15・ドラゴンとの対話
王国に残った騎士団長視点です。
「くっ……! やはりこうなったか」
王都の上空にドラゴンが出現した。
それを聞いて、騎士団長のクラウスが一番最初に思ったことがそれであった。
「聖女様を追放するからだ……」
あのボンボン息子はなにを考えているのだろうか?
聖女のエリアーヌ様が結界を張り、邪悪なものを遠ざけていた。
そのおかげで今まで王国は繁栄を続けていたのだ。
元々王国は周囲がダンジョンに囲まれており、ここ最近では竜の巣も近辺にあるという目撃情報もある。
このような立地で王国民が今まで平和に暮らせていたのは……なにを隠そう、聖女様のおかげだったのだ。
「それを……あの殿下が!」
思わず恨み節の一つや二つも言いたくなるものだ。
しかし今それを責めても仕方がない。
クロードを糾弾したとしても、エリアーヌは戻ってこないのである。
それに今まで自分も聖女様に頼りっきりだったのも事実だ。
言うなれば、そのツケが回ってきたのだろう。
クラウスは自分の両頬を叩き、気合いを入れ直す。
「騎士団長! ドラゴンの様子がなにやらおかしいです!」
そんな彼のもとに、一人の部下が近寄り口にした。
「おかしい?」
「はい。なにやら、私達になにかを伝えたいようですが……」
部下からの報告を聞いて、クラウスは目を大きくする。
「……私が行く。もし戦闘になっても、私ならドラゴンに擦り傷一つくらいなら付けられる」
「騎士団長一人で無茶です!」
「大丈夫だ。ドラゴンは知性のある種族だ。交渉すれば、今王国と戦うのは得策ではない……と考えてくれるかもしれない」
しかしそれは薄い希望であった。
ドラゴンが本気を出せば、さすがに全壊……とまではいかなくても、王都に壊滅的な被害が出る。
死者もたくさん出る。
そのために、今は『戦闘』という手段よりも『話し合い』という手段を執るしかなかった。
「それなのに、私一人だけではなく部下を何人も連れて行ったらどうなる。ドラゴンを無駄に刺激させてしまうかもしれないだろう? だからここは私が一人で行く」
「し、しかし! 危険すぎます!」
「私の命は王国、そして国王と共に有り……だ。王国を守って死ねるなら、ある意味本望だよ」
肩をすくめる。
だからこそ、エリアーヌがこの国を出て行くと聞いた時も、彼は国に残ることを選択したのだ。
「しかし……もしそれでも交渉が決裂した場合、合図を送る。その時は援軍を送ってくれると助かる」
「も、もちろんです!」
部下が敬礼したのを見てから、クラウスは城の屋上に向かった。
ここ王都で一番高い場所といえばそこだ。
「あれがドラゴン……!」
ドラゴンが低空で飛行している。
あまりにも巨大な体。空をすっぽりと覆っている。
「ドラゴンよ! 伝えたいこととはなんだ!」
クラウスは空にいるドラゴンに向かって、声を張り上げる。
ぎろりっ。
するとドラゴンの瞳がクラウスを見た。
右目一つだけでも、クラウスの体より遙かに大きかった。
ピリピリと皮膚が焼け付くような威圧感。今すぐにでもここから逃げ出したかった。
だが、彼は震える足を押さえつつ、それでも決してドラゴンから目を逸らさなかった。
『そなたが人族の代表か……うむ、人間にしては珍しく強者の雰囲気を感じる。我と話すにはふさわしいだろう』
まるでドラゴンが頭に直接語りかけてくるような——そんな不思議な感覚をクラウスは覚えた。
知性の高いドラゴンは念話を飛ばし、人間と話すことが出来るのだという。
(ドラゴンと話すなど初めてだ……)
しかし臆してはいけない。
『我の言いたいことは一つだけだ。聖女はどこに行った』
それを聞かれて、クラウスはすぐに二の句を繋げなかった。
……嘘を吐くか?
