139・デート本番! でも……
翌朝。
私がデートの待ち合わせ場所に向かおうとすると、
「おお、エリアーヌ! 今日はちょっと違った雰囲気なのだな!」
途中でドグラスに遭遇しました。
「はい。どうでしょうか……? おかしくありません?」
「おかしくなんて、あるものか──キレイだ。見惚れたぞ」
と絶賛してくれるドグラス。
やった……!
心の中で小さくガッツポーズをする。
「ありがとうございます! アビーさんに選んでもらったんですよ」
「おお、あのメイドか。ヤツはなかなかやり手だからな。我も一目置いている」
「そうなんですか?」
「うむ。仮にあやつがドラゴンだとしたら、我のよきライバルとなるだろう」
ドグラスが断言する。
アビーさんのこと、メチャクチャ買ってますね。
「どうしていきなりそんな服を──とは思ったが、今日はナイジェルとのデートだったんだな」
「はい」
ドグラスにも事情は説明してある。
……とはいえ、浮かれている私を見て、ドグラスから質問してきた形なんですけれど。
「エリアーヌ」
ドグラスとそんな話をしていたら、通路の奥からナイジェルが小走りに駆け寄ってきた。
「おはようございます。もしかして、お待たせしてしまいましたか?」
「そんなことはないよ。でも待ち合わせ場所で待っているのもうずうずして仕方がなかったから、君の部屋まで迎えにいこうと思ってたんだ。迷惑だったかな?」
ナイジェルの問いに、私は首を横に振る。
今日の彼も、私と同じようにいつもと違う服装。
ナイジェルにしては、随分ラフな格好に見える。だけどスタイルがいいためか、清潔感に溢れていた。
とてもお似合いで、ついドキッとしてしまいます。
「ガハハ、楽しんでこい。もしなにかピンチになったら、念話で我を呼ぶがいい。すぐに駆けつけよう」
「ありがとうございます。一応言っておきますが……あとから付いてこないでくださいよ?」
「ガハハ」
私の忠告に、ドグラスは豪快に笑っただけ。
私がこう言うのも、ドグラスには前科があるから。
まだナイジェルと婚約をする前の話──彼との初デートの日、ドグラスは密かに私達をつけていたのです。
それは私達が危ない目に遭わないようにという配慮でしたが、もう必要はないでしょう。
ちょっとした悪漢くらいは、ナイジェルなら一捻りしてしまいそうです。
「じゃあ行こうか」
「はい」
ナイジェルが手を差し出す。
ちょっと照れるけれど、私はその手を取る。
こうしていると、幸せな気分で胸がいっぱいになった。
しかし──歩き出そうとすると、
「ナ、ナイジェル様」
次はアビーさんが、私達のところに走ってきた。
彼女は慌てた様子。
立ち止まり両膝に手を当てて、息を整える。
「どうしたんだい?」
ナイジェルが問いかけると、アビーさんは申し訳なさそうにこう口にした。
「はい……実は緊急の会議がありまして。どうしてもナイジェル様にご出席して欲しいそうです」
「緊急の会議……」
アビーさんに言われた言葉を繰り返して、ナイジェルが一頻り考え込む。
「どうしますか? 今日は大事な日ですよね? ゲル──じゃなかった。マリア様もいますし、代わりに彼に──」
「いや、僕が行くよ。僕が行かないと、話が進まないんだろう?」
そう言って、ナイジェルは私に顔を向ける。
「ごめん……エリアーヌ」
「ええ、分かっています」
これは仕方のないこと。
ナイジェルは一国を背負っています。それなのに私のワガママを通す気だなんて、とてもじゃないけれど、起こりません。
「……会議が終わってからじゃ、サーカスには間に合いそうにないね。ごめんだけど……」
とナイジェルは二人分のサーカスのチケットを私に手渡す。
「よかったら、誰かを誘って行ってみたらどうかな? そうだ、ドグラスは? ドグラスならエリアーヌを任せ……」
「我は行かん」
あれ?
