149・荒れるフランツ
一方その頃、ウルマモズ商会本部では……。
「どうしてだ! なんで上手くいかない!?」
フランツは机に拳を叩きつけ、そう怒号を上げた。
部屋は散々たる惨状である。床には書類や本が散乱としており、足の踏み場を見つけるのも難しい。
「フランツ様、どうされたのですか? 最近のあなたはおかしい」
部下の誰もがフランツに近寄らず、嵐が過ぎ去るのを待っている一方──人形師ヨルは冷静にそう問いかける。
「おかしい? ふんっ、お前にぼくっちのなにが分かるってんだ。たかが人形師風情のお前には関係がないだろう」
「……そうですか。失礼しました」
そう言って、ヨルは口を閉じる。大方、好奇心で質問してみただけだったんだろう。
(こいつは本当に不気味なヤツだな。人形師としての腕がなければ、二度と会いたくない)
フランツは息を整えながら、今までのことを思い出す。
(だが……こいつの指摘もあながち間違いではない。最近のぼくっちは少しおかしい)
今まで順風満帆だったフランツ。
しかしそんな彼は、生まれて初めて窮地に立たされていた。
どんな新商品を出しても、思うように売れない。それどころか赤字を垂れ流す不採算事業となって、ウルマモズ商会を苦しめていた。
見どころのある新興会社に投資もしてみた。しかし投資した会社が、まるでタイミングを計ったように潰れていく。そのため、ろくに投資も回収出来ない。
それらの赤字を取り返そうと行動するが、それらが全て裏目。さらに赤字が膨らんでいく。
完全な悪循環だった。
(しかもこうなった途端に、女どももぼくっちから離れていく。なんて現金なヤツ等だ!)
周りにあれだけいたフランツのガールフレンド達が、彼からお小遣いを貰えなくなった途端に、目の前から去っていく。
金の切れ目が縁の切れ目とは、まさにこのことだった。
──どうして急に上手くいかなくなったのか。
それはフランツが、ナイジェルを見返そうと思い成果を急いだから──というのは彼自身も自覚していた。
それを思うと、ナイジェルへの憎しみがさらに増大していった。
「このままではまずい……そろそろお父さんの堪忍袋の緒も切れる頃だ」
ウルマモズ商会のトップは無論、フランツの父だ。
彼はたとえ相手が息子だろうが、容赦がない。
フランツが失態を犯し続けていることは、当然知っているだろう。
いつ責任を取らされ、幹部から外されるのだろうか……とハラハラし、フランツはろくに夜も眠れなくなっていた。
「おい、ヨル」
「なんでしょうか?」
ヨルが直立不動のまま、声の調子を変えずに返事をする。
「今日、お前を呼び出したのは他でもない。あの聖女人形を売り出そうと思ってね。あれは間違いなくヒットする! 大量に作れ!」
しかしヨルは溜め息を吐いて、憐れみを込めた視線でフランツを見る。
「あれは量産出来るものではありません。そもそもそういう目的で作ったものではないでしょう? 本来の目的を忘れたのですか?」
「な、なんとかするんだ! そうだ、人を雇えばいいじゃないか。必要経費だ。それくらいの金なら、お父さんから引っ張ってこられる」
「無理です。あれは私にしか作れないのですから」
そう断定するヨル。
一切表情を変えないヨルを見ていたら、フランツはさらに腹立たしい気分になった。
「ちっ……! お前、あれは本当に効果があるんだろうな!? ここまでして、効果がなかったらタダじゃ──」
「ええ、問題ありません」
淀みない口調。
それは確固たる自信を持っているようであった。
ゆえにフランツはそれ以上なにも言い返せない。
「くそがっ! そもそも効果が現れるのが遅すぎなんだ。どうせ作るなら、最初からもっと即効性のあるものを作れ!」
「仕方がありません。そういうものも作ることが出来ますが、そうすればナイジェル殿下と聖女に気付かれてしまいます。それに──あなたは自分のことで精一杯で気付かれていないようですが、既に効果は出ている」
「本当か……?」
「はい」
ヨルの口元がニヤリと歪んだ。
「時は満ちました。なにも心配する必要はありません。神の導きのまま、進めばいいだけなのですから──」
◆ ◆
朝──けたたましいノックの音で目が覚めました。
「ふぁ、ふぁあい?」
欠伸をしながら立ち上がり、ゆっくりと扉を開ける。
「エ、エリアーヌ様!」
すると──ものすごい勢いでアビーさんが部屋に入ってきて、私の両肩を強く掴んだ。
「ど、どうしたんですか? こんな朝早くから……」
「すみません……不躾だとは重々承知しています。しかしいち早くエリアーヌ様に伝えなければならないと思い……」
「……なにが起こったんですか?」
並々ならぬ雰囲気を感じ取り、私は冷静に問いかける。
彼女の表情を見ていたら、眠気なんてすぐに吹き飛んでしまいました。
アビーさんは何度か深呼吸をしてから、こう口を動かす。
「セシリー様が──消えてしまいました」