ドラゴンのことだから、国に結界を張っていたのは聖女の仕業だと知っているだろう。それくらい知っていてもおかしくない種族だ。
ゆえに「聖女は国を追放された」と正直に答えることは愚策とも言える。
それを好機と見て、攻撃を仕掛けてこないとも限らないからだ。
しかし同時に、嘘を吐いた場合にバレる可能性も高かった。
バレた場合、ドラゴンが機嫌を損ねないとも限らない。
「せ、聖女は……」
クラウスは必死に言葉を絞り出した。
「聖女は今はいない」
『いない……だと?』
ドラゴンの眼光がより一層鋭くなる。
『この国に張っていた結界が消失したことを見て、心配になって来てみれば……聖女がいないだと? それがどういう意味なのか分かっているのか?』
「……っ!」
『その様子だとそなたも事情を知っているようだな」
ドラゴンから溜息を吐いたような音が聞こえた。
『聖女は我の癒しだった。竜の巣で一人寂しく暮らしている我に、聖女は遠距離から念話を飛ばしてくれた。「寂しかったらお喋りしましょ」……と。そしてそこで聖女が国の者に、酷い扱いを受けていることも聞いていたが……そうか』
なにか合点したかのようにドラゴンが続ける。
『一つ、聖女が自発的にいなくなった。この国はもうお終いだとな。しかし優しい聖女のことだ。これは考えにくい。
二つ、そなた等の誰かが彼女を国から追い出した。これなら聖女がいなくなったことも理解出来る』
「そ、それは……」
すぐに反論しなければならなかった。
しかし出来ない。
今のクラウスの言葉で、聖女エリアーヌに降りかかった事情を察した頭の良いドラゴンだ。
クラウスごときが嘘を吐いても、100%看破されるだろう。
頬からつうーっと細い汗が滴り落ちた。
そんな彼の顔を、ドラゴンがじーっと見つめる。
『……もしやそなたが、聖女の言っていた騎士団長クラウスとやらか?』
「い、いかにも! 私がクラウスだ」
『ほお……そなたがクラウスか。聖女から話を聞いておる。そなたは『残念イケメン』だが、とても優しいと』
残念イケメン?
聖女様はドラゴンとなにを喋っていたのだ?
『そなたは救ってやってもよい。そもそも我も様子を見に来ただけだしな。この国を滅ぼすつもりなど毛頭ないよ』
「そ、それは本当か!?」
クラウスは自分が助かることに安堵したわけではない。
ドラゴンが積極的に我々と敵対するつもりがないと分かったからだ。
(これならどうにかなるかもしれない……)
しかしそう思いかけたクラウスに、
『しかし! 聖女を追放した者には罰を与えなければならぬ! 言え、クラウスよ。聖女を虐げていた者を。聖女を追放した愚か者を……言うがいい!』
とドラゴンが声を荒らげる。
「!!」
クラウスは無意識に後ずさった。
(エリアーヌ様を追放したのは、クロード王子だ……しかしそれを伝えるわけにはいかない。私は国王、そして王子を守る剣であり盾なり。とはいっても、このドラゴンに嘘が通じるだろうか……)
高速で思考を展開させる。
『……ほお』
しかし目の前のドラゴンは、クラウスのちっぽけな考えなどよりも遙か上の次元にいた。
『聖女を虐げていた者は、クロードというのか』
「なっ……!」
『騎士団長といえば、王を守る盾となる者。クラウスよ、我に睨まれても最後まで口を割らなかった……立派だったぞ』
そう言って、ドラゴンが目の前から消えた。
「帰ってくれた……?」
いや違う。
ドラゴンの姿はいないものの、気配は感じる。まだドラゴンは王都内にいるはずだ。
「ヤツは……人の心を読むことが出来たのか。やはり嘘を吐くのは得策ではなかったということか」
クラウスは力をなくし、気付いたらその場で座り込んでしまった。
◆ ◆
城内にて。
「うむ……久しぶりにこの姿になるが、相変わらず人の形は動きにくい。さっさと断罪を済ませるとするか」
二十そこそこの男に擬態したドラゴンが、城内への侵入を果たしていたのであった。
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