136・嫌よ嫌よも好きのうち
「もうっ! なんでこんな簡単なことも出来ないのよ!」
ベルカイムの王城。
レティシアの怒声が響き渡る。
「し、仕方ないじゃないか! この掃除魔導具、スイッチを入れたら勝手に動き出すんだぞ!? だから……」
「言い訳しない!」
と言って、レティシアはクロードから掃除魔導具を取り上げた。
彼女達の前には、見るも無惨な姿になってしまったカーテンがあった。ボロボロである。
どうやらクロードが間違って、掃除魔導具でカーテンを吸い込んでしまったらしい。
(これ、お気に入りだったのに!)
怒りを通り越して、既にレティシアは呆れの感情すら抱いていた。
「ほんとに……ナイジェル殿下なら、これくらい器用にやれそうだけどね。それなのに、うちの王子はどうしてこんな簡単なことも出来ないのか……」
「ナ、ナイジェルと比べるのは反則だ! あんな傑物にボクが勝てるわけないだろう!」
クロードがそう反論する。
ちょっと情けない言い訳だった。
「それともレティシア……やっぱり君はナイジェルの方が好きなのか? ボクみたいなポンコツなんかより……」
一転、クロードは涙をうっすらと浮かべてレティシアを見る。
レティシアは大きく溜め息を吐き、
「なーに言ってんのよ。あんたにはあんたで良いところがあるじゃない。わたしはちゃんと、あんたのことが好きよ。だからもっと自信を持って」
とクロードの頭を優しく撫でた。
まるで子犬を可愛がる飼い主のようである。
「ほ、本当か?」
「ほんとよ」
「なんか投げ槍だな……だったら、ボクの目を見て『愛してる』って言ってくれ! じゃないと、ボクは安心出来ない!」
「……っ!」
さすがのレティシアも、これには言葉が詰まる。
(そ、そんなの……恥ずかしいじゃない)
とはいえ、このままではクロードが可哀想だ。
そう思い、レティシアはコホンと一回咳払いをする。
「あ、愛して……る、わ……」
「どうして、目を逸らすんだい? ボクの目を見て……」
「ああ! 愛してる! あんたを愛してるわ! これでいい!?」
レティシアはクロードの両頬をむぎゅっと押さえて、そう言い放った。
顔が真っ赤である。
「レティシア──ボクも君を愛してる! 君の愛を疑ってごめん!」
「わ、分かればいいのよ」
もじもじするレティシア。
この二人──なんだかんだでラブラブだった。
(以前までのわたしだったらこんくらい、いくらでも言えたのに……仮面を脱ぎ捨てたら、こんな簡単なことも言えなくなるなんて……)
とレティシアは唖然とした。
「そ、それにしても、ボクの良いところってなんなんだい? 正直、ナイジェルに勝てる部分は一つもないと思うけど……」
「…………」
「ど、どうして黙るんだ!?」
「冗談よ」
レティシアは可愛らしく舌を出す。
「そうね……あんたの良さ──それは迷いがないことかしら」
「どういう意味だ?」
「たとえば──もし、ベルカイム王国とわたしが天秤にかけられたらどうする? わたしが死んだら、ベルカイムが救えると聞かされたら──」
「そんなの! レティシアを選ぶに決まっているじゃないか!」
食い気味に言うクロード。
だが、レティシアはまたもや呆れたように溜め息を吐いた。
「そんなこと言っちゃダメでしょ。あんたはベルカイムの次期国王。自分が愛した女一人よりも、民を大切にしなきゃダメな立場なんだから」
「そ、それは一理あるが……でもレティシアがいなくなるなんて、ボクには耐えられない!」
とクロードは両腕をバッと広げる。
その曇りなき瞳は、レティシアに向けられていた。
(ほんと……こいつはバカね)
しかし──嬉しくて、無意識に顔がにやけているレティシアであった。
「あんたの選択は間違っている。でも──それがあんたの強さ」
「レティシアを誰よりも好きなことがか!? 確かに……レティシアへの愛だったら、ナイジェルに絶対に負けないと思うが……」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ」
ポコッ。
レティシアはクロードの頭を軽く小突く。
「……きっとナイジェルは、この質問に答えられない。何故なら──彼はみんなにとっての理想の王子様なんだから。だからどちらかを天秤にかけられたら──きっと迷いが生まれる」
それは決して悪いことじゃない。
それにナイジェルなら、そんな状況になる前に方を付けるだろう。
(でも、そんな状況に立たされた場合は?)
考えすぎなのかもしれない。
だが、そういう時──迷いがなく、軸がぶれないクロードは強い。
そう思うレティシアだった。
「自信を持ちなさい。あんたは他にも、色々いいところがあるから」
「そうかな? ちなみにどういう……」
「話を戻すわ」
クロードはまだ聞きたそうだったが、強引にレティシアは話題を変える。
「カーテンをボロボロにしてしまったことは仕方ないわ。片付けを再開──って、ええええ?」
その時、レティシアは本棚の上に置かれている一つのぬいぐるみに目がいった。
クロードは「しまった!」と言わんばかりに、そこまで駆け寄り、ぬいぐるみを大事そうに抱いた。
「な、なんなのよ、それ!? わたしの姿をしたぬいぐるみが、どうしてそんなところにあるのよ!?」
「ち、違うんだ!」
「なにが違うのよ!」
「リ、リンチギハムから商人がやってきて、試作品といってこれを渡してくれたんだ。わざわざリンチギハムから来て、門前払いにするのも悪いだろ? だからボクは仕方なく……」
バツが悪そうに、体を縮こますクロード。
どうやら自分でも、こんなものを持っていたらレティシアが怒ることは理解しているらしい。
(リンチギハム──ってことは、エリアーヌが言ってた商人と一緒なのかしら? 商魂たくましすぎでしょ! ベルカイムにまで販路を広げようとするなんて……)
なんにせよ。
「没収―!」
「ああ!」
レティシアがクロードから無理矢理ぬいぐるみを取り上げると、彼は縋るように両手を伸ばした。
「か、返してくれ! ボクのミニレティシアを!」
「わたしにいつでも会えるんだから、こんなのいらないじゃない!」
あらためて、ぬいぐるみを見るが──確かによく出来ていた。だが、よく出来ているのが余計に恥ずかしい。
「取りあえず、これは没収! 捨てるのも、なんか恨まれそうで怖いし……ひとまずわたしが預かっておくわ」
「そ、そんな殺生な! そのミニレティシアを抱いたまま目を瞑ると、よく寝られるのに……」
「だーかーらっ! 本物がここにいるじゃない!? そんなに言うなら、毎日でもあんたの隣で添い寝してあげるから! これ以上文句を言うなら、本当にしばき倒すわよ!?」
「しばき倒すってどういうことだ!?」
二人の声は部屋の外にまで漏れる。
──城の人間から「またいちゃいちゃしてる」と思われているとは、二人とも露程も思っていなかった。





