ドグラスの恋人作り②
王城。
中庭で世紀の決戦が開かれようとしていた。
「よろしくお願いしますわ」
ドグラスと一人の女性が、テーブルを挟んで顔を合わせていました。
「上手くいくでしょうか?」
「きっとドグラス様なら大丈夫ですよ! あんなにカッコいいんですから!」
『ラルフはそう思わないがな。上手くいかないに決まっている』
そして──近くの草陰に隠れて、私とアビーさん、そしてラルフちゃんが事の成り行きを見守っていた。
私とアビーさんは両手で葉っぱが付いた木の枝を持っている。
これでしたらドグラスにバレずに覗き……じゃなくて、見学することが出来るでしょう!
「ラルフちゃんはどうして上手くいかないと思うんですか?」
ラルフちゃんに訊ねる。
『なに、あのドラゴンは自分勝手だからな。あんな男を好きになる物好きなどいないだろう』
「私はそう思いませんが……」
『エリアーヌには分からぬ。ラルフはドグラスと長年、戦いを繰り広げてきた。ゆえにあやつの性格は、ラルフが一番理解しておる』
むふーっと鼻で息をするラルフちゃん。
うーん……ドグラスとラルフちゃんは好敵手(正しくは遊び相手)ですから。
なにか感じるところでもあるんでしょうか。
「長年……っていうほど、長く付き合っていないでしょう」
ぼそっと私はツッコミを入れる。
「それにラルフちゃんは心配性すぎますよ。きっとあの女性の方も、すぐにドグラスの魅力にメロメロになって──」
と声を続けようとした時でした。
「まあ! 失礼なお方!」
急に女性がティーカップを持って立ち上がり、中に入った紅茶をドグラスにぶちまけたのです!
避けることも出来たと思うけれど……ドグラスは頭から紅茶を被った。
前髪から紅茶が滴り落ちる。
女性は怒ったまま大股で、ドグラスを残してその場を後にしてしまった。
「な、なにが起こったんですか!?」
「……ドグラス様が女性に質問していたんです」
私はラルフちゃんと喋っていたから見ていなかったけれど、アビーさんはそうじゃなかったみたい。
彼女は頭を抱えて、こう言った。
「なんと質問していたんですか?」
「『ほお、なかなかでかい胸をしているではないか。気に入ったぞ。人間のメスは胸が大きければ大きいほど優れているのだと聞く。一度触らせてもらってもいいか?』……と」
「…………」
ドグラスのあまりに失礼な行為に、思わず私は言葉を失ってしまいました。
いえ……ドグラスはドラゴンなんだし、なにも性的な興味があって言ったわけじゃない──ってことは分かっています。
胸を触ろうとしたのも、単純な好奇心からだったに違いありません。
ですが、そんなことを言われれば相手が怒るのも当然。
どうやら一戦目はドグラスの敗北で終わったようです。
『ふん、だから言ったのだ。あやつはデリカシーがないからな』
自分の言ったことが的中し、ドヤ顔のラルフちゃん。
当のドグラスは「なにが悪かったのだ?」と首をひねっていました。
「……つ、次です! 一人くらいダメで、一体なんですか! 失敗を重ねて男は強くなるのです!」
ぐっと握り拳を作る。
しかし最悪のスタートに、早くも私は不安になったのでした……。
「初めまして。想像以上にカッコいい方なので驚きました」
お次の女性は、先ほどの方よりもおっとりしたイメージがありました。
「私の情報によると、あの方は今まで誰とも交際したことがないようです」
アビーさんが小声で言う。
所謂、『清楚系』といったものでしょうか……?
でもドグラスを前に堂々としているし、とても今まで男性と付き合ったことがないなんて信じられないくらい。
何故か嫌な予感がする……。
まあ私の気のせいでしょう。
「ドグラスと丁度いいかもしれませんね。彼も女性と付き合ったことがないでしょうから」
「はい、その通りです。これはなかなか楽しみです」
私とアビーさん、ラルフちゃんは黙ってドグラスたちのやり取りを眺めていた。
「あら、旅行が好きなんですか?」
「ああ、そうだ。今まで世界中を旅してきた。我の背中に乗れば、一日で世界一周出来るぞ?」
「ふふふ、頼もしいですわね。面白い冗談ですわ」
なかなかの好感触……!
ドグラスが口を滑らせないかドキドキしていましたが、今のところ順調のようです。
それに。
「気のせいでしょうか。ドグラスも楽しそうです」
「それもそうでしょう。あの方、誰かに似ていると思いませんか?」
「え……?」
ピンときていない私を、アビーさんが指差す。
「エリアーヌ様ですよ! 清楚で優しそうな佇まいなど、まさにエリアーヌ様そのものではないですか! だからドグラス様も気に入っているんでしょう」
私に似ている……?
