133・第二王子ゲルト(?)さん
──レティシアと別れてから馬車に乗って、ようやく私はリンチギハムに戻ってきました。
そして王城に入って少し歩くと、後ろから肩を叩かれる。
反射的に振り向くと──ほっぺに人差し指が刺さった。
「……ドグラス。悪戯はほどほどにしてください。ビックリするじゃないですか」
「ガハハ! いいではないか。汝があの呪い女のところに行って、我も寂しかったのだ。これくらいは許せ」
「呪い女とは、レティシアのことですか?」
「ああ、確かそんな名前だったな。ガハハ!」
とドグラスは豪快に笑った。
褐色の肌に、燃えるような赤髪。
体も大きくて、私が彼と話す時はいつも見上げるような形になってしまう。
一見するなら、相手に怖い印象を抱かせてしまうかもしれませんが……こうして笑っていると、ただの無邪気な少年のようにも見えます。
でも……この姿はあくまで仮の姿。
彼の正体は──私がベルカイムで聖女をしていた頃、念話友達になってくれたドラゴンなのです。
でも私が追放されたと知って、ここ──リンチギハムまで追いかけてきてくれました。
今ではこうして、私と同じく王宮暮らし。だけど最近は一人暮らしを始めたいらしく、色々と準備をしているようです。
彼が一人暮らしをしているところは、ちょっと想像がしにくいですね。
人のことは言えませんが、彼は私以上の世間知らずですから。まあ元々はドラゴンだったので、仕方がないでしょうが。
「私もドグラスと会えなくて寂しかったですよ。久しぶりにあなたの顔を見たら、ほっと安心します」
「う、うむ。そう言ってくれると、我も嬉しいぞ」
ドグラスが頬を掻き、照れたように私から視線を外す。
あれ?
普段のドグラスなら「ガハハ!」と高笑いしそうなところ。
だけど──特にベルカイムの魔王騒ぎがあってから──どうしてか、ドグラスは時たまこういう仕草を見せるようになりました。
これではまるで好きな女の子の前で照れているように見えますが……気のせいですよね。
「あっ、そうそう。ナイジェルはどこにいるか知っていますか? 城に帰ったことをお伝えしたいのですが……」
「ナイジェルなら中庭にいるぞ」
とドグラスは中庭がある方向を見やる。
「中庭……ということはラルフちゃんと遊んでいるんですか?」
「いや、違う。エリアーヌは聞いているか? 第二王子とやらが城に戻ってくるという話を」
「ええ、聞いています」
「その第二王子が、もう城に帰ってきていてな。そして今──中庭でナイジェルと、剣を使って戦っている」
「た、戦っている!? もしかして、喧嘩をしているんでしょうか?」
慌てて私がそう質問する。
もしかして……急に王位が継ぎたくなったとか? だとしたら大変です。
だけど。
「喧嘩か──それだったら、もっと面白いことになっていたとは思うがな。実際はただの模擬戦だ。使っているものも木剣だしな」
私の心配は杞憂だったようで、ドグラスがそう首を横に振る。
それを聞いて、私は胸を撫で下ろした。
「よかったです」
「まあ我にとっては、二人の戦いなどおままごとだがな! 途中まで見ていたが、飽きた! だからこうしてエリアーヌを出迎えにきたわけだ」
「あなたにとっては、人間同士の戦いなんてそういう風に見えるでしょう……ですが、どうして二人は模擬戦を?」
「知らん。興味もない」
ドグラスは腕を組んで、きっぱりとそう言い放つ。
「気になるなら、見に行けばいいではないか」
「それもそうですね。ドグラス、教えてくれてありがとうございました。行ってきます」
頭を下げてから、ドグラスの横を通り過ぎて中庭に向かおうとすると──また肩を叩かれた。
「はい──むぎゅ」
「ガハハ」
……ドグラスに指で頬を押される悪戯に、またも引っかかってしまいました。
「ド〜グ〜ラ〜ス〜」
「おお、怒った顔も可愛いではないか」
「そんなことを言っても、許しませんから!」
やはりドグラスはドラゴンというより、ただの悪戯少年といった方がしっくりきます。
そのまま中庭に行くと──そこでは二人の男性が木剣を使い、激しい戦いを繰り広げているところでした。
「はあっ!」
一人は──もちろん、ナイジェル。
彼は真剣な表情で木剣を振るい、もう一人の男性に攻めかかります。
だけど。
「甘い!」
その男性はくるっと身を翻し、ナイジェルの攻撃を回避する。
さらに木剣を右手に突き出し反撃──ナイジェルはそれを横薙ぎに払って、直撃を避けます。
激しい剣戟。一進一退の攻防。
正直……二人の動きが激しすぎて、私の目では追いきれません。
いつの間にか、私は手に汗握って、模擬戦を観戦していました。
……あっ。中庭の端っこでフェンリルのラルフちゃんも地面に寝そべって、二人の戦いを眺めています。
すぐにもふもふしてあげたいけれど、今は我慢。二人の戦いに集中しましょう。
「じゃっかん、ナイジェルが押されているのでしょうか?」
最初は実力が拮抗しているように見えた。
しかし……その差は徐々に開いていく。
「くっ!」
ナイジェルが顔を歪ませながら、お相手の剣を受け止める。
鍔迫り合い。
だけど相手は力任せに押し込んだりしません。
一瞬の間にステップを踏んで距離を取り──一転、猪のような突進を見せる。
それもなんとかナイジェルは対処しますが……私の目から見て、防戦一方に見えます。
──すごい。
素直に感嘆する。
ナイジェルは第一王子でありながら、剣の腕も一流。
それは騎士団長アドルフさんも舌を巻くほどで、ナイジェルがその気になれば今頃最年少で騎士団長にもなっていたほどだとか。
そんなナイジェルを圧倒している人物。
彼こそがこの国の第二王子──ゲルトさん。
彼は今、騎士団第一隊の隊長をやっているとナイジェルから聞いたことがあります。
とはいえ、彼は遠征や国境線沿いの守備隊に混ざったりしている関係で、ほとんど王城には戻ってきません。
なので私も彼の姿を見るのは、これで一度目か二度目になります。
こうして見ているだけでも、その実力はヒシヒシと伝わってきます。まるで舞いを演じているかのような、華麗な戦い方です。
それに……時折、野生動物のような鋭い動きを見せます。
そのせいでナイジェルは、彼の動きに翻弄されているよう。
素人目の私から見ても、後手後手に回らされているように思えました。
「やあっ!」
やがてお相手──ゲルトさんがナイジェルの剣を跳ね上げる。
ナイジェルの剣が宙をくるくると舞う。すかさず、それを取ろうと手を伸ばすけれど──それより早く、ゲルトさんが彼の喉元に剣先を突きつけた。
「勝負あり……ね」
「……うん。参った」
とナイジェルは諦めたように両手を上げる。
勝負は──ゲルトさんの勝利です。
「やっぱりゲルトはやるね。今日こそは勝つつもりだったんだけど、全然だった。君の動きに付いていくことで精一杯さ」
「だてに騎士団の隊長をしていないからね。それに前から言ってるけど、あんたの剣は真っ直ぐすぎなのよ。そんなことより、あたしの名前は……」
ゲルトさんとナイジェルがそう言葉を交わす。
……そろそろよさそうでしょうか。
私は中庭のベンチに置いていたタオルを手に取り、ナイジェル達に歩み寄ります。
「ナイジェル──おつかれさまでした」





