ドグラスの恋人作り①
コミカライズ版発売の記念短編になります。
時間軸としては、漫画をお読みになっている方は少しネタバレが入るかもしれません。
web版40話まで、書籍版だと1巻もお読みになっている方なら、一番楽しめるかもしれないので是非です!
「ドグラスは好きな人とかいないんですか?」
「はあ?」
私が問いかけると、ドグラスは口をぽかーんと開けました。
「いきなりなにを言い出すのだ」
「いえいえ、深い理由はありません。ただ……あなたに女っけがないことが心配で……」
私が言葉を重ねても、ドグラスはまだ腑に落ちない顔でした。
「どうして汝がそんなことを気にする。誰かになにかを言われたのか?」
「実は……」
昨日のことを思い出しながら、ドグラスに話す。
昨日──メイドのアビーさんとミニお茶会をしていた時、
『ドグラス様には恋人はいないんでしょうか?』
と急に彼女がそんな話題を振ってきました。
『うーん……いないんじゃないでしょうか? そんなの、聞いたことがありませんし』
『それはもったいないですね』
『もったいない?』
『はい』
アビーさんは少し前のめりになって、こう続けた。
『見た目は間違いなくいいでしょう? ワイルドって感じで、ああいうのがタイプな女性も多そうです。頼りになる男はモテます。ドグラス様の胸板見たことありますか? すごく分厚いんです。あの胸に顔を埋めたいという女性は多いはずです!』
『は、はあ』
アビーさんにしては珍しく、ちょっと興奮しているみたい。
彼女のこういう姿を見るのはあまりないことなので少し戸惑ってしまいました。
『まあ……』
一転。
アビーさんは頬に手を当て。
『ドグラス様のワガママになるところはたまに傷ですが……』
『確かに』
私はアビーさんと一緒に頭を悩ます。
ドグラスの正体は言わずもがな、ドラゴン。
だけど今では人間形態になって、この街の生活にも溶け込んでいます。
たまに彼と一緒に市場まで買い物に繰り出した時は、チラチラとご婦人の視線も感じました。
ドグラスはそれを殺意だと、バカな勘違いをしていたけれど──あれは間違いありません。ご婦人方々は彼に見惚れていたのです。
『ドグラスはなかなか罪深い男です。彼と結婚したい──とまではいかなくても、交際したいという女性がいてもおかしくないかもしれませんね』
『でしょう!?』
アビーさんが声を大きくする。
『だったらエリアーヌ様も知らないだけで、実は恋人の一人や二人いてもおかしくないのでは?』
『うーん……あまり想像出来ませんが……』
なんというか……モテるかもしれないけれど、ドグラスが人間の女性に興味を抱くとは思えないのです。
でも。
『一度彼に聞いてみるのがいいかもしれませんね』
『はい! お願いします! もし恋人がいなければ──』
「……ということなんです」
「またつまらぬことを……」
私が事情を説明すると、ドグラスは呆れ顔で首を横に振った。
「我に人間の番など不要だ。無論、恋人などいない。そもそも──」
「だったら!」
「お、おう?」
ドグラスの話を遮り、私は彼に顔を近付ける。
私の勢いに気圧されたのか、ドグラスが一歩後退した。
「私たちがお手伝いしてあげます!」
「お手伝いって……なんのだ?」
「もう、決まっているじゃないですか。ドグラスの恋人作りをです!」
ドグラスがきょとんとした顔になる。
「……色々突っ込みたいところはあるが、どうして汝が我の心配をする? 我は人間とは色々と生殖機能が違う。まあ人間のやり方で子種を授けることも──」
「めーーーーーーっ!」
私は手でドグラスの顔を覆う。
「い、いきなりなんてことを言い出すんですか!? 生殖機能だとか、子種とか……卑猥すぎます!」
「どこが卑猥だったのだ。汝は初心すぎる。それに恋愛に奥手だ。ナイジェルとそういう仲には……」
「なっていません!」
私の話はいいんです!
「ドグラス! あなたはもっと女性の気持ちを知るべきです! こんなことを話されたら、不快に思う女性も多いでしょう!」
「ますます汝がなにを言っているか分からぬ」
「それに、人を好きになるということは、その……そういうのとはまた別の話でしょう!?」
「はあ……」
ドグラスはまだ納得してなさそう。
「やはりあなたは一度、恋人を作るべきです。そして恋心や愛について、あなたはもっと学んでください」
「一万歩譲って、汝の甘言に乗るとしよう。しかし恋人を作るといっても、どうすれば──」
とドグラスが言葉を続けた──時であった。
シュバッ!