ドグラスと話している女性はそれはそれはキレイなお方。
社交パーティーに出れば、男性からの視線を独占するでしょう。
私なんか、足下にも及びません。
それに──仮に似ていたとしても、どうしてそれがドグラスが気に入る理由になるんでしょうか?
あっ、話しやすいという意味ですかね?
それだったら納得。
私とドグラスはリンチギハムに来る前から、念話友達でしたから。
お互い気を遣わず、話し合えるな仲なのです。
こうしてドグラスと彼女の間で話が弾んでいましたが……。
「あっ」
ドグラスと女性が席を立ち、中庭を散歩しようとした時──彼女の服から一通の手紙が零れ落ちる。
「これはなんだ?」
「そ、それは!」
訝しげにそれを拾い上げるドグラス。
女性は彼を制そうとしたが、追いつけなかった。
ドグラスは不躾にも勝手に手紙の内容を読み出した。
「……なんだ、このハキャクだという男は。内容を読むに、汝のフィアンセのように見えるが……」
「…………」
ドグラスの言葉を聞いて、女性の体が固まる。
しかし表情が一変して。
「ちっ! バレたら仕方ないわね! そうよ! それは私の恋人よ! まあそいつは五番目なんだけどね」
「恋人……? そのような輩がおって、汝は我と付き合おうとしていたのか? 今日の顔合わせがどのような意味を持つのか、聞いていなかったのか?」
「ふんっ! あんたを六番目にしてあげようと思っただけよ! 顔がいいから丁度良いと思ったけど……誤魔化すのも面倒くさいから、もういいわ。じゃあね」
と捨て台詞を吐き、逃げるようにして走り去ってしまった。
「「『…………』」」
その様子を見て、私とアビーさん、そしてラルフちゃんは二の句を継げない。
「あの方、男性と付き合ったことがなかったのでは?」
「どうやら嘘だったみたいです……ドグラス様に申し訳ないです」
肩を落とすアビーさん。
だけどドグラスはあまり気にしていないみたい。
「一体なんだったのだ?」
状況があまり飲み込めていないのか、頭を掻いていた。
……まあ深みにハマる前に、あの女性の本性に気付けてよかったでしょう。
「エリアーヌ様──ああいう女性を巷ではなんと言っているか知っていますか?」
「はい」
私はこう口にする。
「清楚系ビッチです」
「とうとう三人目です……!」
「もう後がありません」
『ラルフの予想通りになったな』
私たち三人は固唾を飲んで、次の女性の登場を待ち望んでいた。
「ですが、エリアーヌ様。ご安心ください。お次の女性こそが今回の本命です」
「そうなんですか?」
「はい。とある男爵家の令嬢です。習い事も多くされているようで、教養も持ち合わせています。とても美しい女性のようでして、きっとドグラス様も気に入ってくれる──」
しかし──ドグラスの前に現れた三人目の女性を見て、アビーさんは口を噤んでしまった。
「お前がリンチギハムで一番強ぇヤツなのかあ?」
──ドグラスの前に現れた女性。
長身のドグラスに負けないくらい、高身長な方でした。
しかもそれだけではありません。
なんというか……かなり筋肉質な女性なのです。
「ん……そうだが、汝が今日三人目の我の恋人候補か?」
「恋人候補? なんのことだ? あたしはここに強ぇヤツがいるって聞いて、やってきたんだが……」
男爵令嬢(?)が首をひねる。
「アビーさん、あれは……」
「…………」
あっ、さっと目を逸らしました。
どうやらこのことは、アビーさんの中でも予想外だったみたい。
「まあ──そんなことはどうでもいい。オレは男爵芋を育てている農家で生まれた女だ。強ぇヤツを求めて旅をしている」
女性(?)は体勢を低くして、くいっと彼を手招きした。
「手合わせ──願おうか」
「ふっ。言葉を交わすよりも拳でということか。分かりやすい。こっちの方が我の好みだ!」
こうしてドグラスと男爵令嬢(?)の戦いが始まった。
「……アビーさん。どういうことか説明してくれますか?」
「……どうやら集めていた資料に間違いがあったようです」
とアビーさんが申し訳なさそうに顔を伏せた。
……あれはあれで気が合いそうですが、とても恋人という感じではありません。
小一時間戦った後、ドグラスとその女性(推定)はお互いの実力を認め合い、がっちりと握手を交わした。
もちろん、色恋沙汰にはこれっっっっぽっちも発展しませんでした。
コミカライズ一巻、本日発売です。
よろしくお願いいたします!





