130・可愛いぬいぐるみ
あれは二週間くらい前でしょうか。
「な、な、なんですか、これは!?」
──私はテーブルに置かれているぬいぐるみを見て、そう声を大きくしました。
ただのぬいぐるみなら、私もこうして声を荒らげません。
それは──なんと、私の姿を模していたのです!
「ん、なかなかよく出来ていると思うんだけど……エリアーヌはそう思わないのかな?」
ナイジェルがきょとんとして、私にそう問いかける。
「そういう問題じゃありません! どうしてこんなものがあるんですか!?」
ぬいぐるみは二頭身になっていて、両手でも十分に持てるくらいのサイズ。
顔の造形もデフォルメされていて、可愛いです。
確かによく出来ていると思いますが……自分のぬいぐるみだなんて、なんだか恥ずかしい。
「いや〜、エリアーヌ様は市民の間でも大人気ですからね〜。商売人としては、このチャンスを逃すわけにはいきませんよ」
ナイジェルの代わりに、これを持ってきた商人の男性が、軽薄な口調でそう答える。
彼はあまり見たことのない、奇抜な服装をしていた。街ではこういうのが流行っているんでしょうか……と少し思うけれど、多分この人の好みな気がします。
歳は私とナイジェルと同じくらい。髪型もカラフルで、色々と変な人ですが──顔立ち自体は整っている。
化粧でもしているのか、肌は美しく白く輝いていました。
「私が……市民の間で人気?」
「は〜い! あっ──そういえば、エリアーヌ様には自己紹介がまだでしたね。ぼくっちはフランツ・ウルマモズ。一応、ウルマモズ商会の幹部をしています。仲良くしようね〜」
と商人──フランツさんはウィンクをする。
ウルマモズ商会……名前だけは聞いたことがあります。
確かリンチギハムの中で、最も力がある商会だったはず。
今では街の至る所に、ウルマモズ商会の看板が掲げられています。さらに商会自体も新商品を開発し、みなさんに売り込んでいるのだとか。
「私には……ということは、ナイジェルは既にお会いしたことがあったんですか?」
「うん。というより、フランツは僕と学院時代の同級生だったんだ。昔から仲良くさせてもらっている」
ピクッ。
ナイジェルの言葉に、フランツさんが反応した気がした。
でもそれは一瞬だけ。
「そうそう、ナイジェルとは友達だったんだ〜。今回はそのコネ──じゃなくて、縁でこうしてぬいぐるみを売り込みにきたわけ!」
とすぐに元の人懐っこい笑顔を浮かべて、私と目線を合わせた。
「フランツはすごいんだよ。学生時代から商会の幹部をしていたんだ」
「学生なのに、幹部を任されていたんですか? すごいです」
「うん。フランツは優秀だからね」
ナイジェルがニコニコしながら頷く。
「またまた〜、ぼくっちを褒めてもなんも出ないよ? それに親の七光りなだけだから。ぼっくちなんて、ナイジェルに比べたら大したことないさ」
「フランツはウルマモズ家の長男でね。でも──あそこは実力主義。長男だからって自動的に、商会の幹部になれるってことはないよ」
「なにを言ってるんだい〜。学院時代は、君の方が優秀だったじゃないか。なにをやっても成績は一番! ぼくっちやヴィンセントは毎度毎度、二番手。君に褒められると、恐縮しっぱなしだよ〜」
とフランツさんはナイジェルの肩に腕を回す。
見方によっては、一国の第一王子になんて失礼な真似を──といったところですが、当のナイジェルは全く不快そうにはしていません。
仲良しだったというのは、本当だったみたい。
「あ、あの……それでフランツさん。先ほど、私が市民の間で人気と言っていましたが……本当なんですか?」
「おっと、そうでしたね。話を戻しましょう──エリアーヌ様は王太子妃であり、かつこの国の聖女! 今やあなたのことを知らない者はいません」
「まあ、自分が有名人だというのは自覚しているんですが……」
私は元々──自分が聖女だということを隠していました。
その理由は、私がベルカイムの真の聖女だったため。そんな人がリンチギハムに来たとなったら、国同士の衝突があるかもしれないと考えたからです。
そしてもう一つは──元々ベルカイムにいた頃、私は税金の無駄遣いと呼ばれて、民の間でも不人気だったから。
一部では人気だったと後から聞きましたが……やはりあの時のことを考えたら、とてもじゃないけれど、自分から聖女だと名乗り出す勇気はありませんでした。
だけどナイジェルと正式に結婚するとなれば、話は別。
自分の素性を隠すのは、民に対しても不誠実でしたから。
そして勇気を出して、聖女だということを公表しましたが──特に反発も起こらなくて、ほっと一安心。
とはいえ、人気という事実までは知りませんでしたが……。
「エリアーヌ様は謙虚ですね〜。それにあなたはとびっきりの美人! しかも誰に対しても優しいともっぱらの評判! ちょっと天然なところも可愛いと、巷で話題沸騰──人気になるのも必然です!」
「び、美人だなんてそんな! それに優しいというのも、別にそう言われたいからしているわけじゃなくて……というか天然ってどういうことですか!?」
あたふたする。
──この方、私を褒め殺すつもりですか!?