「ふふふ、わたくしにお任せくださいませ」
「……っ!」
急に後ろから声をかけられビックリしたのか──ドグラスがその場で跳躍し、近くの地面に着地した。
「な、なんだ……この城のメイドか。我に気付かれず、どうやって背後に回り込んだのだ?」
「そんなことはどうでもいいのです」
そう言うアビーさんの両手には本が抱えられていた。
しかも一冊だけではありません。十冊以上はあるでしょうか? こんなに大量の本を一気に持てるとは……アビーさん、恐るべしです。
彼女は近くのテーブルに本を置き、こう口にする。
「昨晩、街の中にいる女性で、ドグラス様にふさわしい方々をリストアップしておきました。取りあえず──一万人」
「お、多すぎるだろうが! そもそもその人数を……たった一晩で?」
「はい。これくらいお安いご用です」
「汝の索敵能力には脱帽するぞ」
「さすがアビーさん!」
「えっへん」
私がパチパチと拍手をすると、アビーさんはどこか誇らしげでした。
「なのでドグラス様には私がリストアップした方々と、顔合わせしてもらいます。そこでマッチングが成功すれば、晴れてあなたも恋人持ちです」
「その『まっちんぐ』なるものが、なんのことか分からぬが……そもそも一万人と顔合わせするなど無謀だ。いつまでたっても終わらん」
「確かにそうですね。ならこの中から私がランダムに三人選びます。その三人とお会いになってください」
「一万人も集めておいて、最後は無作為に選ぶのだな」
ドグラスが呆れた顔をして、アビーさんにツッコミを入れる。
話が良い具合に進んでいたと思ったのだけれど……。
「我は拒否する」
ドグラスは腕を組み、そうはっきりと言い切った。
「そんな面倒くさいことに付き合っている暇はどこにもない」
「暇はない……って。ドグラス、あなた暇でしょう?」
私が問うと、ドグラスは不満げに顔を歪ませた。
「人を暇人みたいに言うな。我は忙しいのだ。先日、汝に暇潰しに貰ったパズルを、さっさと完成させなければ……」
「暇ですね」「暇でございますね」
私とアビーさんが同時に声を発する。
そもそも自分で暇潰しって言っちゃってるじゃないですか……。
しかしまだドグラスは、
「とにかく! 我がそんなものに付き合ってやるどうりはない! 人間の恋沙汰には興味はないのだ!」
と声を大きくした。
んー、いい考えだと思ったんだけれど、ドグラスを説得するのに骨が折れそうです。
仕方ありません。ちょっとアプローチの方法を変えてみましょうか。
「あなた……もしかしたら、自信がないのですか?」
「はあ?」
「私に対して『初心』だとか『奥手』って言ってますが、そういうドグラスの方はどうなんです? あなたこそ、実は恋愛に不慣れなのでは?」
ドグラスはかなりの負けず嫌い。
フェンリルのラルフちゃんとつまらないことで張り合っていますからね。
押すだけじゃなくて、こうやって焚き付けた方が早いと思ったのです。
しかし私の予想と反して、ドグラスは訝しげな表情になる。
「……そもそも汝はなにも思わないのか?」
「はい?」
ドグラスはさらに問いを重ねる。
「我が人間の番を作ることに対して──だ。我にその恋人とやらが出来たら、汝はどう思う?」
「どう思うって……嬉しいに決まっているじゃないですか。なんだかんだでドグラスは良いお友達だと私は思っていますからね。友達に恋人が出来たら、嬉しくない人なんていませにょ」
私はやっぱりドグラスにも幸せになって欲しい。
それが恋人を作ることなのかは分からないけれど──なんにせよ、こういう経験をすることは、ドグラスにとってタメになるでしょう。
ますますドグラスがこの街に溶け込めるかもしれません。
そういう意味で言ったのだけれど……。
「……バカにするな」
ぼそっとドグラスが呟いた。
「え?」
「気が変わった! その恋人作りとやらに付き合ってやる! エリアーヌ! 我に恋人が出来ても、後悔するではないぞ!?」
「は、はい。分かりました」
勢いよく捲し立ててくるドグラスにつられて、返事をしてしまいましたが……どうして私が悔やむことになるんでしょう。
訳が分からず、首を傾げるのでした。
「おい、メイド! さっさとその『まっちんぐ』とやらをセッティングしろ! そやつを血祭りにしてくれるわ!」
「マッチングの意味を正しく理解出来ていないような気がしますが……分かりました。二時間ほどお待ちを」
とアビーさんはサッと私たちの前から去っていった。
「我はモテるのだ! エリアーヌ、汝にそれを見せつけてやる!」
「は、はい」
相変わらず少し怒っている様子のドグラスを、私は不思議に思うのでした。
当作品のコミカライズの一巻が明日(10/29)発売になります。
よろしくお願いいたします!
 





