親子のように②
「はい、セシリー。エリアーヌも」
「ありがとうございます」
ナイジェルからアイスクリームを受け取る。
持ち手はコーンになっていて、その上は丸いアイスクリームが載っていた。
「おいちい!」
セシリーちゃんが目を見開く。
「セシリーちゃんのは、苺味でしたね。そちらも美味しそうです」
「うん! 冷たくて甘くて、おいちいの!」
小さな舌で一生懸命アイスクリームをペロペロするセシリーちゃん。
その姿がとても可愛らしかった。
「では、私も……」
ペロペロ。
私のはメロン味。
一度舐めると、口の中のメロンの風味が広がります。すぐにこの甘さの虜となって、私も夢中にアイスクリームを食べていました。
「はは、二人とも必死だね。あっ、セシリー。ここにアイスクリームが付いてるよ」
「ふぇ?」
バニラ味のアイスクリームを片手に持つナイジェルが、セシリーちゃんの口元に指を近付ける。
人差し指でさっとすくい上げて、自分の口に持っていった。
「ふふふ。セシリーちゃん、気がつかなかったんですね。ナイジェルも優しいです」
「恥ずかちいの!」
……とはセシリーちゃんは言うものの、食べる手を特に止めたりせず、相変わらずペロペロしていた。
「あっ、エリアーヌも」
「はい?」
突然言われて、つい聞き返してしまう。
もしかして、私もアイスクリームが?
と思うよりも早く──なんとナイジェルは、セシリーちゃんの時と同じように私に指を近づけたのです!
あっという間の出来事でした。
さり気ない動作で、彼は私の口元に付着したアイスクリームをすくったのでした。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ナイジェルはなんとも思ってなさそう。
でも……当の私は、こんな些細なことなのにドキドキしていた。
ナイジェルは時たま、こういうことをさり気なくやってのける。
しかも必要以上にキザにならず、私としても不快にならないレベルで。
今の私はさぞ顔が赤くなっているでしょう。
そのことを悟られるのは恥ずかしかったので、それからは俯き加減にアイスクリームを舐めていた。
「おい、あそこのカップル……美男美女だな」
「いや、子どももいるんだし夫婦じゃないか?」
「おいおい、あれはナイジェル殿下だぞ。隣にいる女性は分からないが……すごくキレイなお方だ」
……周囲からの視線を感じます。
美男美女って……! セシリーちゃんとナイジェルのこと? いや……それじゃあカップルや夫婦に見えないし、美女って私!?
しかもすごい勘違いをされています!
そりゃあ、私はナイジェルの婚約者ですが、まだ本格的にそういう関係にいたっていないと言いますか……。
「どうしたの、エリアーヌ。なんか落ち着かないみたいだけど?」
目を回している私の顔を、ナイジェルが覗き込んでくる。
「な、なんでもありません! 気にしないでください!」
「……?」
咄嗟に顔を逸らした私を、ナイジェルは不思議に思っているでしょう。
だけど……もうこうなったら、ナイジェルの顔なんて真っ直ぐ見れません! 恥ずかしいです!
「ごちそうさまなの! あれ? お姉ちゃんはまだ食べ終わってないの? もしかして、美味しくなかった?」
どうやらセシリーちゃんは完食したみたい。
彼女はクリクリと丸いお目々で、私の顔をを下から覗き込む。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ちょっと待ってくださいね。すぐに食べますから……」
「急いで食べちゃ、めっ! なの! いつもお姉ちゃんは、よーく噛んでから飲み込みましょうって言ってるの!」
「それとはまた別の話といいますか……」
「めっ!」
とセシリーちゃんは人差し指を立てる。
……こうなったら、さすがの私のたじたじ。
反論なんて出来やしません。
◆ ◆
「今日は楽しかったの!」
会場を後にして──私たちは王宮の道を三人並んで歩いていた。
セシリーちゃんを真ん中にして、彼女の右手を私が──そして左手をナイジェルが繋いでいます。
「……こんな時間になってしまいましたね。ナイジェル、公務の方は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。今日は良い息抜きになったしね」
とナイジェルが力こぶを作る。
空はすっかり夕焼け色。
アイスクリームを食べた後も、セシリーちゃんは「あっちにも行ってみるの!」と私たちの腕を引っ張ったのです。
彼女には色々な場所に連れて行かれました。
そのおかげで昼過ぎには帰るつもりだったのに、こんな時間になってしまいました。
「セシリーちゃん。私も楽しかったからいいですけど……あんまりワガママ言っちゃ、ダメですよ。ナイジェルも忙しいんですから」
「えーっ、でも……」
セシリーちゃんは私の顔を見上げて、こう続ける。
「にいにとエリアーヌお姉ちゃん、最近忙しそうだったから」
「え?」
思わぬことを言われ、私はきょとんとしてしまう。
「二人とも忙しいのは、仕方ないと思ってるの。でも……あんまり煮詰めてやってたら、いつか体を壊しちゃうかもしれない。セシリーとにいにのお母さんもそうだったって聞く……だから二人には休んで欲しくって」
「「…………」」
セシリーちゃんの言ったことに、私とナイジェルも唖然として言葉を失ってしまいました。
──二人には休んで欲しくって。
今回のことは、セシリーちゃんのただのワガママだと思っていました。
もちろん、彼女も純粋にプリズムの演劇ショーが見たかったのでしょう。
でも、それ以外にも私たちの体を気遣ってくれた……ということ?
特にナイジェルは「休め」と言われても、素直に休まない性格。たとえ休日を取ったとしても、きっと仕事の本にでも目を通しているでしょう。
だからセシリーちゃんは考えた。
『そうだ! 自分のワガママってことにして、二人を連れ出せば休んでもらえるの!』
……って。
「セシリー……」
ナイジェルも優しげな目でセシリーちゃんを見る。
彼らのお母さんは、仕事一筋の人だったみたい。常に国民のことを考え、自分を顧みない方だった……というのを聞きます。
そのせいなのか体を壊してしまい、セシリーちゃんを産んで、すぐに亡くなってしまった。
きっとセシリーちゃんはそれとナイジェル──そして私を重ねてしまったのでしょう。
だから。
「ありがとうございます、セシリーちゃん。頻繁に……というわけにはなかなかいかないでしょうけれど、またこうして三人で出掛けましょうね」
「うん!」
セシリーちゃんが嬉しそうに頷く。
ナイジェルにも視線を移すと、彼も力強く首を縦に振った。
辺りは橙色にキレイに染まっている。
きっと私たちの後ろ姿は、親子のように見えていたでしょうか。
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