いの一番に「我が行ってやろう。ガハハ!」とか言いそうでしたが、ドグラスは腕を組んでむすっとしたお顔。
どうしてこんなに機嫌が悪いんでしょうか?
「ナイジェル様……すみませんが、会議がそろそろ始まりますので……」
「ああ、分かった。と、取りあえずこのチケットは渡しておくね。本当にごめん! 絶対にこの埋め合わせはするからっ!」
ナイジェルはそう両手を合わせて、アビーさんと一緒に会議室まで駆けていった。
アビーさんも何度か私の方を振り返って、申し訳なさそうに頭を下げる。
私が今日のデートをどれだけ楽しみにしていたのか、アビーさんは知っていますから。
それなのにナイジェルを呼びにきたということは──よほど外せない会議だったんでしょう。
尚更、仕方ありません。
でも……ちょっとしょんぼりです。
「ドグラス、やっぱり二人で行きません?」
「我は嫌だ。ヤツの代わりなど、ぜっっったいにしたくない!」
ドグラスも意地になっています。
彼もそのまま私の前から大股で歩き去ってしまいました。
「ドグラス……たまになにを考えているか分からなくなりますね」
まあ彼はドラゴンですし、私達人間では共感出来ないようなこともあるんでしょう。
だけど困りました。
せっかくのサーカスのチケット。無駄にするのももったいないですし、いっそ私一人でサーカスに行きましょうか──。
そんなことを考えていると、
「エリアーヌのお姉ちゃん!」
今度はセシリーちゃんが、後ろから飛びついてきた。
「セシリーちゃん……? どうしたんですか?」
「今日もお料理教えてなの!」
とセシリーちゃんは言って、にぱーっと笑う。
彼女はナイジェルの妹であり、この国の第一王女。
もちろん、私とは直接血の繋がりはないのですが──ナイジェルと結婚したことにより、彼女は私の義妹となりました。
「お姉ちゃん、今日はいつもと違う服装なの? ──あっ、もしかして! にぃにとデートだった?」
セシリーちゃんが私を指差して、そう言い当てる。
彼女は幼いのに、結構鋭いところがある。
私達が魔王復活を阻止するため、旅行だと偽ってリンチギハムを発とうとした時も、彼女はなにかを察しているようでした。
「ふふふ、当たりです。だけど……ナイジェルは緊急の会議があるようで、デートがなくなってしまったんです」
「そうだったの……それは悲しいね。セシリーが慰めてあげるの!」
そう言って、セシリーちゃんが短い手を精一杯伸ばして、私の頭をよしよしと撫でてくれる。
「どう? ちょっとは元気になった?」
「はい! 元気いっぱいです!」
いつまでも落ち込んではいられません!
……あっ、そうです!
「セシリーちゃん、よかったら今から一緒にサーカスを見にいきませんか?」
「サーカス……?」
セシリーちゃんが首をかしげる。
「はい。セシリーちゃんはサーカスを見たことがないのですか?」
「ないの。それはなに?」
「色々な人が動き回って、楽しいショーをやってくれるんです」
「のの!?」
「動物が火の輪を潜ったり、高いところで細い綱の上を歩いたりする人もいます」
「そんなことしたら、死んじゃうの!」
「死なないんです。サーカスの人は訓練していますから」
「すごいの!」
目を輝かすセシリーちゃん。
「行きたい! そんなすっごいショー、見逃すわけにはいかないの!」
「じゃあ一緒に行きましょう!」
そう言って、私達は手を繋いでくるくる回る。
当初の予定とは違いますが……セシリーちゃんと行くサーカスも楽しそう。
きっと彼女なら、なにを見ても喜んでくれるでしょうから。
「出発です!」
「なの!」
と私達はそのまま手を繋いで、サーカス会場に向かいました。





