156・ハッピーエンド以外は許さない
エリアーヌとセシリーを見つけるため、城内を奔走していると……。
「フランツ……」
マリアと数人の騎士に連れられて、こちらに歩いてくるフランツの姿が見えた。
フランツは僕を見て、顔を歪ませる。彼の視線からは、僕に対する明確な憎しみが感じ取れた。
一方、マリアは「しまった」と言わんばかりに顰めっ面をする。フランツを僕に会わせたくなかったのだろうか。
しかしこれは僕がきちんと向き合うべき問題だ。逃げてはいけない。
「ダメね。この子はほとんどなにも知らないみたい」
マリアがフランツを一瞥して、首を横に振る。
「どうやら、エリアーヌとセシリーのぬいぐるみを作った人形師が今回の黒幕みたい」
「人形師……確かフランツが雇った子だったね。名前はヨルだったかな? 彼はどこに……」
「それはフランツも知らないみたいよ。他の人達が捜索してくれているけど──そんな簡単な場所に隠れているとも思えないし、時間はかかるでしょうね……」
マリアが表情を暗くする。
「で……他になにか知っているかもしれないから、今からこの子を尋問にかけるわ。それでいいのよね?」
「ナ、ナイジェル! 許してくれ。ぼくっちはなにも知らなかったんだ。なあ? ぼくっち達、親友だろ? 親友を尋問だなんていう酷い目に遭わせるつもりなのか?」
縋るような目線でフランツが僕を見る。
しかし。
「……分かった。連れて行ってくれ。損な役回りをさせて申し訳ない」
フランツを見る目を強いものとして、僕はそう言い放った。
「……おっけーよ」
とマリアが頷く。
「ま、待ってくれ!? ナイジェルと話をさせて──」
フランツが抵抗するが、マリアが彼の尻を軽く蹴る。他の数人の騎士も、フランツを両脇から抱えて、僕の前から去っていった。
フランツが全ての元凶じゃなかったにしろ、彼が間接的にエリアーヌとセシリーを危険な目に遭わせたのは事実だろう。
少しでも彼女達の情報が得られる可能性があるなら、僕は悪魔にでもなろう。
それにマリアなら、加減も心得ているだろうしね。
とはいえ。
「エリアーヌとセシリーのいる場所に行くための《入り口》は相変わらず見つからず……か」
自分の不甲斐なさにイライラする。
本当は今すぐにでも、壁に拳を叩きつけて感情を発散したい。
しかし……どうしても出来なかった。
──僕はいつからこうなんだろう。
学生時代?
いや、ずっと昔からだったと思う。
「……まあ、こんなことを考えていても進展はしない。僕はやっぱりフランツのところに──」
と足を動かそうとした時であった。
『ナイ……ジェ──っ』
頭の中に声が響いてきた。
「この声は!?」
僕は集中し、その声に耳を傾ける。
間違いない──女神だ。
『……時間は……ない。無理──エリアーヌ、セシリー……』
女神の加護が付与されていない状態で、今まで彼女の声が聞こえたことはない。それでも女神が精一杯の力を振り絞って、僕と交信しようとしてくれたのか。
そのことを裏付けるように、彼女の声は途切れ途切れ。
いつ声が掻き消えても、おかしくなかった。
だから僕は端的にこう質問する。
「……エリアーヌとセシリーはどこにいる?」
『……よく聞いて。二人は……攫わ……蛇──神界』
二人は攫われた? そして二人とも、《白の蛇》がいる神界にいるということを僕に伝えたいのだろうか。
女神の声から、それを即座に判断する。
「頼む! 僕を二人のところへ連れて行ってくれ! そのためなら、僕はどんな代償を払っても構わない!」
『……すぐに……エリアーヌ、セシリー……のぬいぐるみを──』
そこから語られる女神の話。
彼女の声はひどく聞き取りづらかった。
しかしその断片的な情報をかき集めると、一つの事実が浮かび上がってくる。
二人のところに行くためには、エリアーヌとセシリーのぬいぐるみが必要だ。あれが《白の蛇》がいる場所に行くための《入り口》となっているらしい。
《入り口》は既に閉じられてしまっている。しかし女神の力をもってすれば、一回限りで無理矢理こじ開けることが可能。
とはいえ、入れるのは一人が限界。神界に行っても、戻れる保証もない──ということだった。
それでも。
「構わない。エリアーヌとセシリーがいない世界なんて、僕には耐えられない。女神様、どうか僕を二人のもとへ連れて行ってくれ」
『分かり……二人のぬいぐるみを……』
声がさらに小さくなっていく。限界が近いようだ。
