ね、わたし──悪くないでしょ?
〈レティシア視点〉
『あっち行け!』
『気持ち悪いんだよ!』
『この陰鬱女が!』
──小さい頃、わたしは暗かった。
どんな罵声を投げられても、俯くばかりでなにも言い返せない。投げられた石が自分の頬を掠めても、黙って耐えることしか出来なかった。
わたしが他の子たちからイジメられるのは、性格だけが理由じゃない。
きっとそれは──わたしが呪術師の一族に生まれたからだ。
これは一部の人しか知らないし、子どもたちは呪いの意味を理解していないかもしれない。
だけどわたしの性格が悪くなってしまった一因が間違いなくそこにあった。
だから勇気を出して、お父さんに言ってみた。
『じゅじゅつしだから、イジめられる! こんな家に、生まれたくなかった!』
──と。
でもお父さんからはこんな言葉が返ってきた。
『なにを言うんだ。お前は我が一族の最高傑作だ。気に入らないヤツがいるなら、呪い殺してしまえばいい。イジメられるだなんて……本当にお前は情けないな』
お父さんはそう吐き捨て、わたしから顔を逸らした。
この時、わたしは思った。
──そうだ。気に入らないヤツがいたら殺せばいい。
だからわたしは──お父さんを呪い殺した。
怒られると思った。
でもお父さんは、殺されるその時──笑顔を浮かべていたのだ。
『ははは! やっぱりお前はすごい! その力で世界を思うがままに支配しろ!』
どうやらお父さんは最後まで、わたしの気持ちが分かっていなかったらしい。
お父さんは怒らなかったけど──他の家族は、わたしを責め立てた。
どうしてお父さんを殺したの……って。
え? わたしが悪かったの?
だって、お父さんは喜んでくれたよ?
所詮、わたしは呪術師の生まれ。こうすることでしか、存在価値を示せないでしょ?
わたしはひどく混乱した。
ね、わたし──悪くないでしょ?
◆ ◆
それからわたしは開き直った。
今まであれほど暗かった性格が嘘のように、明るくなった。
成長するにしたがって、胸がどんどん大きくなっていく。むちむちした太ももは、男どもにとって涎を垂らすくらい魅力的らしい。
露出の多い服を着てみたりして、男どもの視線を独占した。
近所の女の子の彼氏を、寝取ってみたりした。
男どもからは嫌らしい視線。
負け犬女どもからは、たくさん恨まれた。
でもわたしはそれで良かった。
負け犬どもの言っていることなんて、無視すればいいと思っていた。
やがて──わたしは隣国の王子様に出会う。
どうやら名前はナイジェルというらしい。
容姿も頭の良さも人望も──なにもかも兼ね備えた完璧超人。
とあるダンスパーティーでナイジェルに出会ったわたしは、彼に接触した。
『わたしと踊りましょう、王子殿下』
だが、彼はわたしの手を取らなかった。
こんな経験は初めてだった。
今まで感じたことのない怨念が、わたしの中で生まれた。
──いや、違う?
この感情は昔、抱いたことのある気がする。
一頻り考えてみたが、残念ながら答えは出なかった。
◆ ◆
ナイジェルに振られたわたしは、次にベルカイムの王子──クロードに近付いた。
でもどうやら、クロードには既に婚約者がいるらしい。
その婚約者を見たけど──わたしの大っ嫌いなタイプだった。
清楚を形にしたような人物で、困っている人がいれば必ず手を差し伸べる。
しかし半面、間違ったことは絶対に許さないタイプ。
それなのに、時々抜けた部分もある。そういうところを見ているとムカムカした。
だからわたしは思った。
──この子から、クロードを寝取ってやろうって。
その時のわたしはさぞ悪い顔をしていただろう。
しかもクロードはこの国の第一王子。次期国王だ。
容姿も及第点。わたしを振ったナイジェルに、スペック的には負けていない。
ちょっとおバカさんみたいだけど……この際それには目を瞑ろう。なんなら、そっちの方が掌の上で転がしやすい。
クロードはすぐにわたしの虜になった。
あの聖女よりもわたしのことを優先してくれて、ことあるごとに愛を囁いてくれた。
『婚約破棄をして、君と一緒になる。レティシア──僕の手を取ってくれるかい?』
少しだけ迷った。ここまできたら、引き下がれないと。
しかしクロードと結婚すれば、自動的にわたしは王妃となる。
こんな美味しいポジションを逃すわけにはいかなかった。
──ほーんと、バカな男。今までの男となにも変わらないのね。
内心ではクロードのことをそうバカにしながら、彼の手を取った。
