にお出かけしたい。


 しかし命を惜しんだばかりに、私の大切な人がいなくなることは──恐怖でした。


「一つ──考えがあるんだ」


 私が口を開くよりも早く。

 ナイジェルは私の手を繋いでいるものとは逆側の手で、剣を抜きます。


 精霊王フィリップから頂いた、大事な神剣です。

 私達はこの神剣で魔王を打倒し、それによって世界に平和をもたらしたのです。


「ナイジェル……なんのおつもりですか?」


 まさか──それで《白の蛇》を倒そうと!?


「それはいけません! そんなことをすれば……」

「ううん。違うよ」


 ナイジェルは首を左右に振り、神剣を高くかざした。



()()の闇の力よ。この手に宿りたまえ」

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