それでも最後に、女神は僕にこう問いかけた。
『──どうするつもり?』
──と。
その質問の意味、そして深刻さを僕は誰よりも知っている。
だからその問いに答えられなかった。
「……考えている場合じゃないね。なんにせよ、早く僕の部屋に戻らないと」
二人のぬいぐるみは、僕の部屋に一時的に保管しているからだ。
「女神様が言おうとしたことも分かる。だけど僕は──」
そう言って、走り出そうとした瞬間──今度は割れるような頭痛が襲った。
「……っ!」
まただ。
ここ数日感じていた、強烈な頭の痛み。
すぐに部屋に戻らないといけないのに、痛みに耐えかねてその場で膝を突いてしまう。
さらに次はこんな声が聞こえてきた。
〈白は黒で塗りつぶしてしまえばいい。貴様はその手段を既に持っている〉
──分かった。
前々から、どこかで聞いたことのある声だとは思っていたんだ。
いや、正しくは僕が聞いたのは声ではない。悲鳴のようなものだ。だが、声であることには変わりないだろう。
「君は……」
〈ようやく気付いたか。なら──貴様に聞いておきたかったことがある。貴様はなにを捨てる?〉
声の主は僕にそう語りかける。
そう──先ほど、女神が言おうとしたことにもこれは繋がってくる。
《白の蛇》を倒してはいけない。そうすれば神罰が下る。
かくなる上は《白の蛇》を強大な力で作り替えること。
しかしそんな力に心当たりはない。
こんな状態で仮にエリアーヌ達の元に行って、なにが出来るのか──女神はそう聞きたかったのだろう。
さっきはすぐに答えを出せなかった。
だが、不思議なことに──今なら答えることが出来る。
きっとそれは本心を伝える必要があったから。
「僕は──」
僕の答えを声の主に伝えた。
するとその者はひどく退屈しきったような声で。
〈つまらん。嘘でもいいから、妾を退屈させないような答えを言えばいいというのに〉
「薄っぺらい言葉じゃ、君に見透かされてしまうだろう?」
〈違いない〉
声の主は愉快そうに笑った。
〈まあ、なんにせよつまらない答えであったことは事実だ。言っておく──貴様の目論みは失敗する。このままでは貴様は大切なものを両方とも失うことになるだろう。覚悟しておけ〉
それを最後に──声は聞こえなくなった。
頭痛もおさまり、僕はエリアーヌとセシリーのぬいぐるみを用意するため、自分の部屋へ急いでいた。
すると前の方から一人の男が歩いてくる。
「ドグラス」
彼の名前を呼ぶ。
僕とドグラスは立ち止まり、お互いの目を真っ直ぐ見つめる。
「ナイジェルか。そちらはどうだ? 我は──」
「大丈夫、二人なら見つかった。これから僕は二人を助けにいく」
そう言うと、ドグラスは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに柔らかく微笑んだ。
「そうか……それはよかった」
そして少し迷った感じで。
「どうする。我の助けは必要か?」
「ありがとう。でも僕一人で決着をつけたいんだ」
「……分かった」
ドグラスは短く答える。
交わす言葉は短くてもいい。
どれだけ言葉を交わしても、僕達が紡いできた絆には及ばないからだ。
「先日、我が汝に問いかけた答えは見つかったか?」
「うん、それも見つかったよ。でも──これは間違った答えなのかもしれない」
「間違った答えでも、それは汝自身で見つけたものなのだろう? ならば我はなにも言わぬ」
とドグラスは口にしてから、ゆっくりと歩き始める。
僕も再度、足を動かす。
「そうだ──その目だ。今の汝は良い目をしておる。そういう目をしていたなら、我も最初からエリアーヌを安心して任せていたというものよ」
「ドグラスのおかげだ。君がいるから、僕は安心して戦える」
「ガハハ、当たり前だ。我は最強の種──ドラゴンだからな。友の背中を守るくらい、容易いものだ」
そして擦れ違い様。
ドグラスは僕の肩をポンと叩く。
「男というのは誰しも、惚れた女の理想の王子様であろうとする。骨は拾ってやる。存分に暴れてこい」
「ああ」
そう返事をして、僕は走り出した。
もう迷わない──。
これがどのような結末になろうとも、僕は大切な人を守りにいくだけだ。
今まで暗雲がかかっていた頭の中が、嘘のようにすっきりしていた。
最後に──。
ドグラスの声が後ろから聞こえてきた。
「今回の我はただの脇役ということか。せっかく主役を譲ってやったのだ。ハッピーエンド以外は許さぬからな」





