152・《入り口》の居場所
「結局手がかりは見つかりませんでしたね……」
自分の部屋に帰ってきて。
開口一番、私はそう独り言を呟いた。
「《白の蛇》を作り替える方法。それに《白の蛇》がいる場所まで行くまでの《入り口》……なにもかも見当が付きません」
焦りは禁物。
だけどいくら自分にそう言い聞かせても、落ち着けなかった。
その時──ベッド脇に置かれた、セシリーちゃんのぬいぐるみが目に入った。
私はそっとそれを手に取る。
「セシリーちゃん……もう一度、私と一緒に遊びましょうね。私、諦めませんからっ!」
セシリーちゃんのぬいぐるみを見ながら、そう強く言葉にする。
──あっ。
その時、私は気付く。
『まさかこんなところにあっただなんて……』
それは女神も同じだったみたい。
「女神様」
『はい──間違いありません。そのぬいぐるみが《入り口》となっていたのです』
と女神は、はっきりと断定する。
そう──セシリーちゃんの部屋にも、私の形をしたぬいぐるみがあった。そしてそれは地面に無造作に放置されていた。
今思えばおかしかったのです。
部屋はいつも通りだったのに、どうして私のぬいぐるみだけが床に転がっていたのでしょうか。
セシリーちゃんが片付けるのを忘れた?
いえ、なら他のものが散らかっていてもおかしくありません。
つまりあのぬいぐるみが、セシリーちゃんの部屋にとって明らかに異質。
「……セシリーちゃんがいなくなったせいで気が動転してしまい、それに気付くのに遅れてしまいました」
ですが、《入り口》が見つかったとならば、話は早い。
「今すぐ《白の蛇》のところに……いえ、その前にナイジェルを呼びにいきましょう。私一人では対処出来ないかもしれませんから」
そう言って、部屋から飛び出そうとした──その時でした。
「動くな」
唐突な声。
振り向くと、そこには白装束の男の子がいた。
それを見た瞬間──私は彼が人間ではないことを一瞬で見抜く。
「……何者ですか? こんな神々しい魔力、精霊さんを見た時でも感じたことがありません」
「ほほお、やはり一目見ただけで看破するか。やはり今まで、お前の前に姿を現さなかったのは正解だったようだ」
彼が何者かは分かりません。
しかし──ここまで気配を消して、私の部屋に入ってきました。只者ではありません。
それにこのタイミングで姿を現すということは、セシリーちゃん消失事件に関係しているはず。
だから私はそれ以上問いを重ねる前に──すかさず大声を発しようとする。
しかし。
「だから勝手に動くなと言っただろう。人間どもの間では、喋るのは動くことの範疇に入っていないのか?」
彼が私に掌を向ける。
その瞬間──体が石のように動かなくなってしまった。
「くっ……!」
「無駄だ。念話で助けを求めようとしているのか? 悪いが、この部屋に結界を張らせてもらった。あのドラゴンに助けを求めることは不可能だ」
彼は淡々とそう口にする。
『ここまで先手を取られるとは──エリアーヌ、気を確かに持ってください。あなたほどの人なら、強く念じればこれくらいの拘束は外すことが出来ます』
その通りです。
彼は私のことを舐めているのでしょうか? ならば、油断させたままにしておく方が好都合でしょう。
私は悔しそうな表情を崩さないまま、密かに拘束──おそらく魔法かなにかでしょう──を解こうとすると、
「いいのか? それ以上、お前が余計なことをすると、あの娘の命はないぞ」
彼の言葉に、私は動きを止める。
「あの娘……もしかして、セシリーちゃんですか!?」
今この状況でそう言うってことは──彼女としか考えられないのですから。
彼は表情を変えず、まるであらかじめ決められていた台本を読むかのごとく、こう続ける。
「やはり……いくら《入り口》を近くに置いておいたとはいえ、お前を無理矢理神界に連れ去るのは不可能なようだ。厄介な神が、お前の近くに付いているからな。彼女を人質に取って正解だった」
厄介な神──女神のことでしょうか。
そして彼女というのは、もちろんセシリーちゃんのことでしょう。彼女を人質に取った……姑息な手段です。
私の中に怒りが湧いてくるのを感じた。
「答えなさい。あなたがセシリーちゃんを神界に連れて行ったのですね。そして──彼女を今すぐ返しなさい!」
「なに、心配する必要はない。今からお前も同じ場所に連れて行ってやる──お前がおとなしくしていればな」
『いけません、エリアーヌ。これは罠です。今はナイジェルに助けを求めるべきです』
「で、でも……」
そうすれば、セシリーちゃんがどうなってしまうか分かりません。
罠だというのは重々承知。
でも──だからといって、私はセシリーちゃんを見捨てることが出来ません。
だって彼女にはたくさんの幸せを貰ったのだから。
そしてこれから先は、私がセシリーちゃんを幸せにする番なのですから──。
「……分かりました。ですが、セシリーちゃんに指一本触れてごらんなさい。私は──舌を噛んで死にます」
「くくく、まさかそこまで気付いているとはな。ほんわかしているだけの娘だと思っていたが、随分聡いようだ」
初めて、ヨルが無表情のまま笑いを零す。
それはまるで人形から声が出ているだけのように見えて、不気味でした。
「では行こう。安心しろ。お前は生かしてやる。そうしなければ、僕の野望が実現出来ないのだから」
ヨルが指を鳴らすと──目の前が真っ白になる。そして続けて、どこか別のところに飛んでいくような感覚が走った。