怒涛の賞賛ラッシュを受け、私の顔はさぞ真っ赤になっていたでしょう。
「つまり……民に大人気のあなたをぬいぐるみにして売り出せば、きっと大儲け! 腕の良い人形師も雇えましたし、これを機会にエリアーヌ様とナイジェル殿下の許可を頂こうと思いまして!」
「腕の良い……? ということは、このぬいぐるみを作った方はまた別にいるということですか」
「もちろんですよ〜。ぼくっちにこんな器用な真似は出来ません!」
「ここには来てくれてないのかな? こんなに素晴らしいぬいぐるみを作ってくれたんだ。出来れば、お礼を言いたいんだけど……」
とナイジェルが質問すると、フランツさんは首を横に振って、こう口にする。
「すみませ〜ん。付いてこいって言ったんですけどね。でも……エリアーヌ様がいるって聞いたら、何故か嫌がって」
「わ、私ですか?」
お会いしたことはないですが──もしかして嫌われているんでしょうか……。
だけどフランツさんは私の心配を先読みしたのか。
「いえいえ! エリアーヌ様が嫌われているなんて、とんでもない! ただあいつは少々シャイでして……有り体に言うなら、根暗なんです!」
「ははは、君と比べたら誰でも根暗になっちゃうよ」
「ナイジェル〜、手厳しいねえ!」
パシンッと自分のおでこを叩くフランツさん。
「ちなみにその方のお名前はなんと?」
「ヨルといいます。今度は無理矢理にでも引っ張ってきますね!」
ヨル──ですか。
今後会うかどうかは分かりませんが、覚えておきましょう。
「で──やっと話の本題だ。どうです? このぬいぐるみを売り込むご許可、頂けますか?」
と体勢を低くして、下から覗き込むように私の顔を見るフランツさん。
「まあせっかく作ってもらったのに、私の一存で不許可にするのも悪いですね。ナイジェルがよかったら、私はいいですよ」
「僕もいいよ。エリアーヌの可愛さをみんなにも知ってもらいたいから!」
ナイジェルは上機嫌にそう口にした。
こうやって、さらっと「可愛い」と言うのはやめて欲しい……!
いくら結婚したといっても、こういう不意打ちには慣れないのです。
「ありがとうございますっ!」
それを聞いて、フランツさんはパチンッと指を鳴らした。
「あっ、そうそう。お近付きの印に、そのぬいぐるみは差し上げます。部屋にでも、どうぞ飾ってやってください」
「ありがとう。じゃあ──」
「そ、それは遠慮します!」
ぬいぐるみに手を伸ばそうとするナイジェルを、慌てて止める。
「どうして?」
「う、売り出すのは百歩譲っていいとしましょう! でも……王城の中にこれがあるのは、恥ずかしくて、私が耐えられませんっ!」
「えー、でも……」
名残惜しそうにするナイジェル。
一方、フランツさんは手をにぎにぎしながら、こう口を動かす。
「まあまあ。いいじゃないですか〜。それにぬいぐるみはそれだけじゃないですよ? ほら」
と言って、どこからともなくフランツさんがあるものを取り出す。
それを見て、私は思わずこう声を上げてしまった。
「セ、セシリーちゃん!?」
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