147・邪神《白の蛇》
『これは──《白の蛇》の仕業です』
聞き慣れない単語に、私は首をひねる。
「それはなんなのでしょうか?」
『私と同じく、神として世界を守る役目を担った存在です。ですが、《白の蛇》は私とは少し性質が違います。神は神でも──《白の蛇》は邪神と呼ばれる存在です』
「邪神──」
本で読んだことがあります。
そもそも神というのは、人間にとって必ずしもいい存在ではない。
たとえば、害虫がいなくなれば喜ぶ人は多いでしょう。だけどそれがいなくなると、害虫を餌として食べていた鳥や魚達は困ります。
だからこそ、女神はこの世に顕現して、直接力を発揮することはありません。そうすれば、世界のパワーバランスを大きく崩してしまう恐れがあるからです。
なので私──つまり聖女のような代行者に力を授け、その者に全てを託すわけですね。
その中でも邪神というのは……。
「人々にとって、有害な存在──そういう存在が邪神と呼ばれる。確かそうでしたね?」
『その通りです』
「では、その邪神はどのような力を持っているのでしょうか?」
そう質問すると、女神は少し困ったような口調でこう口にした。
『……《白の蛇》は神々の中でも謎の多い存在とされています。ですが──分かっているのは、物体を消す力に長けているということです。
そして……ここに残っている魔力を見て確信しました。この神聖味の帯びた、独特な魔力。何千年以上も前に、同じものを見たことがあります。《白の蛇》です。
ここの時計台だけではなく、この事件の一連に《白の蛇》は大きく関わっていることでしょう』
「そうだったんですね……」
かなり信憑性の高い情報。
まさか邪神まで関わっているなんて──。
ベルカイムの王都に魔王が封印されていると話を聞いた時──いいえ。それ以上の嫌な予感を抱きました。
「あの、女神様。この事件を解決するためには、どうすれば──」
と私が問いを重ねようとした時──それは急に起こりました。
「お、おい! 店の看板がなくなっちまったぞ! あれは先代から受け継いできた大切な看板なんだ! それがなくなるなんて……」
「さ、財布がない!? おい、お前が取ったんだろう? 早く出しやがれ!」
「そんなもの知らない! ……ああ! オレの財布もない!? お前こそ早く返せ!」
広場にいた人達が、より一層騒ぎ出します。
どうやらここにいるみなさん、時計台と同じように大切なものがなくなってしまったようです。
中には疑心暗鬼になって、他人に疑いをかけてる人もいます。
──ぞっ。
全身が凍るような寒気。
「セ、セシリーちゃん!」
慌ててセシリーちゃんを呼びかけると……、
「どうしたの、お姉ちゃん?」
と彼女はきょとん顔で、私を見上げた。
よかった……。
どうしてか分かりませんが、セシリーちゃんが一瞬いなくなってしまったような感覚に陥ったのです。
でもそれは杞憂に終わったようで、ほっと一安心──といきたいところですが、今は心にそこまで余裕がありません。
『《白の蛇》が暴走しています──』
女神は辛そうにこう続ける。
『エリアーヌ──これはもはや、あなた一人で抱え込むには、あまりに大きすぎる問題です。ナイジェルにも協力を仰ぎましょう。彼の元へと急いでください。話はそれからしましょう』
「分かりました!」
でもその前に……!
私は広場にいる人々に、大きな声でこう訴えかけます。
「みなさん、安心してください! この事件、私とナイジェルが必ず解決してみせます! だから今は他の人を疑ったりしないでください。私を……信じてください!」
すると周囲は、急速に落ち着きを取り戻し始める。
「おい、あれ……」
「ああ、聖女様だ。凛々しくてお美しい……」
「知ってるか? 彼女は今まで、リンチギハムの諸問題をことごとく解決に導いてきたらしいぜ」
「なら聖女様に任せておけば安心だ。なのにオレ達は他人を疑ってばかりいる。彼女を見習って、もう少し落ち着こう」
そんな声も聞こえてきました。
「よかった……」
胸を撫で下ろし、次にセシリーちゃんと手を繋ぐ。
「セシリーちゃん! すぐにお城に帰りましょう! このことをナイジェルに伝えるのです!」
「なの! 蛇のこと、にぃにに伝えないと!」
「はい!」
そう言って、私達はすぐにラルフちゃんのいるところに駆け足で向かった。
……あれ?
今、なにか違和感があったような……。
「お姉ちゃん?」
「な、なんでもありません」
いけません。
今は余計なことを考えないようにしましょう。