クロードはわたしの顔を真っ直ぐ見て、嬉しそうに頬を緩めた。
あっ、そうそう。
そういえば、この男。他の連中と違ってたところがあるわね。
他の男どもは、私の胸やお尻をジロジロ見ていたが、クロードはそんなことがほとんどなかったのだ。
そりゃあ、彼だって男だ。
たまにそういったところに、視線を感じたりはする。
でもすぐにさっと視線を逸らしてくれる。その時のクロードは罪悪感に苛まれているようだった。
クロードのそういうところは、一緒にいて心地よかったと思う。
そんなある日、事件が起こった。
城内を散歩中──クロードのこんな声が聞こえてきた。
「貴様! レティシアのことをバカにしたな!?」
どうやらかなり怒っているらしい。
わたしは柱の影に隠れて、その光景を眺めた。
「い、いえいえ、そんなことは思っていませんよ。しかし最近の殿下は弛んでおります。あの女のせいなのでは──そう思う者が、場内に少なからずいる──ということです」
クロードと言い合っているのは、この国の大臣の一人だった。
ベルカイム国王から重宝されているため、第一王子のクロード相手でもこんな強気なことを発言出来る。
クロードもあの人にだけは、あまり逆らえなかったはずだ。
しかしクロードは彼の胸元を掴み、
「何度も言わせるな! レティシアのことをバカにしたら、いくら君でも殴るからな! いっぱい殴るからな! そしてお父さんに言い付けてやる!」
「どうぞご自由に」
これだけすごまれても、大臣はふんっと鼻で笑うばかり。
この様子だと……わたしの悪口を言われていたみたいね。
クロードはそのことを怒っているらしい。
でも……大臣がそう思うのも無理はない。
だってこの国の第一王子は、聖女と結婚する義務がある。
それなのに、こんなぽっと出の女に熱を上げていたら……苦言の一つも言いたくなるだろう。
クロードは構わず、彼に殴りかかろうとしたが──他の兵士が騒ぎを聞きつけて集まってくる。
「離せ! 無礼者! ボクはこいつを殴らなきゃいけない!」
「おやめください、殿下! それに……人を殴ったことなんてないでしょ!? そんなことをしたら、拳を痛めます」
「うるさい!」
クロードは散々叫いていたが、屈強な兵士に逆らえるはずもない。
やがてクロードは両脇を抱えられ、その場から去ってしまった。
「ふんっ……無能王子が」
パンパンと自分の服を払いながら、大臣がクロードの背中に軽蔑の眼差しを向けていた。
大臣の言っていることは妥当。
どちらかというと、おバカなのはクロードのことだろう。
それに自分がバカにされるのは、もう慣れ慣れだ。
ゆえにこんなところでわたしが出ていくのは、リスクしかないんだけど──。
「ねえ」
気付けばわたしは、大臣の前に姿を現していた。
「おやおや、レティシア様。どうかされました? もしかして先ほどの光景を……」
「あんた、随分好き勝手言ってくれたわね」
大臣に掌を向ける。
彼の体を闇が纏った──呪いだ。
「な、なんだ、これは!? 貴様一体なにを……」
「わたし、バカにされるのは慣れてるつもりだけど──だからって腹が立たないわけじゃないのよ」
ゆっくり彼に近寄る。
そして人差し指を一本立て、彼の額にピタッと付けた。
「あんたはバカじゃないんでしょう。だから、わたしがただの可愛いお嬢ちゃんじゃないことは、もう分かってるでしょ?」
「こ、この力、まさか……」
「それ以上なにも言うな。耳が腐る」
もう片方の手も人差し指を立てる。
それを彼の口元に寄せた。
彼はただただ圧倒されるばかりで、額から滝のような汗を流している。顔も真っ青だ。
「……今回だけは見逃してあげる。でも今度──また同じようなことがあったら……分かってるわよね?」
そう警告すると、彼はガタガタと震えながら何度も頷いた。
まるで壊れた人形のようだ。
呪いを解いてあげると、彼は一目散にその場から逃げ出す。腰が抜けたのか、地面を這うような随分不恰好な逃げ方だった。
「はあ……わたし、なにやってんのよ」
もしかしたら、彼にはわたしが呪術師ってことがバレたかもしれない。
こんなことをしても気は晴れない。
なんらメリットがない。
「……もう忘れましょ。さっきのは気の迷いなんだから」
そう呟いて、わたしもその場を後にした。
ね、わたし──悪くないでしょ?
書籍版の3巻の発売が決まりました。3/2予定となっています(場所によっては、書店にもう少し早く並ぶかも…?)
よろしくお願いします!